ライモンキーの討伐
「クエスト中に見かけた魔物の討伐委依頼を出したいんだけど」
翌日ギルドに行くと、レミストが受付嬢に話しかけていた。
「あの野郎、どうせまた偽物のクエストだぜ」
浩介が憤っている。冷静に考えると、普段のクエストの報酬の半分程度盗られただけなのだが、悔しいものは悔しい。
ーーーーーーこれより嫌がらせを開始する。
印を結び、瞬時に魔法を起動する。
集音魔法・地獄耳
浩介も耳に魔力を集めて身体強化をしている。
レミストたちの会話を聞いてみよう。
「では、魔物の種類と目撃した場所をできるだけ詳しく教えてください」
「うん。僕たちが見た魔物は間違いなくライモンキーだったよ」
「はい。見た場所は森に入ってから北東に3km歩いたところですわ」
「残念ながら私は気がつきませんでしたが」
ライモンキー……派手な黄色の体毛を持つサルのような魔物だ。ヒトの2倍ほどの体長で、手足の間についた飛膜を広げ木々の間を縦横無尽に飛び回る。
……あの森は木が密集し過ぎてライモンキーが飛ぶ余裕がない。
「ライモンキー、ですか。文面はどうします?」
「ええと、……『森でライモンキーを目撃した。餌を求めて街へ来る可能性がある。脅威となる前に討伐して欲しい』とかで。ランクはEでいいかな」
「わかりました」
「報酬は200,000Rで。……だから僕は8割負担の160,000Rだね。いつも通り、後払いで頼むよ」
レミストが手を振ってギルドを出て行く。
貼り紙を持った受付嬢が若干頰を染めながら掲示板の方へ歩いていく。
アイツはわりとイケメンだからな。……ムカつくな。
「おい、その依頼、受注してもいいか?」
「え、あ、はい!……冒険者が出した依頼なので依頼主に協力を要請することもできますが……」
「いや、かまわない。俺たちだけで受注する」
「そうですか」
【ライモンキーの討伐(Eランク)】
森でライモンキーを目撃した。餌を求めて街へ来る可能性がある。脅威となる前に討伐して欲しい。
依頼金 200,000R
違約金 100,000R
なかば受付嬢から奪うようにして依頼を受けとる。
「行くぞ、浩介、ラフ!」
「お、おう!」
「はい!」
まずは念の為森へ向かう。実際に森にライモンキーがいたらマズイしな。
ついでに雑魚い魔物を倒して素材を売ろう。
「でもナミト」
「なんだ?」
「このままだと損だぞ?偽物のクエストなんだろ?」
「問題ない……多分」
「多分?珍しく自信なさげだな?」
「試したことがない方法だからなあ」
森に入った。俺は直ちにレーダーを発動し、ラフも野生のカンをフル活用してライモンキーの痕跡を探す。
「やはり……」
「……いないな」
今回はいないことを前提に行動しているからなんの問題もないが。
正義とか、倫理とか、そういうのはわりとどうでもいい。ただ、俺たちから金を騙し取った。そのことが問題なのだ。だから、徹底的に搾り取り返す。
「ここには、大方予想どおり、ライモンキーはいない。……このままだとクエスト失敗だな」
「で、どうするんだ?」
「いないなら、呼び出せばいい」
魔物召喚……一度やってみたい魔法ではあるが、難易度が高い。“召喚”というからには、既存の魔物をここに呼び出す訳で。
ランダムな魔物でいいのなら魔法の構築も楽だが、今回はライモンキー一択だ。あらかじめライモンキーがいる場所を計測して転送用の魔法陣に誘い込むという面倒な手順を踏む必要がある。
そこで今回は、魔物召喚ではなく、“魔物創造”を使う。元からいる魔物を呼び出すのではなく、一から自分で作ってしまうのだ。
「魔物を作る?そんなことができるのか?」
「さあ?ラフ次第だな」
「ふぇ?!私ですか?」
突然の指名に驚くラフに赤い石を手渡す。
「わっ!何ですか、この石は?すごい魔力を感じます」
「その魔力をコピー、増幅して俺に撃てるか?」
「やってみます」
これはダンジョンに挑む前に受付嬢から聞いた話の受け売りだが……。
この森には魔物がたくさんいるのに、ギルドのある街にはあまりいない。魔物が自然発生で増えることを考えると、このような現象は不自然に感じる。でも実際に、魔物の発生件数は森と街で格段の差がある。ダンジョンに潜るとさらにたくさんの魔物が迎えてくれる。
この違いは魔力の流れの違いによるものだ。魔力の流れが滞っているダンジョンなんかでは、魔力にむらができて、それが魔物になる。
逆に魔力が良く流れている街中だと魔物はあまり発生しないし、発生しても軟弱なものばかりだ。
…………つまり、何が言いたいのかというと。
魔物を作りたいなら魔力をせき止めればいい、ということだ。
先ほどラフに渡したのはライモンキーの魔力を記録した鉱石だ。
そこに記録された魔力を放出し、高密度にしたうえで燻ぶらせておけば……、
「「ギ、ギ、ギイイイイイイイィィィィイイイイイイーーーーーーッ!!」」
「うおっ?!」
「ふえっ?!」
…………ライモンキーが発生する。
2頭か。予定より多いな。
「よし、倒すぞ」
俺たちはライモンキーと対峙する。
黄色い毛並み、大きく赤い瞳。四肢の先には切れ味のよさそうな爪がついている。
巨大なモモンガに見えなくもない大ザルは、状況を掴めないようでキョロキョロしていたのも束の間。
「「ギャイイィィィイイ!!」」
1番近くにいた俺に目標を定めて、爪を振り落としてきた。
ーーージャギィン
マントが勝手に動いて爪を受け止めてくれる。今になって防御系の魔法を“風の壁”しか考案していないことに気が付いたが、マントがあれば問題なさそうだ。
ライモンキーは自分たちの攻撃が通らないことに首を傾げながら、さらに攻撃してくる。
「おい、浩介、ラフ!」
「おう!」
魔法を使う俺は、一般的に見れば後衛のはずだ。普段離れた場所から圧倒的な威力を誇る俺オリジナルの魔法で一瞬にして勝負をつけるから、身を守る必要がなかった。
そんな俺でも、マントの力を借りているとはいえ、吹き飛ばされることもなく耐えきれている。
ーーーEランククエストの魔物なんてしょせんこんなもの、ということだろうか。或いは俺が作ったからあまり強くならなかったのかもしれない。
「ゼイヤァッ!」
浩介がライモンキーの懐で飛び上がって、肩にアッパーを食らわす。ライモンキーの標的が俺から浩介に代わる。その隙に俺は戦線を離脱する。
「クエッ!」
ラフも善戦している。今回は俺の出る幕はなさそうだ。暇だから、“印”の練習をしつつ二人の戦いを見ていよう。
「ゼイヤッハッハッ!ゼイヤッ!」
一方のライモンキーの周りを目まぐるしく浩介が跳ねている。既に両肩を破壊されたようで、腕が垂れさがっている。
「ギィィーーーイィィィイ!」
それでもライモンキーは体をひねることで腕を振り回し、爪を当てようとする。
こいつには爪以外の攻撃方法があったはずなのだが……。例えばさっきから肩の周りでパチパチ言ってるそれは何だ?
俺にはラフの髪を逆立てることぐらいしかできなかった電気を使った攻撃ができるなら是非もなく見せていただきたい。
「ギシャアアアアアァァァァアアアアアア!!」
来るか?電撃!
…………一瞬期待したがやっぱり腕を振り回すだけ。それも…………
「遅すぎてハエが止まるぜ?」
ライモンキーの腕の上に立った浩介がぼやく。
……その言い方だと自身を“ハエ”と言っているようなもんだがいいんだろうか。
「ギイイイィィィッ」
ライモンキーが浩介を振り落とそうと必死にもがくが、浩介は意にも返さない。
むしろてくてくとライモンキーの頭に向かって歩いてゆく。
「あー。なんか殺すためだけに生んでしまったようで申し訳ないな」
そうつぶやくと、
「ゼイヤァァァァッ!!」
十分な気合とともに、渾身の回し蹴りをライモンキーの後頭部に放った。
ライモンキーの頭が飛んでいき、……木にぶち当たって止まる。後頭部は浩介の足の形に、顔面は木の幹の形に、それぞれ10㎝ぐらいずつへこんでいた。
そのころラフの方では方で既に決着がついていた。
ラフ曰く、
「脳みそをグリンってやって心臓をチンしてあげたら一瞬でした」
とのことだ。
“グリン”だの“チン”だのが何を意味しているのかは分からないが、えげつないことをやったんだろうな、というのは伝わってきた。
「あら、もう終わったんですか」
受付嬢がつぶやく。
俺たちが出て行ってから3時間と経っていないからな。
「ああ。ほら、ギルド証だ」
いつも通りギルド証を渡すと、少しいじって返してくれる。
「はい、報酬の200,000Rです。2匹もいたんですか。申し訳ないのですが、1匹分の報酬しか支払えません。素材を売っていただけば利益は出ますが」
「分かった。悪いが浩介、取ってきてくれるか」
「しゃーねーなあ」
森にほったらかしておいたライモンキーの死骸を取りに浩介が駆けだす。
「ああ、それから、見つけたライモンキーは3匹いたんだ。1匹仕留められなかったから、そいつの依頼を出したい」
「え、そんなのがいたんですか」
「ああ。ラフたちが戦っている間に見つけたんだ」
「分かりました。冒険者が依頼を出すときは依頼金の8割を自己負担することになりますが」
「かまわない」
そうして俺が提出した依頼がこちら。
【ライモンキーの討伐(Eランク)】
森でライモンキーを目撃した。餌を求めて街へ来る可能性がある。脅威となる前に討伐して欲しい。
依頼金 200,000R
違約金 100,000R