ルルイ人の少女
「へへへ……ついにやったな、ナミト!」
浩介が本日16回目のセリフを吐く。
酒を呑み始めてからずっとこれだ。
「あの、お二人は何をそんなに喜んでるのですか?」
ラフが聞いてくる。
そういえばコイツは、俺たちが奴隷だったことを知らないのだったか。
マヌケだと思われたら嫌だな。秘密にしておこう。
「よしっ!」
浩介が突然立ち上がる。
「……なんだ?」
「本当に呪いが解けたのか、確かめに行こう!」
「はあ?」
「行くぞ!」
すごい速さで(身体強化まで使って)宿から飛び出した浩介を追って俺たちも外へ出る。
酔っ払った浩介は森を駆け抜け、懐かしのリザニマの王都に夜のうちに着いてしまった。
来るときは幾日も掛かったのに……酔っ払いはすごい。
「ナミト!さあ!」
浩介が満面の笑みを浮かべ、リザニマの城を指差す。
「?何をするんだ?」
「あそこに向かって思いっきりファイアー・ボールを撃て!」
「はあ?!流石にまずいだろう?!」
「そうか?」
「戦争になるぞ?」
何を考えているんだか……。
でも、確認はしておきたいな。
「じゃあ、俺がやるぜ」
浩介がどこからかナイフを取り出して、思いっきり投げた。
空気を切り裂き、城まで迫る。
「ったく、何してんだよ」
「大丈夫、大丈夫。ナイフでどうにかなるような城じゃないって」
まあ、攻撃出来たのは確かだから、呪いは解けたということだろう。
あーもう戦争でも何でもいいや。城を傷つけただけでも問題だろうに。
ナイフを回収してさっさと帰ろう。
えーっと、ナイフはどこに落ちたかな?
「貴方が探しているのはこのナイフですか?」
「ああ、そうだ。サンキュ……誰だ?お前」
「城を攻撃したのは貴方がたですね。これ以上城を傷つけるなら容赦はしませんよ」
めっちゃ顔が小さい美少女がこちらを睨んでいる。
髪は銀髪、瞳は夜の海のような青。鼻筋はスッと通っている。
真っ黒な、ゆったりとした服を着ていて、色白の顔が映えている。
要するに、めっちゃ美人だ。
その美少女がすんごい怒ってる。
「えっと……。この城の関係者か?」
「え?あ、いや、その……そうよ!」
あ、絶対違うな、これ。
「で?本当は?」
「あうぅ……秘密よ!こ、この国の人間であることは本当よ!」
この国の人間じゃない?
「ルルイ人か?」
「ふぇっ?!こ、この国の人間だって言ってるじゃない!」
「スパイ?」
「だーかーらー!」
「ルルイ人なら何で城を傷つけられるのを拒んだんだ?」
「……ルルイ人じゃなーーー」
「違うのか?」
「あうぅ……」
「おいナミト、いじめてやるなって」
「……確かに私はルルイ人です」
「ほらな、優しくした方が認めるんだって。一休さんも言ってただろ?」
……仏様を煮込むやつな?分かりにくいのを持ってくるな。
「とにかく、この城を傷つけることは許しません!」
「ルルイ人のお前が何でリザニマの城を守っているんだ?」
「……笑わないでくださいよ?」
「場合によるな」
「はあ……。私は、リザニマとの戦争を望みません」
「ハッ!」
「……笑いましたね?しかも鼻で」
「あのな、500年続いてる戦争だぞ?お前だけの力で辞めさせられるようなものならとっくの昔に終わってる」
「そうかもしれません。ですが、今回は希望があります」
希望……なんだろう。
「前回の戦いで両軍の被害がいつもより大きくなったのは知っていますか?」
「あ、ああ」
「その原因となった人物を持ち出して会談に漕ぎ着けました」
……それ、俺だよな。
ハッタリか。なかなかやりおる。
「会談は二ヶ月後なんです。それまでに何かあったら難癖をつけられてまた戦争に逆戻りなんです」
「なるほどな、だから城を守っていたのか」
「だけどな、嬢ちゃん」
浩介が口を挟んでくる。
「それは国の総意ってわけじゃないだろう?過激派だっているはずだ。いや、むしろ過激派のほうが多いだろう」
「確かに、その通りです」
「なら、……」
「ですが、あくまでそれは上層部の人間です。一般市民の生活は苦しいものです」
「……そうか。まあ、頑張れよ」
「はい。ありがとうございます」
そう言うと彼女は、俺たちに二度と城を傷つけないよう念を押して去っていった。
「まあ、平和を願うことはいいことなんじゃねえか?」
おっさんがボソッと呟く。
「そういえば、名前、聞いてないな……」
「問題ない」
「何でだ?」
「次に会うときは敵同士だ。あいつはルルイとリザニマの平和を望み、俺たちはリザニマの国家転覆を望む」
「あー、そうだったな」
「帰るぞ」
「とても綺麗な人でしたね」
ラフが思い出したように言う。
もうそろそろで日が明けるだろう。
ベルガルに着くと、もう昼になる頃だった。
完徹したのは高校受験の時以来だ。
今日は寝て、夜からクエストを受注しよう。
その日の夜、冒険者ギルドに行くと、昨日道案内をしてくれた男性がいた。
「やあ、聞いたよ!初日からゴブリン討伐を2つもこなしたんだって?」
「ええ、まあ……」
「すごいじゃないか!何か格闘技でもやってたのかい?」
「いえ、別に」
「ホントかい?すごいなぁ。あ、そうだ。僕はレミスト。自己紹介をしてなかったね」
「あ、ナミトです。カガミ・ナミト」
「熊谷浩介だ。よろしくな、にいちゃん」
「よろしく。知り合った記念と言ってはなんだけど、オススメのクエストがあるんだ」
「オススメのクエスト?」
胡散臭いな……。
「Fランクから受けれるクエストだよ」
レミストが指差したクエストは……
【魔族の討伐】
二ヶ月後、リザニマに少数精鋭の魔族が侵入してくることが分かった。ルルイの防衛が手薄になる可能性が高く、その隙に戦いを仕掛ける。
王国軍は国防に当たるため、この戦いに参加する者を冒険者から募る。
依頼金 20万R
違約金 なし
違約金が"なし"だと?
「ま、上層部も今回で決着をつけるつもりだろうからねぇ。いつも通り数で攻めるんだろうさ」
「ああ、だからFランクから受けれるようになってるんですか」
Fランクのクエストって街の手伝いとか薬草の採集とかばっかりのはずなのに。
「今回はいつもよりたくさん召喚兵を呼ぶらしいしね」
「ふうん……まあ、考えておきますよ」
レミストはギルドを出て行く。
親切そうだけど、臭い人だな。何か腹に持っていそうだ。
”召喚兵”って俺たちのような異世界から召喚された奴隷たちのことだろうか。
「二か月後ってナミト……」
「ああ、ルルイとリザニマの会談がある時期だな」
「裏切るってことか」
浩介が悲しそうにため息を吐く。
気持ちは分からんでもない。せっかく平和に向かって動こうとているのをぶち壊すことになるのだから。
「なあ、ナミト。俺たちは参加しないよな、そんなひどい作戦?」
「いや、参加するつもりだが?」
しかし俺は参加する。いくらルルイに歩み寄る気持ちがあっても、リザニマがこれなら駄目だろう。
俺たちが参加しようが参加しまいが、戦いは起こる。
それなら、俺たちは参加して、俺たちに都合のいい方向------リザニマの敗北やそれに準じる何かへ持っていくのがベストだ。
「まだ二か月もある。その間にあらゆる準備を進めておこう」
準備……そう一声に言っても様々だ。戦力の強化はもちろんのこと、財力も、人脈も、情報も、あらゆる面で完璧にしておく必要がある。
その日俺たちが受けたクエストは、【スライム20体の討伐】。もちろんEランクのクエストだ。
場所は森とは反対の方向にある洞窟……いわゆるダンジョン。ギルドからダンジョンまで乗合馬車が出ているほどメジャーな狩場らしい。報酬は二人で20,000R。ゴブリンの時と比べたら格安だが、今回は金儲けが目的じゃない。
俺は乗合馬車で浩介とラフに詳しい説明をする。
「今回は、俺が新しく考えた魔法を練習したいと思う」
「新しい魔法?今更魔法のレパートリーが増えたところで大して変わらないと思うけど」
「はい。私もナミト様もすでに200を超える魔法を使えますよ」
「いや、魔法の種類を新しくするんじゃなくてな、」
あ、やば……酔ってきた。この乗合馬車、ものすごいスピードで走るけど、その分揺れがひどいんだな。
「……また後でな」
「えー……」
えーじゃない!本当に辛いんだ。
俺は外の空気を吸おうと、馬車のとびらを開け、顔を出した。
「あ、お客さん。そろそろ着きますよ」
御者が教えてくれる。助かった。
代金はギルドが立て替えてくれるらしい。ギルド証を見せるだけで言いそうだ。
「じゃ、ご武運を」
俺たちは馬車を降りてダンジョンに入る。
「なあナミト、結局どんな魔法の練習するんだ?」
「それはスライムとエンカウントしてからだ」
この世界に来て初めてのダンジョン。張り切っていきましょー!