召喚、異世界の冷遇
40もの瞳が、俺の顔を覗き込んでいる。
皆、坊主頭で、黒い、ゆったりとしたローブを着込んでいる。漫画やアニメに出てくる、魔法使いのようだ。
「な、か、ぐぁはっ…………」
なんなんだよ、おまえら、と叫ぼうとすると、強烈な頭痛が走った。
「成功したのか?」
「そのようだな」
「ああ。お呼びしてこい」
「うむ。」
何を成功したんだ?というか、ここはどこだ?
高校から下校している途中だったはずだった。いつものように、市立病院前のバス停で市営バスに乗って、そのバスに乗ろうとした途端、目の前が真っ白に光り輝いて――――――――いつのまにか、こんな所にいた。
「陛下!こちらです!」
ローブの男が駆けてくる。後ろから、金ピカの服を着た男がついてくる。
着る人によっては、その色は、黄金となるのかも知れない。
しかし、全身から小物感を漂わせるこの人物が身につけると、黄金から金ピカに格下げだ。
「おお!遂に成功したのか!」
「 はっ!」
黒ローブAがうやうやしく礼をする。金ピカが一番偉いようだ。
「おい!どこだよ、ここ!かえせよ!」
また刺すような頭痛がしたが、俺はかまわず叫んだ。
「無礼者!陛下に向かってなんて口を……」
「よい。」
黒ローブBが叫ぶのを、金ピカが止める。
「ここでの規則など知るわけがない」
金ピカが俺の髪を無造作に掴んで持ち上げる。
「しかしな、2度目はないと思え」
「へ?」
「ここでのルールはこの俺だ。貴様が生きるか死ぬか決めるのも、俺だ」
何言ってんだって怒鳴ろうとして、出来なかった。目が、放つ空気が、マジだった。マジもんの殺気だ。
「あの、ここは……」
だから俺は、大人しくする事にした。
マジな目をしたヲタクほど、危険な者はいないのだ。
そう!彼らはヲタクなのだ。ヲタクが高じて、魔法使いごっこでもやりたくなったのだろう。
ヲタクの行動力って凄い!と俺は感動した。一般市民である俺を巻き込んでしまうなんて!
でも、やっぱりここからかえしてほしい。
「ここは、リザニマの城だ。お前は、赤の月まで、この城にいてもらう」
厨二病に付き合うには、まず設定を聞き出す必要がある。俺のクラスにもそういう奴がいたから、扱いには慣れているほうだ。
「リザニマ……だって?俺は、日本にいたはずなのに……」
ずばりこのシチュは、"異世界召喚"だ。俺は勇者か何かとして、"リザニマの城"がある、どこかの世界に召喚された、という設定だろう。
「あまり、驚かないのだな」
金ピカが呟く。
なんだ?もっと驚いて欲しいのか。よし、付き合ってやろうじゃないか。
「リ、リザニマだって?ど、どこだそれは⁈に、日本じゃないのか?そ、それに、なんだよ、その魔法使いみたいな格好は!はっ、まさか、俺は異世界に召喚されちまったのか⁈」
「おお、召喚を言い当てたのは貴様が初めてだ。少しは魔法を使えるのか?」
よしよし。金ピカが乗ってきた。
「いえ、魔法なんて……教えていただけますか?」
さらに、コイツらが決めた設定を引き出す。
「魔法を教えろときたか‼︎道具の分際で、この俺に、魔法を教えろと‼︎」
あれ、何かまずかっただろうか?
「いや、よい。もとよりそのつもりだ。その体に、直接、魔法というものを教えてやろうではないか!マツァーフォ‼︎」
「はっ」
黒ローブBが何やらぶつくさと唱え始めた。
まずい。どんな魔法か聞いていないから、アドリブができない……
「――――――サーブァント・チェイン!」
「ぐぁっ!つっ!かっ!はっ!」
アドリブをする必要はなかった。
マツァーフォと呼ばれた黒ローブが振り下ろした杖から、炎が噴き出て、
俺の左腕をのみ込んだ。
熱い。死ぬ。というか死ね。人の腕に何しやがる。え、もしかして、本当の魔法?嘘だろ?
炎が消え、不思議なことに火傷ひとつない俺の左腕には、サソリのようなクモのような虫のシルエットと、見たことのない文字が描かれていた。
出兵の日、つまり赤の月の日まであと10日ほどだ。
俺は酒臭い息を吐き続ける仲間に眉を顰めた。
「悪りぃな、にいちゃん。酒は嫌いか?」
隣の席のおっさんが声をかけてくる。
異世界にも関わらず、ワイシャツにネクタイと、サラリーマンのような格好だ。そういう俺も、学ラン姿なわけだが。
初めてあった日に自己紹介されたような気がしたが、名前は忘れた。
「でもな、こうでもしてねぇと、なあ?」
この部屋にいる者は皆、異世界人だ。俺や、このおっさんのように、地球から来た者もいるし、また、別の世界から来た者もいる。
俺たち異世界人は、リザニマ帝国の兵器として召喚されたらしい。
リザニマ帝国は今、隣国のルルイ魔国と戦争をしているらしい。"今"といっても、もうかれこれ500年になるそうだ。
約800年の間、両国は均衡を保っていた。人口がいくらか多いリザニマと、軍事力がいくらか高いルルイで微妙なバランスを保っていたのだ。
しかし、やがて均衡が崩れる。ルルイが作り出した兵器によって、人口の差が無くなったのだ。
リザニマは今まで、多人数で攻めるという戦術を妄信していたため、人口というアドバンテージを奪われたのは、痛かった。
「だから、他所から連れてくることにしたってわけだ」
「他所……つまり異世界ってことですね?」
「ああ。ただ、それだけじゃあねぇ。ここは確かに異世界人しかいねぇが、奴隷やら亜人やらも連れてかれるって話だ」
異世界から兵士を連れてくる事を思いついたリザニマは、召喚魔法の研究を熱心に行った。
リザニマの召喚魔法の研究は200年にも及ぶが、未だ成功率は高くない。それでも、二国間の均衡を取り戻すことには成功した。
「すごいっすね。なんでそんなに詳しいんですか?」
「なに、あいつから聞いたんだ」
そういっておっさんは、腹をさするようなジェスチャーをした。
「あの、太った見張りがいるだろう?あいつはな、飲ませればなんでも話してくれる」
「へえ……」
今度飲ませてみよう。聞きたいことは沢山あるんだ。ルルイのこと、魔法のこと。こっちの暦にも興味があるし……。
とにかく、このおっさんが出兵してしまったら、話相手がいなくなる。そんなの、寂しい。
俺たちはほとんど使い捨ての駒だった。召喚された時に腕につけられたのは、戦闘奴隷の刻印なんだとか。一度、戦闘に参加すると、勝つか死ぬまで闘い続ける。逃げることは魔法によって禁じられている。
そう、魔法だ。この世界には魔法があるらしい。
俺は、剣と魔法の世界へ迷い込んだのだ。ライトノベルの世界だ。それならば俺には、チート主人公になる、権利と義務がある。
それなのに、奴隷だなんて。それに、10日後の出兵より後の生命の保証はない。
"主人公ではない"ということだ。
俺は、主人公として、所謂、"勇者"として召喚されたわけではない。
召喚されたときは、ワクワクしていた。俺が、世界を救うかもしれない、と本気で考えていた。
この数日で、それがとんだ間違いだったと思い知った。
俺は、大量に召喚された戦闘奴隷の1人でしかなかった。大勢の中の1人だ。
チートな力なんてない。魔法によって強制的に死の覚悟が決まっていることが、俺たちの唯一の強みだ。
「ま、せいぜい残りの夜で城を潰すほど飲んでやるよ」
そう言い放ち、豪快に笑うおっさんを眺めながら、俺は戦闘奴隷の刻印をなぞった。
翌朝、俺は早速、昨晩飲み残しておいた酒を持って、見張りのところへ行ってみた。
彼は尋常じゃないほどのメタボなので、すぐに見つけることができる。
なんというか、そこだけ空間が歪んでいるのだ。重力が乱されている感じがするのだ。
「おい、お前、俺のことすごく失礼な捜し方しただろ?」
巨漢が話しかけてくる。汽笛のような、腹に響いてくる声だ。
「いえいえ……酒を持ってきたんです、一杯いかがです?」
「酒ェ?何を聞きたい?だいたいな、こんなもの持って来なくてもなぁ……。
俺がやんのはアレだ、お前、名前は?」
「……鏡です。鏡 波人。」
「おう、カガミ。お前がなるべく隊の後ろらへんに配置されるように頼んでやる、それくらいだ」
そう言って、グイっと酒を煽る。ジョッキ1杯で持ってきた酒が一瞬で無くなる。
「だいたい、下っ端の俺がそう大したこと知ってるわけがないだろう。
なんだよ、やれ抜け道を教えろだの、やれこの城の弱点を教えろだの……」
「あー、じゃあ、答えられる範囲でいいです」
確かにその通りだ。彼が大した情報を持っているとは考えにくいよな……。ただの見張りだもの。
「なんだ?」
「魔法、教えてください」
深く頭を下げて頼む。お辞儀がこの世界で通用するとは思えないけど、精一杯の誠意は見せるべきだ。
「それくらいなら構わないが……俺が使えるのは"ファイアー・ボール"くらいの初歩的なのだけだぞ?」
教えてくれるのか。魔法を使って反乱を起こされるかもしれない、とか考えたりしないのだろうか。
教えてくれるなら別にいいのだけど……。
「いいか?見てろよ……」
そう言って彼は掌を広げた。
「黒の風よ、火よ、風よ、我が敵を撃つ礫となれ……ファイアー・ボール!!」
ゴウッと音が鳴って50センチほどの火の玉が壁に向かって放たれた。
被害は……壁が焦げた……かな?
「まあ、こんなもんだ。やってみろ」
ええと、確か、
「黒い風よ、火よ、風よ、我が礫となれ……ファイアー・ボール!!」
「おい、微妙に違――――――――― 」
ゴウゥ……ッと音が鳴って、俺の魔法が、
壁を突き破った。
「え?」
「え?」
「え?」
やっぱ異世界召喚されたらチートになんなきゃね……