新たな朝
朝。
起きた、そう自覚したらすぐに目を閉じ、ベッドの横のコールボタンを押す。鈴のような音が鳴るのを聞いた後、真っ黒な視界のまま、私はベッドから上体を起こした。
「シア、起きたのね、おはよう」
少し経って、母が私のもとへ来る。
「調子はどう?」
恐らく椅子に座ったのだろう。すぐ隣に母の気配がする。
「うん、大丈夫、いつも通り」
「そう、じゃあ目を開けてみましょうか、そっとね」
私はゆっくりと瞼を持ち上げる。見えるのはいつも通りの部屋。私のための部屋だ。だが。
「今日はどう?」
「壁に掛かってる時計がおかしい。あと……テレビも」
「どんな風に見えるの?」
「中身が見えてるのかな、歯車とかネジとかなんか複雑な部品がいっぱいある感じ」
私が言ったことを母がノートに書き込んでいくのを横目に見て、私はいろんなものへ目を向けていった。クッション、机、窓、本棚……あ、火災報知機の中身ってこんな風になってるんだ。
「遠くのほうまで見えたりはしない?」
「うん、普通の視力の範囲だけみたい」
窓のほうを向いて外の景色を見てみるが、遠くまで見えるというようなことはない。見えるのは慣れ親しんだ家の庭の風景だけである。
「今日は普通の透視だけかしらね。落ち着いているようでよかったわ、これなら朝ご飯、向こうで食べられるわね」
そう言って母はノートの記入を終え、部屋を出ていった。
私は起こした上半身を、再度ベッドに向かって投げ出す。母にはいつも通りだと言ったが、最近はというとそうでもない。いや、体調は安定した状態が続いているし、どこかが痛むところがあるというわけでもない。
ただ不安なのだ。心配なのだ。
自分はここにいていいものか。むしろ、いなかったほうがいいのではないのか。
私って、
「……何のために生きているんだろう」
そう思えてならないのだ。
*
私が生まれたのは都市の中心地から少々外れた、のんびりとしたところだった。何不自由ないといえば嘘になるが、幸せな毎日だったように思う。
ただ、その生活が続いたのは六歳のころまでだった。このころから私は他の人と見えているものが違うと理解し始めた。ある時は遠くの物が見えたり、逆に小さすぎるものが見えたり。ちょっと先の未来が見えたりもした。毎日毎日、起きるたびに見え方が変わるのだ。そのことを周りの人に伝えるのだが、どうも反応が芳しくない。もっと幼かったころは母も学校の先生も私のことを「ちょっと感性が変わった子」くらいに思っていたらしいが、小学校に上がってもその様子が変わらなかったので、だんだんとおかしく思い始めたそうだ。意味不明な事ばかり言う私を周りの子もだんだん敬遠し始めた。私自身あまり活発な女の子とは言えなかったし、なにより体もそこまで強くなかった、むしろ弱かったものだからみんなと距離を置いた。
そんなとき、一学期が終わるころだったか、私の目が映したのは様々な物の中身だった。機械や果物類ならば別にいい。中身がそのようなものだってことは見たことがあるし、面白いとも思える。しかし、その時の私は酷なものを見てしまった。
人の、中身である。
心の内とか、考えていることとか、精神的なものではない。文字通り、人体の中身。周りの子供も大人も、母親でさえも、動き回る人体模型のように見えたのだ。血管や筋肉の筋が脈動して蠢く様子は悪夢としか思えなかった。
私はその日、頑なに外に出ていくことを拒み一日を過ごした。さすがに母も私の反応は異常だと分かったのだろう。翌日、状態が安定したときに私は病院に連れていかれた。幼いながらもとにかくたくさん連れられて行ったことだけは覚えているが、小児科では原因がわからないからといって、精神科や脳神経外科、大学病院まで連れていかれたというのは後から聞いた話だ。
私のことが分かったのは、それから数年後のことだった。
なんでも、国に特異な症状や能力について研究している機関があるらしく、私の事例はまさにそれに合致するかもしれないというのだ。母も最初は渋っていたが私の異常な状態を思い出したのか、私の目について調べてもらうことを了承した。
このころの私は学校にも行かず、ただただ毎日を消化するだけだった。それならむしろ、この訳の分からない目をどうにかするほうがいい。そう考えた私も調べてもらうことを受け入れた。
結果から言うとやはり病気ではなく、先天的にそういう目なのだ、と、そういわれた。「体のどの部分が異常な光景を見せているのかわからない以上、手の打ちようがない」だそうだ。
あぁ、私はこの先ずっとこの目とともに生きていかなくてはならないのか。それならいっそのこと、目をくりぬいて盲目のまま過ごしたらいいんじゃないのか、そんな考えばかりが脳裏をよぎる。しかし、実行する度胸もなく、時は過ぎていく。学校に行かないまま家の中にいることが増え、気づけばとっくに中学校を卒業するくらいの年齢になっていた。
母は「大丈夫、私がついているから」と言ってくれるし、単身赴任している父も、休みの日はほぼ毎回会いに来てくれる。けれど、逆にそれが私にはつらい。私のせいで母にも父にも、大変な思いをさせている。私がいなければ二人とももっと幸せに暮らせているはずなのに。
……私は、外に出る勇気が出ない。
……この目と一緒に、生きていく自信がない。
*
朝ご飯を終える。
中学校もまともに行けていない自分だけれど、せめて自分のお金は少しでも自分で稼げるようにと始めた小物づくり、それが毎日の日課である。自分で作ったものを、インターネットを使って売り出すのだ。少ない収入だけれど、そんなものは関係ない。自分が稼いだということが大切なのだ。
時々目の調子によってはその小物づくりさえできないときがある。仕方なく目を閉じるが、何もできないというわけではない。ラジオをつけてニュースを聞いたり、音楽を流したり、時には音声のみの教材で、自分が学び損ねた小中学校の勉強などもやっている。
そうこうしているうちに一日が終わる。晩御飯を食べて、母に「おやすみ」と伝えて横になる。
ベッドの中で考えることはいつも大抵同じだ。明日は何が見える目になっているだろうか。せめて作業ができるくらいの状態であってほしい。できるならば今度は何を作ろうか。できないなら何を聞こうか。作ったものはどれくらいで売れるかな。そういえば、最近理科の教材聞いてなかったな。
じゃあ明日は――――
*
朝。
コールボタンを押す。ちょっと気になって、母が来る前に目をうっすらと開けてみた。
……特におかしなところはない。部屋にあるものを順にみていくが変化は見られない。普通の目だと思いたいところだけれど、前にも人限定で効果を及ぼすものもあったのだから、ぬか喜びはできない。
「シア、おはよう。あら、今日は目を開けているのね、大丈夫なの?」
「うん、今日はひどくない、の……か、も、…ん?」
母の顔を見た瞬間、私の視界が変わった。昨日みたいに時計の中の歯車が見えるということはない。相変わらず普通の私の部屋だ。ただおかしな点が一つ。今見えているのは私の姿なのだ。
「シア?」
母が心配そうに声をかけてくれる。目の前の私は眉間にしわを寄せたまま目を瞬かせている。
これって、もしかして。
「……お母さん、今何時?」
え?という声と共に私の視界には母の腕時計が映る。
「八時ちょうどくらいだけど……」
「じゃあ次は、えーっと、ちょっと上向いてみて」
「……こう?」
母が上を向くと、私の見ている視点も同様に上を向く。
「うん、分かったと思う、ありがとう」
母が椅子に座る。
「それで、今日はどんな風に見えるの?」
「……多分だけど、他の人が見ているものが見えるんだと思う。今さっきお母さんが向いてくれた方向とおんなじ風景が見えたもの」
午前中の時間を使っていろいろなことを試した。毎日何かしら見えるものが違ったけれど、今回のようなことは初めてだった。わかったのは、長い時間目を閉じていると自分に視界が戻るということ。音やにおいは感じられず、あくまでも他の人の視界だけを見ることができるということ。見た人の視界でないと、移ることはできないということ。
「ちょっとお買い物に行ってくるから、留守番お願いね」
ここまでは母に伝えたのだが、一つだけ伝えていないことがある。それは、私の視点から他の誰かの視点に移ることができるだけではなく、誰かの視点からまた他の誰かの視点にも映ることができる、ということだ。実際、母の視点から飼っている猫の視点に移ることができた。禁止されると思ったから、私はこのことを母に伝えなかった。これはちょっと使い方を変えれば誰かの大切な個人情報を見てしまうことだってできる。私も自分から積極的にそんなことしようとは思わないけれど、万が一ということもあった。
母の視点のまま、母が外に出ればいろんな人の視点に移ることができる。だから昼を過ぎて、母が買い物に出るといった時、私は期待で胸を膨らませた。
「行ってらっしゃい」
*
母は車に乗って買いものに行くようだった。新しくショッピングモールができたと以前言っていたから、きっと少々時間をかけてそこに行くのだろう。母が帰ってくるまでの時間で、いろんなところを見て回ることにした。母の視界から、横断歩道で待っているおばあちゃん、スーパーの店員さん、休憩中なのだろう、コーヒー片手に休んでいる会社員視点に移ったりもした。ただ、私が見てみたい場所に行くような人はいない。なぜだろう、と考えてみたが、会社員の男性が携帯端末(確か、スマートフォンと言ったはず)を取り出したときに分かった。時間は三時過ぎ。今頃彼らは授業を受けているはずである。
外で体育の授業を受けている生徒の視点から、学校内の生徒の視点に移り、私は学校の授業風景を見ることにした。見るのは、今の私と年齢的に近い高校生。私がなることのできなかった高校生である。先生が黒板に向かって何やら数列を書いていくのを見ると、数学の授業みたいだ。理解してみようと頑張るけれど、なにやら数字以外にもたくさんの文字が書いてあって、まるで暗号みたいだった。早々に考えるのをやめる。
高校というとみんな真面目で緊張感のある授業を受けていると考えていたけれど、どうもそうでもないらしい。教室の端のほうでは先生に隠れてゲームをしている人もいるし、一番前の生徒だって、先生の目の前なのに思いっきり突っ伏して眠っている。先生も授業の合間に面白い小話を挟んでは授業の雰囲気を明るくして楽しそうだ。私が視点を借りているこの女の子だって、ことあるごとに眠っている男の子のほうを見ている。本人が気づいているのか分からないけれど、きっと、彼のこと、好きなんだろうな。
彼らにとっては日常の出来事。私にとっては絶対に見ることのできなかった生活の様子。同じ時間生きてきたはずなのに、こうも違う。
私はこの場に実際にいるわけではないけれど、この風景を見ているだけでなんだか苦しくなってきた気がして、視点を移した。
*
公園では、兄弟だろう、二人の子供たちが仲良く遊んでいた。グローブを持ってキャッチボールをしている。傍らには二人の母親らしきひとがベンチに腰かけて、二人の様子を見守っていた。
高校を出た私は、カラスやネコの視点を移りながらこの母親の視点を借りていた。二人とも元気に遊んでいる。借りることができるのは視点だけなので声は聞こえないが、きっと母親はその様子から察するに変なところに投げないように言い聞かせているのだろう。
注意も意味をなさず、案の定、少し背の低い男の子――恐らく弟――の投げたボールが変なところにいってしまった。兄のほうがボールを追いかける。二人の母親も肩を落としているように見える。私自身もあーあ、と思いながら見ていたそのときだった。
曲がり角から軽トラックが来て、
子供を跳ね飛ばした。
……はっきりと見てしまった。
見えてしまった。
ボールを拾おうとした子供が車の下に吸い込まれるように倒れたその一瞬。
私が見たということは、子供の轢かれるさまを、母親も見ているということ。
涙で前が見えない。
何よりも、頭から血を流す子供の状態を見ていられない。
私はトラックの運転手に視点を変える。
目の前で必死に何かを叫ぶ母親。
震える手で携帯を取り出す運転手。
周りに人が集まってくる。
救急車が来る。
搬送される。
…………………
…………
……
*
警察が来たところから私は視点を何回も変えて、救急車を追う。入っていったのは近隣でも一番大きな大学病院だった。どうにかしてあの子が無事かだけでも確認したい。その一心で追い続けて、何とか手術室の場所まで突き止めた。手術室の前にいる母親と弟、駆け付けた兄弟の父親らしき人を見て、私は視点を待合室の、適当に目についた人に移した。
気持ちを落ち着かせる。あの子は助かるだろうか。手術は成功するだろうか。時間は間に合っただろうか。あの母親は大丈夫だろうか。弟のほうはどうしているだろうか。
頭に浮かんでは消えていく心配事を何とか抑えようとする。医師は優秀だから大丈夫。救急車はすぐ来てくれた。父親も来てくれていたから支えてくれるはず。
手術開始からどれくらいの時間が過ぎただろうか。あまり時間が経っていないようにも思えるし、気が遠くなるほど待った気がする。途中からは父親に視点を移してその時を待った。
そして、「手術中」の明かりが消える……
*
私が視点を自分に戻すと、目の前には母がいた。
「ずっと他のところを見ていたみたいだけど、どこを見ていたの?」
と聞かれる。どうにかはぐらかそうとも考えたが、正直に話すことにした。
「実はね……」
時間をかけて全部話した。他の誰かからも視点を移せること、高校を見て憧れたけどちょっと辛かったこと、公園で男の子が楽しく遊んでいたこと、一人男の子が轢かれてしまったこと、心配で病院まで見てきたこと。今日見てきたこと全部。
「それでその子は助かったの?」
「うん、頭打った時にボールがクッションになったんだと思う。医師の人がそう言ってた気がするもの」
あの子の母親は泣いてお礼を繰り返していた。正直、助かったのは奇跡だったと思うのだ。
「……お母さん、」
「何?」
私はあの子が助かったときに決めたことを、打ち明けることにした。他の人にはなんて事のないことで、大きな括りからすればほんの小さな出来事の連続だったのかもしれないけれど。それでも私にとっては、今日の出来事はこれ以上ない大冒険だったのだ。
「私、外に出たい」
*
数ヶ月後の朝、私は家の玄関に立っていた。家の中で唯一立ち寄らなかった場所。外のことを知ったあの日から、待ちに待った瞬間でもあり、ちょっとだけ来てほしくなかった瞬間が、今。
「辛くなったら、いつでも帰ってきていいからね」
「こまめに手は洗うんだぞ、体調管理には気をつけろよ、何かあったら電話しなさい、それから……」
「そんなに遠くないんだから大丈夫だよ、お父さん」
私が一人暮らしを開始する日に合わせて、父が赴任先から急いで来てくれた。実は一人暮らしするための道具や家具をそろえてくれたのも父だ。
なんだか、父の新しい側面を見た気がする。
「最初は慣れないかもしれないけれど、慣れたら楽しいわよ、一人暮らし、頑張ってね」
「ありがと、お母さん」
一人暮らししたいといった時、反対する父を説得してくれたのが母だ。この数ヶ月の間に私が頑張っていたから、と父の反対を押し切ってくれたのだ。
いろんな視点を借りて、いろんなことを見て回ったあの時間で、私はもっと外を見てみたいと思った。もっと外のことについて知りたいと思った。辛くもあったし苦しくもあったけれど、あの時間は私にとってかけがえのない刺激になった。未だにこの目はおかしなものを移すけれど、今なら一緒に生きていけそうな気がするのだ。
「それじゃあ、行ってきます!」
足取りは軽く、力強く。これまで進むことができなかった年月を取り戻すように、私はその一歩を踏み出した。




