驚く
ようやく帰り着いたのは、東の空と地面の境界線が白くなり始めた頃だった。
神父が苦労して、大きな荷物を二つ持ち帰る。
一つは持っていたもの。
もう、一つは白頭巾。
ペーターを奪い返す直前で『銀の牙』に拐われたのが、余程ショックだったのだろう。
白頭巾は心ここにあらず。連れ帰るのが大変だった。
少し時間を戻し、あの戦いの後。
神父は、白頭巾が使った道具を出来るだけ回収した。
(ペーターさん。結構、大変な事をしてたんだな。)
苦労が解った気がする。
それからが、本当の大変だった。
膝から崩れ落ちた白頭巾は、そのまま座っていた。我々が言う女の子座り。その体制で項垂れていた。
「白頭巾さん。ここにいても仕方ないですから、一旦帰りますよ。」
何とか立たせる。
「ほら、頑張って。」
一瞬、躊躇う神父だが、
(連れ帰らなければ。)
手を握る。
手を引き歩かせた。
そうして覚束無い足取りの白頭巾を借家まで連れ帰った。
「入りますよ。」
神父は扉を開き、白頭巾と共に入る。
白頭巾を椅子に座らせると、
「お茶入れますね。」
竈の残り火に木を焚べた。
神父はお湯が湧くまで炎を見つめていた。
(どうしたものか…。)
答えの出ない自問自答は繰り返される。
いつの間に、『グツグツ』と沸き立っていた。
気付き、お茶を入れる。
「どうぞ。」
白頭巾の前のテーブルの上に置かれたお茶。
沈黙。
白頭巾は出されたお茶を、ただじっと見詰めるだけだった。
静寂。
時折、竈が小さく音を立て静寂を際立たせる。
『よし!』と言わんばかりの意を決した顔。
「白頭巾さん。」
返答は無く、ただ出されたお茶を見つめ続けている。
「貴女しかペーターさんを助けられないのですよ!」
わざとだった。その強い口調は。言っている本人が一番解っているのだから。
憤怒。
それが、その感情に付けられた名前。
座っていた椅子を脹脛で跳ね飛ばし、お茶の置かれた机を腿で持ち上げる。
その反動でカップは中身のお茶を机にぶちまけた。
その机は熱さのあまりにその上のものを踊らせた。実際には机が持ち上がった勢いなのだが、そう見させたのは彼女の激情。
「そんな事、判ってるわよ!」
『ドン!』
言い終わるのとどちらが早かったのかは判らない。
両手で机を抑える様に上から叩いた。
加わる下向きの力。
今度は、踊っていた机の上のものが、宙へと飛んだ。
中には、床に向かって飛び込んだものも。
『ガシャン!』
破壊音が、これ程に人を落ち着かせるとは。
「ごめんなさい。」
その表情からは激情が消えていた。
「こちらこそ、お辛いのは白頭巾さんなのに…。」
身をかがめ床に落ちた物を拾う。
割れたカップの破片に手を伸ばし集める。これが破壊音の正体だろう。
それが一段落し、目に付いたのは『素焼きの板』。
驚き。
伸ばす手も早い。
「これは!」
先程の驚きなど比較にならない驚きと大声。
「白頭巾さん。これ!」
直様、立ち上がり素焼きの板を見せる。




