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来訪者


 それから、しばらくの間は事件も起きなければ、手紙の返事も来なかった。



 ある日の早朝。


 扉を叩く音で目覚める。そして、悟った。

 また、事件だと。


 扉を開くと、濃い霧が雪崩込んできた。

「神父様。またです…。」

 市長の使用人だった。その顔には恐怖が張り付く。

「解りました。直に用意します。」



 外は予想を超える濃さの霧が立ち込めていた。少し遅れると、前を行く使用人の背中が白に覆われて見えなくなる。



 場所は街から少し離れた街道。


 到着すると市長を始めとする男達が集まっていた。

「神父様…。」

 市長は為す術無しといった表情ですがる目で見る。

「市長…。」

 傍らに転がる無残な死体を見る。

「調べて見ます。」

 そっと手を伸ばす神父。


「触らないで!」

 白に塗られたから空間に凛とした声が響き、足音が近付いてくる。

 そして、霧が人の輪郭を形どる。


「死体から離れて。」

 今度は明らかに判る若い女性の声だと。


「何者だ?」

 市長を始めとする男達が身構える。


 その問に答えたのは色を付けた霧の人影。


 白い頭巾を被り、膝までのスカートも白、そこまで伸びる茶色のロングブーツ。年の頃は15、6歳であろう。その証拠に目深に被った頭巾から覗く顔は女性ではなく、少女と呼ぶに相応しいあどけなさを持っていた。


「何しに来た!」

 恐怖を隠す様に怒鳴る市長。


 男達は少女だと判り、安堵どころか更に緊張する。こんな辺鄙へんぴな所に一人で来る少女など妖しい以外の何者で無い。


 答えの代わりに、白い頭巾の少女の右の裾がひるがえっる。鋭く光る銀色の残像を残しながら。


「えっ!?」

 銀色の残像が自分へと伸び、驚いて目を見開き硬直した。

 神父が恐怖を感じたのは、頬をかすめ後へ抜けてから。


「ぐはっ。」

 肉に刺さる鈍い音と共に苦しみの交じる声が吐き出される。

 その出処を探る様に、神父達はゆっくりと振り向く。


 恐怖。


 無残な死体だと思っていたモノが立ち上がり、今にも襲いかかろうとしていた。

 それを、制するかの様に眉間に深々と刺さるナイフ。


「呼ばれたから来たのよ。」

 白い頭巾の少女は答えた。



「離れて!」

 凛と響く声が命令する。同時に銀の光が放たれる。


「ぎゃあああああ!」

 その言葉が我が身の事だと解ったのは、振り下ろされた右手の爪が市長の背後から右肩を深くえぐった後だった。


 そのまま倒れ込み、傷口を抑えもがく市長を見下す神父に今の出来事が再生される。

(今、投げたナイフで爪の軌道を変えた!? でなければ、市長の首が飛んでいた…。)


「離れてって言っているでしょ。」

 ようやく我に返り、市長へと駆け寄る神父。


 『キン!』

 金属同士が合わさる高い音を背後に聞いた神父は恐る恐る振り向く。

 そこには死体の左手の爪をナイフで受け止めている白い頭巾の少女がいた。

 音の響きから推測すると、爪は金属の強度を持っている。


 神父は慌て、市長を抱き起こし転がる様に離れ、

「離れました。」

 律儀に報告した。

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