教会、再び
「そろそろ行きましょうか。」
白頭巾はバスケットを抱える。
前を行く白頭巾が、自分の思っていたのとは違う方向へ曲がった。
「あれ? 街の北側へ行くんじゃあ?」
思わず声が出ていた。
「行く前に教会へ寄ろうと思って。」
教会の前。
「神父さん。入っても良いかしら?」
「構いませんよ。」
「では。」
中へ入るとバスケットを手近な椅子に置き、中から手の平サイズの筒を出した。
その筒を目に当て、スルスルと伸ばす。
「あれは?」
神父は好奇心に勝てずペーターに聞いた。
「あれは、遠眼鏡だよ。」
「あれが、遠眼鏡ですか。聞いた事はありますが、実物は初めてです。」
その会話の横で白頭巾は、遠眼鏡を使い天井を見ていた。
「やっぱり…。」
ボソリと漏らした白頭巾。
「何か天井にあるのですか?」
神父が聞いたのも当然だろう。
白頭巾が神父に向き、
「こちら側の事は知らない方が幸せよ。」
その言葉に、はっとした神父が見た白頭巾の顔は、いつもの笑顔では無く、暗い真剣な表情だった。
「とは言え…。」
先程の表情が一変し、少女らしさが戻る。
「これからも、神父さんには協力をお願いしないとだし…。」
考える姿はやはり少女そのもの。
「神父さん。これを。」
遠眼鏡を渡し、
「あの辺りを見てください。」
天井を指さした。
「おーっ。よく見える。」
遠眼鏡が見せる初めての景色に驚き感動した。
「剥がれかかっているけど、円の中に何か描いてあるでしょ。」
遠眼鏡で目的のものを探し当て、
「はい。何かの絵柄ですか?」
それを絵柄と言わないのは、ゼロでは無く零の割合の人。そう、怪物退治の専門家と呼ばれる人達。[『零』には、極々僅かと言う意味があります。]
「あれは、私達だけが使う符丁です。」
「符丁ですか。」
その意味を考えた時に浮かぶのは疑問。
「えっ? 何故、あんなところに符丁があるのですか?」
「ジャン爺さんのお話にあった村人を殺した旅人は…。」
神父の頭で全てが繋がった。
「お話の旅人は、貴女と同じ専門家…。」
「そう言うことね。」
もう一度、遠眼鏡で符丁を見る神父。だが、意味など分かるはずもなかった。
「当時の事を符丁として、ここに残した。最初に見た時に、もしやと思ったけど…。お話を聞いてね、確かめに来たの。」
「まさか、昔にもこの街に怪物が現れていたなんて…。」
「もしかしたら、その怪物と今回の事件は繋がりがあるかもしれないわね。」
「えっ!? 話からすると、かなり昔の出来事では?」
また驚く神父に、
「あら、数百年生きる怪物なんてざらよ。」
悪戯っ子の様な笑顔で答える白頭巾。
「判ったのは怪物が『人狼』だって事。最初に、動く死体を見た時にピンと来たんだけど…。符丁で確信できたわ。」
「『人狼』って…。あの伝説の?」
ひと呼吸置き、
「伝説っていうのは、真実を隠す一番良い方法よ。」
神父の背中をゾクリと駆け上がったのは、怪物が存在したと判った恐怖か。目の前の少女が別世界の存在だと、改めて判った恐怖か。
「他にはありますか?」
恐怖は好奇心を増すのだろうか? つい、聞いてしまう神父。
「うーん。もう少し、符丁があったみたいだけど。剥がれたりして、読めないものもあるから。」
見上げた天井は確かにその通りだった。
その後も天井を観察を続けた白頭巾は、また革表紙の本を出し記録を取り始めた。
「いつも記録をとっているのですね。」
何気ない質問だった。
「えぇ。記録を残しておけば、次の世代に役立つでしょ。」
「そうですね…。」
怪物との戦いは、終わる事が無いのだと神父は知った。
「それにね。私、時々記憶が飛ぶの。」
「えっ!? 記憶がですか…。」
「うん。お婆さんの話だと、小さい頃の病気が原因だとか…。」
「…。」
聞いた自分が返す言葉を失った神父。
パタンと本を閉じ、
「行き…。」
割り込むように、聴こえてくる子ども達の元気な声。
「マーシュ神父様ですね。」
「そう、ですね。」
白頭巾の質問に答えた神父。
「行きましょ。」
改めて言った。




