超弩級情報交流大禁呪(Twitter)
病室にはたった一人の患者がいた。日の光を浴びることがないために色を失った肌はまるで太陽を嫌う吸血鬼のようであり、運動することがないためにわずかばかりの皮と骨しか残っていない手足はまるでミイラのようだ。
「おはよう、ニンゲン」
現れたのは、人間ではなかった。その肌は光を全て吸収してしまいそうなほどに黒く、手入れされていない植物のように伸びきった頭髪はまるで蛇のようにのたうちまわる。額からのぞく第三の眼球は呪われた宝石のような怪しさをたたえている。肉体は可憐な少女のそれだが、その姿がかえって違和感を生み出す。
「だ、誰!?」
「我か。我は、魔王である」
「ま、魔王?」
「さっそくだが、貴様に一つ命令を与えよう」
目の前の魔王の命令。たとえ本能が退化してしまった人間であっても肌が泡立つほどの覇気をこのバケモノは呼吸するような感覚で全身から発している。
「ついったーなるものの使い方を教えよ」
「へ?」
この魔王がなにを言ったのか。少年は一瞬だけ理解できなかった。
「だから、人間どもの意識の集合体にしてあらゆる思考の廃棄場につながる究極の門の開き方を教えよというのだ」
「究極……?」
「それともなにか? 呪文の類が必要なのか? だが、我の情報系禁呪を行使したが全くわからん。というか、この人間界では魔法の欠片も残っておらんからな」
魔王は心底、不思議そうに言う。
わずかに、いや全然話がかみ合っていないように思われたが、少年は魔王のことをコスプレした変人と思うようにした。
「いや、これには魔法なんていらない。メールアドレスとアカウント名を設定すればいい」
「アカウント名とはなんだ?」
「自分の名前のこと」
「なに、わが真名を教えよというのか!?」
魔王が叫ぶと一瞬だけだが病室の気温が氷点下にまで下がったようだった。
「いや、大禁呪にはそれなりの代償が必要。それも人間どもの集合的意識に接続するなど高難度という言葉では収まらぬな」
「いや、本名じゃなくていい。むしろ、個人情報なんて絶対に教えちゃいけないから」
「なに、偽りの情報で術式を騙すのか。いや、たしかに魂などの代価を要求する禁呪。抵抗力が低い人間では耐え切れぬ。しかし、儀式を行わずに人間が個人でこれほど高度な術式を構築し、発動させることができるとは。人間も侮れぬ」
「運営がちゃんと管理しているから問題ないけど」
「ほう、なるほど。一部の大魔導士が維持しているのか。それならば納得だな」
疑問が氷解したようで、魔王はすがすがしい顔となり、機嫌も目に見えて回復した。
「それでは、褒美だ」
魔王の指が少年の額に当てられる。生物にあるはずの体温を感じさせない指だったが、その冷たさを感じたのも一瞬。
「ではさらばだ」
魔王は病室の窓から飛び降りる。いや、まるで朝顔が日の光を浴びて開花するように背中から翼が生え、その翼でもって夜空を飛翔する。
「なんだったんだ……」
それと同時に、少年の肉体にも変化が訪れた。青白かった肌にはつやが戻り、小枝のようにか細かった手足には筋肉の盛り上がりが生まれる。
不治の病を負っていた少年は退院するのだった。
余談だが、魔王のアカウントは一つの流行を生み出した。その独特なキャラクターから数多の都市伝説が生まれ、結果的に人間界の視察という魔王の目的はこれ以上ない形で成功したのであった。