鎮静
…そうして2人は仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
なんてありふれた物語なのかしら。
静香はため息をつき、本を閉じた。
そうして周りを見回す。
ここには誰もいない。そして私はここから出られない。
ここは、大きな大きな入り口も出口もない図書館。
本当は私の居場所じゃない。でもあの子が、自分には似合わないからって譲ってくれた場所。
ここの本達は全てを知っている。
この世界のこと、私たちのこと、この物語のこと。
もうすぐ私を迎えに来る、あの子のこと。
その日も私は分厚い本を膝の上で開いていた。
ここにはないはずの、扉の開く音。
来た。あの子が来た。胸のざわめきを抑えながら知らん顔して本に目を落とす。こうしていればあの子が私を見つけてくれる。
「…だぁれ?」
静寂を破く可愛らしい声。
「やっと私を見つけてくれたのですね」
にこっと、あの子に笑いかける。
分厚い本に目を落としていた彼女は麻姫を見て微笑んだ。
「待っていましたよ、麻姫」
「な…なんで私の名前、知ってるんですか…?」
彼女はまた微笑んで、本を閉じた。
「ここの本は、すべてを教えてくれるんです」
本を置き、突っ立ったままの麻姫に歩み寄った。
「私は静香です。あなたの中の、1人目の他人です」
「…?」
「疲れてしまったでしょう?座ってください、今お茶を淹れてきますね」
勧められた椅子に座ると、静香は 少々お待ちくださいね、と言ってスカートをたなびかせながら行ってしまった。
1人になったらまた怖くなって周りを見回す。大きな図書館。天井はガラス張りになっているようで明るい光が降りそそぐ。床から天井まで、夥しい冊数の本が並んでいる。それでも不思議に辛気臭くも暗くもない。古い本の匂いが心地よい…。
「お待たせしました」
静香がティーカップに入った紅茶を麻姫の前に置いてくれた。彼女は麻姫の向かいに座り、紅茶を一口すすった。温かい紅茶が、心を少し落ち着かせてくれた。
「何か、聞きたいことはありますか?」
麻姫の目を覗き込みながら静香が問う。
「…わかんないです…でも、扉に入らなきゃいけない気がして…入ったらここに出て…」
なんだか気まずくて下を向いてしまった。彼女が微笑む気配がした。
「それであってます。麻姫にはいろんな扉に入っていただきます。それで、私たちを集めて頂きます」
よく分からないけれども、そう言われて納得した。集めるんだ。みんなを。誰だか分からないけれど…。
「私以外の人に会いに行くためにも扉に帰りましょう。場所は覚えてますか?」
覚えてる、そう答えて前に立って歩こうとした。
「麻姫、私のそばに来てください。そして扉の場所を思い浮かべて。」
そう言って静香が麻姫の手を取った。
「えっと…」
その場所を思い浮かべて説明しようと口を開けかけた瞬間、目の前に扉が現れた。
呆然と黙ってしまった麻姫を見て微笑みながら静香は言った。
「これが私の能力です。思い浮かべた場所への瞬間転移。」
訳が分からず言葉が出ない麻姫を尻目に、静香は嬉しそうにドアノブに手をかける。
「さぁ、次の場所へ行きましょう。」