04 五頭の兄弟竜
さて、私が卵から孵化してひと月が経った。
その間に、自分が置かれている状況についても正しく理解した。
例の赤竜は私の母であり、自分が五頭の子竜の末っ子であるということ。
そして私の体を覆う黒い鱗は竜の中でも珍しいもので、人間に狙われて非常に危険だということも。
「リーンはただでさえぼんやりしてるんだから、絶対私達から離れないでね。人間に捕まったら、バラバラにされて食べられちゃうのよ」
ギャアギャアとしか聞こえなかった兄弟竜達の鳴き声も、今はちゃんと意味を持った言葉に聞こえる。
厳しい顔で注意したのは、長女にあたる水竜のノルンだ。
彼女は面倒見のいいお姉さんを自認していて、何かにつけて兄弟に遅れがちな私によくお小言を言う。
自分でも慣れない体の使い方が下手だという自覚はあるので、彼女の言うことにはできるだけ従うようにしていた。
「そんなに厳しく言うなよノルン。確かにリーンはのんびり屋だが、慎重なのは悪いことじゃないさ」
ノルンを窘めるように会話に入ってきたのは、長男である赤竜のラーキだった。
彼が五つの卵の内で一番最初に孵化したらしく、体も一番大きくてがっしりとしている。
赤竜なので血気盛んな面もあるが、往々にして頼りになるお兄ちゃんという感じだ。今も、子育てに疲れたお母さんの代わりに、周囲に油断なく視線を走らせていた。
卵の中にいた時は小高い丘だと思っていたが、なんと私が生まれた場所は活火山の中腹にある砂地だった。
普通赤竜は活火山の中で子育てをするそうだが、水竜は熱に弱いと言うことで、折衷案として母は近くに水場のあるこの場所に巣を作ったらしい。
そう。私達はドラゴンの中でも珍しい、違う種族同士のハーフなのだ。
父は水竜で、今は餌を取りに行っていると聞いた。
「ノルンもラーキも心配しすぎよ。こんな森の中の火山に、人間が来た事なんて一度もないじゃない」
高い声で騒ぐのは、次女のサモアだった。ノルンの次に生まれた赤竜の彼女は、メスだが喧嘩っ早く過激な言動が多い。
母親や上の兄弟に気に掛けられることの多い私のことが、どうやら気に入らないようだ。
「でもでも、来たら大変だろう? やつら僕たちを捕まえて食べる気なんだ。うぅ~こわいよう」
隣で泣きそうになっているのは、私のすぐ上の兄ニカだった。
水竜である彼の性格はサモアの対極にあって、よく彼女に泣かされていることを知っている。
そして最後に、黒竜の私。
鏡がないので自分の全身を見ることはできないが、水竜や赤竜である兄弟の鱗はそれぞれにピカピカと光って宝石のように綺麗だ。
一方で、真っ黒の自分は地味だよなあと思ったりする。
その地味な黒竜の方が珍しくて人間に狙われやすいというのも、なんだか納得のいかない話だ。
憮然としながら、私は両手で顔を覆ってしまったニカの頭をよしよしと撫でた。
プライドの高いサモアにはとてもできないことだが、ニカはこうすると落ち着くと言うこともこのひと月の間に学んだ。
竜は人間と違って、卵の中で既にある程度まで成長してしまうものらしい。
だから生まれてさほど経っていない私でも、立ったり歩いたり喋ったりできる。
羽もあるので将来的には飛べるらしい。流石にまだ、飛んだりはできないが。
母のサワラーンが気にしているのもまさにそのことで、今人間に狙われたら飛べない子竜などひとたまりもないというのである。
確かにそれはその通りだとして、それでも元人間である私からすれば、子供ながらに象ぐらいはあるこの体を人間が運べるのかということと、母が目を光らせているこの巣まで彼らがたどり着けるかというのは激しく疑問だ。
最も、この世界の人間が私の知るそれと大きく違って、まるで巨人だとか、私が知っているよりも文明が発達しているとかだったら、分からなくもないが。
まだこの世界の人間と接触したことのない私は、母の語る恐ろしい人間という生き物について、想像する他ないのだった。
彼女によれば、人間は小さいのに貪欲で、傲慢で、地上のものは何でも自分たちの思い通りにしていいと思っている、とのことだった。
しかし、ビル五階分の母が言う小さいとは、果たしてどの程度の小さいなのか。
まあ欲深いという点では、この世界に暮らす人間も地球の人間と同じといえるかもしれない。
密漁で絶滅の危機に瀕している動物が、地球にも沢山いた。実感があるわけではなく、所詮は知識にすぎないが。
「またぼんやりして。本当に大丈夫? どこか痛いの?」
黙り込んでいると、ラーキが私の顔をのぞき込んできた。
どうも考えに耽ってしまうことの多い私は、黒竜ということ以外にも竜の中では異端らしい。
それでも、考えてからじゃないと動けないこの性格は、人間だった頃と全く同じ。
変えろといわれても、そう簡単に直せるものではないらしかった。