第七話 ハイテンション・プリーズ
物置のような駅舎しかなく、周りには一車線の道路が一本だけ。あとは畑が広がり、ぽつぽつと民家が見えるくらい。線路はどこまでも続いていて、本当に次の駅があるのか不安になる。遠くの景色はそのほとんどが山で埋め尽くされている。
カメラを趣味にしていないのでスマホしかないが、それでいい。写真を綺麗に撮るより「そこにいた」という証が欲しいだけだ。
元々「寂れた場所」とか「取り残された空間」みたいなのが好きだった。でも流石に一人で廃墟なんかに行くほど図太い神経を持っていない。廃駅、となると行く手段がない。秘境駅なら人も少ないしそれなりに寂れている。駅だし行くのも簡単だ…とはいえ、移動だけで8時間近くかかるとは思わなかったが。
今日は疲れたので早めに旅館でゆっくりしよう。田舎に旅館があるのはありがたい。予約の仕方もわからなかったが、初めて一人旅行して旅館を予約する旨を伝えたら優しく教えてくれた。最初から人に聞くようにしておけば、もっと生きやすくなっていたかもしれない。聞き過ぎも良くないが。私は一時の恥より一生の恥を選んでいた。
「良い意味で」静かな旅館だから存分にゴロゴロ出来る。することはツイッターとお土産選びくらいしかないが、家や学校で暇をつぶすより余程気が楽だ。私には都会より田舎が合っているのかな。
両親はとにかく食べるのが大好きなので食べ物をお土産にした。翔には何か形に残るものを選ぼうと悩んだ結果、小さめのキーホルダーを買うことにした。いるのかって言われると微妙だが、つけてはくれると思う。他の友達にもお土産を買うか散々迷って、結局買わなかった。体感1時間近く迷っていた。ホントは10分だったけど。
なんとなく浴衣も着てみる。今まで着たことがなかったので着方がよくわからない。胸元はどれくらい隠すものなのか。あまり出しすぎても誘ってるみたいだし。誰もいないのに…あ、良い意味で。まあ、別に隠すモノ自体…大してないから…いいんだよ…うん。
勝手に凹んでいる自分を、どこかで愛らしく思っている。自分が好きな人ってこんな感覚なのか(多分違う)。自由にするのがこれほど楽しいなんて。何をしても、何を思っても、何を考えても、誰も責める人はいない。
久しぶりに、心から楽しいと感じた。
朝昼を兼ねた食事はその地方で有名なものにした。郷土料理…とは少し違うか。こういうのって味がどうであろうと割と美味しく頂けてしまう。頂けてしまうっていうか普通に美味しかった。
2日目。基本駅を見るだけの旅行に2泊3日の日程を組んだが、全く多いと思わない。今日は、空が明るいうちは駅周りでのんびりしよう。何もしないのも一つの自由だ。
駅の周りをふらついたり、スマホで写真を撮ったりする。天気は昨日に引き続き快晴。この駅は1日に四本しか電車が来ないので、そんなに人の目を気にしなくていい。散歩をする。景色を眺める。時々電車が止まり、数人降りる。人がいなくなったら暫くぼーっとしてみる。写真を撮る。ツイッターに上げる。駅の周りを歩き、七月の風を受ける。私の夏は一足早く終わりを迎えるが、何処吹く風だ(今うまいこと言った)。景色を眺める。写真を撮って、またツイッターに上げて。思い出したように電車が止まる。今度は誰も降りてこなかった。
家にいる時より何もしていないのに、家にいる時より充実している。もしかしたら最近の私は、単に都会疲れしていただけかもしれない。
都会疲れ、か。本当にそんだけの理由なら、半ば勢いで寿命を引き取ってもらった私の立場はどうなるんだ。きっと百人中百人が間違ってると断言する選択だった。ならせめて私くらいはそれが正しいと信じなければいけない。
大丈夫だ。
私の選択は、間違っていない。
夜ご飯を食べてから寝るまでの時間が憂鬱だった。明日も学校があるのか、明日も勉強しないといけないのか、明日も生きないといけないのか。夜はどうもマイナスなことばかり考えてしまう。今はもう学校も勉強も生きていくめんどくささも考えなくていい。寿命を引き取られてからは、この時間が好きになった。
それを踏まえると今の「良い意味で誰もいない旅館」「食事後から寝るまでの時間」「先を考えなくていい人生」は私にとって最高の環境だ。この時間が永遠に続けばいいのに。こういう時に限っていつもより早く眠気がくる。頭の中を空っぽにする。楽しい、とだけ思い続ける。楽しい、楽しい、とても楽しい。あと6日、なんとかやっていけそうだ。
後に私は、最悪の告白を受ける。
旅行の前の日、22日。この日にそれを受けていたら、旅行は本気で楽しめなかった。行かなかったまである。22日じゃなくて、心から良かったと思う。