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第四話 嫌われ者

数日が経ったが、特に体調が変化したりはしなかった。あまりにも普通に過ぎていく毎日に、時々自分が余命1ヶ月だってのを忘れそうになる。

自由に過ごそう、とかっこよく言っていたくせに、相変わらず行きたくもない学校に来ている。学校は未来のある若者を育てる場所であって、未来が無くなった私が学校に通う理由なんてないはずなのに。結局1ヶ月の間に余計な気を遣わせてしまう罪悪感を選んだ。最後の1ヶ月すら自由にしようとしない。

学校では期末考査に入っている。その後に高校生の数少ない楽しみである、夏休みが待っている。私は、夏休みの終わりを迎えることはできない。

「ミカ、テスト勉強してる?」

「あたし今回もノー勉。まあなんとかなるでしょ」

私はもうテスト勉強はしていない。夏休みの宿題もしなくていい。あれだけ悩まされていた勉強や進路からは、既に開放されている。そう考えると少し気が楽になった。


テストの点数が大幅に下がり友達にも心配されたが、幸い補習等はなかった。終業式が20日だから、夏休みは十日になる。ここにきて8月31日までにしなかったのを悔やんだ。私の最後の1ヶ月は夏休みより学校の方が長いじゃないか。土日を合わせると半々くらいだが、土日を使って旅行なんて疲れることはできない。選択を誤ったか。

例のおばさんはあの時以降現れていない。少し前に出会った道に行ってみたが、誰がいるわけでもなくあの時の違和感もなかった。もし「やっぱり寿命戻したい」という人が出たらどうするつもりなんだ。救済がないなら、それはそれで詐欺のような気もする。


学校では普段通りに振舞っている。むしろ前よりも素直に発言出来るようになった。今までは人と会話する時は細心の注意を払って、相手を不快にさせない言葉を選んでいた。それはクラスメイトにも、友達にも、幼馴染の翔、そして家族にもそうしていた。この先何年も付き合っていく可能性のある人に、嫌われたくなかった。

でも、今は多少自分の思ったことを素直に言える。流石に学校が終わったらもう会わない人に、嫌われたくないとは思わない。


当たり前の話だが、生活は大きく変わらなかった。「変われなかった」と言ったほうが正しい。

「心配させたくないから」って理由で意味もない学校に行き、嫌いなことも我慢して、いつもと同じように、を心がけてる。ちっとも自由にしていない。

学校に行かないのは、人に迷惑をかけることか。私が(もしこの先も生き続けるなら)勝手に損をするだけで、別に他の誰かが困りそうなものではなさそうだ…などと適当言っても、結局行くんだろうけど。


そしてこれも当たり前の話だが、私が余命1ヶ月なのは誰も知らないわけで、つまり誰も私への接し方を変えないってことで。先生に少し小言を言われたりすると、それが余命の少ない人への態度か、などと心の中で思ってしまう。

絶対私が間違ってる。それくらいわかっているんだが、そうでも思わないと余命1ヶ月のメリットがない。早くも引き取ってもらったのを後悔し始めている。

寿命を戻したい、と思ったらまたあのおばさんに会えるんじゃないか。死にたい人の元へ現れるなら、生きたい人の元へだって現れるはずだ。


毎日、毎日あの寂れた道を覗いてみたが、おばさんは現れなかった。

寿命を戻すことも出来ると言ってたくらいだから、てっきり戻したい時に戻せるもんだと考えていた。これじゃ本当に詐欺じゃないか…と思ったが、そういう契約書を書かされたわけでもないし、訴えるにしても何をどう訴えるのか。「引き取られた寿命を返してくれない」なんて言われたら、本人の私ですら頭がおかしいと思う。それ以前に訴え方を知らない。どこにいけばできるんだよ。


終業式も間近に控えた日、翔と帰る機会があった。赤ん坊の頃から高校まで、ずっと一緒だ。ずっと一緒なのに、一緒に帰るのは久しぶりな気がする。

「お前、進路決まった?ぶっちゃけ大学とかよくわからんし、就職ってのも急すぎるよな」

楽観的な性格もずっと変わらない。私もそうだけど。

私の進路は、もう決まってる。翔ならもしかしたらわかってくれるかもしれないが、それでも多少付き合い方は変わってしまう。翔はどうするのかな、進路。

「俺は…決まってねえなー。担任には就職っつってるけどさ、まだ社会人になる自覚ってないじゃん?俺就職する気はないな。かといって勉強はしたくないしなぁ」

就職する気ないのに就職って言っちゃうんだ…


私は勉強も仕事もしたくないから、この道を選んだ。しかし普通の人はこんな道は選ばない。普通の高校生は勉強か仕事を選ぶ。たとえ両方嫌だとしても、じゃあ余命1ヶ月にしようとは考えない。翔は私と違ってそれなりに人との交流がある、いわゆる陽キャってやつだ。多分。進路がまだ決まってないのは意外だったな。


夏休み初日に遊ぶ約束をして帰った。自分から気兼ねなく話を切り出せる関係はやっぱり良い。最初は一緒に旅行しようと提案したが、どうやら向こうにあまり暇な時間がないのか無理らしい。夏休みも初日以外はほとんど空いていないと言っていた。忙しいのかな。



最後の終業式も相変わらず退屈だった。校長先生はどうしてあんなに長い話が出来るんだ。形にとらわれず適当な挨拶して終わりじゃダメなのか。

遊びの計画を話す生徒や新しいゲームの話題で溢れる教室を見ていると、どうしても寿命を戻したくなってしまう。大丈夫。夏休みは宿題だってあるし、休み明けのテストのために勉強しないといけない。楽しいことばかりじゃない。

大丈夫、私は間違っていない。


教室から出ようとして、ふと教卓を見ると担任がいた。この人とも二度と会わなくなる。担任として最低限の面倒は見てくれたが、正直あまり好きな先生ではない。そもそも私みたいな人は先生という人間を好きになるケースがほとんどない。小学校のあの担任は好きだったな。名前思い出せないけど。なんとなく顔が翔に似ていた気がする。

声をかけようか迷う。普通の終業式ならそのまま帰るが、私にとっては普通の終業式ではない。声をかけるとして、なんと言うのか。別れの挨拶を切り出しても意味不明だ。たださよならを言うだけでは、特別感もない…


「先生!ウチら今度大阪行くんだー!」

「お土産何がいい?やっぱ食べ物?」



テレビではバラエティー番組が放送されているが、夏真っ盛りだからかまだ空は少し明るい。

結局、先生とは何も話さなかった。私が声をかけようとかけまいと、大きな変化はない。何より、他の生徒を押しのけてまで話す内容もない。他の生徒達が先生と雑談しているのを見た時、何かが急激に冷めていった。

個人的な考えだが、死ぬ前に予兆を残したくない。それでも別の私が、誰かに気づいて欲しいと思っている。やっぱり本当の自分がわからない。

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