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第九話 最も美しい時間

翔はずっと立っている。横に座ればいいのにと言ったが、適当に濁された。

沈黙が続く。普段遊んでいる時も互いに無言なことがあるから、それ自体はなんとも思わない。でも、今回の沈黙はいつもと違う…気のせいか。なんか話しかけたほうがいいのかな?というか何しに来たんだろう。キーホルダーのお礼?もしそうならこんなに沈黙が続くはずがない。


「あー、キーホルダー、ありがとう。…そして、言いたいことがあるんだけどさ」


この何気ない一言で、なんとなくわかった。



「お前最近、すごい人生楽しそうに生きているよな」




翔は、もしかしたら全て知っているのかもしれない。




「なあ、幸せってなんだと思う?」

幸せ?感じたことはあれど、それについて考えたことはなかった。…いや、話のスケールが大きすぎて、考えても理解できないんだ。

「いろんな幸せがあるよな。人の数だけ幸せがある。家族とメシを食う時、趣味に没頭している時、友達とバカ騒ぎする時、一人でゆっくりしている時、大切な人が隣にいる時。でも結局これらは全部【自由】だと思うんだ」

自由。何をしてもいい…とはちょっと違うが、確かに自由は幸せだ。

でもさ、と翔は続ける。夕日はもう、さっきまでのそれとは大きく形を変えている。


「俺らが口にする自由は、拘束された自由だ。例えば夏休みは【学校が作り出した】自由な期間。宿題もあるし、休み明けにはテストもある。拘束された自由の中でいかに楽しめるかが、幸せだ。これ、親父に言われてたんだけどさ」

翔の父親…どんな人だったっけ。家によく遊びに行ってたが、父親がいた日はなかった気がする。単身赴任かな。

「だから、全く何にも拘束されていない、本当の自由を手に入れた時。その時は、本当に幸せになれるんだろうな。なんか、今のお前にはそれを手に入れたような雰囲気がある」


もし翔が寿命を引き取ってもらったこと、そうでなくても余命が少ないことを知っているとして。

この話はなんだ?あまりにも翔らしくない。本当の自由を私が知っていたらどうなるのか。


「何があったのかは知らんが、幸せそうで良かった。だから、お前の考えを借りて言う」


あれ、これって。


「灯。ずっと言えなかったけど」


嫌だ。


今更、そんなの。

違うと思ったから、あと2日しかないのに。

言わなくていい。聞きたくない。お願いだから。




嫌だ。




「俺は、灯のことが―





どうして。





どうして、こうなってしまうんだろう。





私の想い人。自分から言えないので、向こうに言って欲しかった。どう思っているかわからないので、向こうに私を好きになって欲しかった。

でも、それは昔の話。私は余命1ヶ月になった。「違う」と思ったからそうした。それなのに。

「…その、隠しててごめんな。言い訳は…通じないよな」

隠していたこと。私は翔が好きだった。翔も私が、好きだったみたい。


「こんなどうしようもない状況になるまで、言えなかった。こういうの、男から言わないとダメだよなぁ。両想いじゃなかったら…って考えちゃって」

二人とも片想いだと思っていたが、実は両想いでした。恋愛によくあるすれ違い。

ただ、状況が悪いだけ。私は2日後に死んでいて…



どうしようもない状況?どうしようもないって、なに。


「いや…それは、わからないならそれでいい。あと、返事も言わなくていい。断られるの、怖いし。単なる俺の自己満足だ。付き合わせて悪いな」


私と翔は相思相愛だった。それは、隠していたことではない。そうじゃないんだ。そっちじゃないんだ。


「じゃあ」




さよなら。




翔はあの日と同じ、後ろも向かずに去っていく。なんてあっけない。別れの挨拶だけ残して、ゆっくりと消えていく。まるで、あの夕日のように。



翔は、私が余命2日なのをおそらく知らない。

どうしようもないのは、翔の方。


私の言葉を借りて、告白した。借りたのは、あの言葉。




私の余命があと2日なら。




翔の余命は、あと何日なのかな。



何か声をかけなきゃいけないのに、何も言えなかった。

夕日は、もう沈みきっている。





マジックアワー。


最悪のタイミングで、この言葉の意味を思い出してしまった。

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