悪役令嬢の蒐集癖とそのコレクションな俺
「死ぬぐらいなら私のモノになれ。
異世界の勇者。
私が新しい生をやる」
そう彼女が俺に言った。
異世界から召喚され、魔王倒せなどというというゲームのシナリオをなぞらされ。
挙げ句の果てには用済みとばかりに、作られた世界が敵に回った俺に。
名を呼び、容姿を変え、俺に生きる場所をくれた。
そんな彼女が望むなら、俺のすべては彼女のモノだ。
それがたとえ、彼女の所有欲を満たすだけに作られた言葉であったとしても。
「アイリス・クラウディア。
この場を持って、お前との婚約を破棄する!!」
王子サマが主役さながらに声を上げた。
かはっと俺は盛大に笑う。
ここまで嗤ったのは久しぶりじゃあなかろうか。
「おい、ユーガ。
私が婚約を破棄されたのがそこまで愉快か」
おっと。
不機嫌に低く唸る彼女を見て、俺は笑うのを何とか自重する。
「いえいえ、とんでもない。
アイリスお嬢様」
まだ、ニヤつく頬をひくりと痙攣させ、俺はそれを隠すため深々と頭を下げる。
「ですが、かなり滑稽な茶番かと」
在学生が一堂に揃う記念式典で。
舞台の上で行われた、この酷く巫山戯た劇をそう評すのが俺なりの賞賛である。
俺の言葉に彼女の元婚約者である王子が「なっ」と声を上げる。
「ユーガ、何が言いたい?」
彼女が続けろ、とばかりに鷹揚に首を動かす。
「では、失礼ながら」
俺はつい、と空中に指を走らせる。
その動きに合わせて黒い文字が宙に綴られ、はっきりと視界に浮かび上がる。
「アリア嬢の身辺調査について書かれています。
で、まぁ、結論を言わせていただきますとアリア嬢は人間ではなく魔物かと」
つまり、魅了の魔法とかそんなので王子とかその他諸々を誑しこんだ訳だ。
俺には全くもって効果はないが。
「っ、嘘よ、嘘!
リューク騙されないで」
目を潤ませ王子に縋り付くアリア嬢。
王子が俺を睨む。
「ふざけたことを言うな。
アリアが魔物だと?
勝手に身辺調査をしたうえ虚偽を並べるなど!
……クラウディア家が取り潰されても仕方がないと思え」
あらら、やっぱり怒るとは思ったが短気だな、こいつ。
くすり。
彼女が口元を扇で隠す。
「なぁ、リューク。
お前の一存で私の家を取り潰せると本気で思っているのか?」
妖艶なほど赤い唇が蠱惑的に動く。
告げる言葉は挑発的で、悪役令嬢の名にふさわしい。
一瞬、目を奪われたように瞠目した王子がアリア嬢に袖を引かれ数度瞬きをした。
それは周りも同じようで俺はくつくつと笑いを噛み殺す。
「それで?
ユーガ。
お前、アリア嬢が魔物だと証明できるのか」
「はい、アイリスお嬢様」
同時に会場を包み込むように張り巡らせていた魔法円を発動させる。
途端に、アリア嬢が胸を押さえ苦しみだした。
「ぐっ、な、何を……?」
「苦しいですか?
まぁ、そうでしょうね。
これは闇とは対極に位置する光の魔法なので。
貴女が俺の言う通り魔物であるならそれはそれは苦しいでしょう」
俺の言葉に周りが騒めく。
「な、光の魔法だと!?
それが使えるものなどこの世界にはいないはず……」
残念ながら、俺はこの世界の人間じゃないものでね。
勇者とか呼ばれていた時も、あんまりこれは使っていなかったからなぁ。
部分指定をしないといけないのが面倒だったのだ。
アリア嬢、だったもの形を変えていく。
人型は保ったまま、どろりどろりとなにか別のモノになっていく。
どうやら、魔力の維持が困難になってきたようだ。
「……ユーガ」
「はい、アイリスお嬢様。
いかがなさいましたか?」
「そろそろやめてやれ」
「……アイリスお嬢様はお優しい」
俺としてはもう少し苦しめたいところなのだが。
まぁ、周りが理解するにはもう十分か。
床に膝をつきアリア嬢がぜぇぜぇと苦しそうに息を吐く。
王子たちの顔色は青を通り越して最早、白い。
一歩でも離れようとする王子を見て、俺は婚約が破棄されてよかったと思う。
それどころか、早くあの魔物を捕らえろ!とか叫びまくってるし。
魅了の魔法にかかっていたとはいえ、アリア嬢を愛しているとか言っていたくせにこれか。
こんな男に俺の主を任せるなどとんでもない。
「アリア嬢」
彼女がドレスが床に触れるのも気にせずしゃがみ込んだ。
「これを」
そう言ってレースの飾りがついた布を差し出す。
「……はっ、なによ。
どういうつもり?」
アリア嬢がぎっと彼女を睨み付け、その手を払う。
「アリア嬢、私の家で雇われる気はないか?」
「は?」
彼女は払われた手を気にもせず、逆にアリア嬢の腕をとったかと思うと問答無用で顔を拭っていく。
そして、また。
彼女の悪い癖が出た。
「君の男を魅了する技術と魔法には尊敬に値するものがあった。
――まぁ、一つ気に入らない点をあげるとするなら
私のユーガにまで手を出そうとしたことだが」
後半、ぼそりと彼女が何かを呟くが低いそれは俺の耳には届かない。
「とにかく、ユーガには見破られたが、実際ここまでの数の人間を思い通りにすることなど
並みの魔物ならできないだろう。
そんな君が投獄され、王族に魔法をかけたんだ――下手をしたら死刑かもしれない、になるなど
私は耐えられそうもない。
そこで、だ。
我が家にはまだ君のような能力を持った魔物がいないんだよ。
他に、エルフやら吸血鬼やら、まぁ、変わり種でいえば異世界の人間もいるんだがね。
君さえ良ければ、是非私の元へ来てくれないか?」
「え?
はぁ?」
戸惑うアリア嬢の手をきゅっと彼女が握る。
そして。
「率直に言おう――アリア嬢、君が欲しいんだ」
うわぁ、すっげぇ口説き文句きたなおい。
真剣な瞳で整った美しい顔で。
まるで睦言の様に甘いセリフに、ぽかんとしていたアリア嬢が徐々に意味を理解したのか頬を染める。
「君の罪が軽くなるようクラウディア家が口添えしよう」
その言葉が後押ししたのか、アリア嬢はうっとりと恋する乙女のような目を彼女に向けこっくりと頷いた。
――また、これで彼女のコレクションが増え、俺のライバルも一人増えたわけだ。
あと、この茶番劇の後片付け、という面倒な仕事も。
もうこの際、王子様とその他諸々にはどこか遠い領地に飛んでもらうのもいいかもしれないなぁ。
――二度と彼女の目に映ることのないように。
「アイリスお嬢様、一つ質問をしても
よろしいでしょうか?」
あの婚約破棄騒動の次の日、俺は、機嫌良さげにアリア嬢に着せる服を選ぶ彼女に声を掛ける。
「なんだ」
「今回の茶番劇、貴女がアリア嬢に虐めをした等の根拠の無い噂が広まるのが早すぎました。
そしてその時間帯は、貴方は王妃のお茶会に呼ばれ学院に行っていない。
出来すぎてるんですよねぇ。
で……この婚約破棄、どこまでが貴女の
仕組んだことですか?」
「んー?」
彼女が質問には答えず、青い薔薇をかたどった髪飾りを俺の頭につけ似合わないな、とぼそりと呟く。
いや、俺に女物が似合っても仕方ないし。
「なぁ、ユーガ」
「はい」
彼女は青い薔薇の髪飾りを俺の髪から抜き取り、指で優しく撫でる。
「この青い髪飾りは最近、別の女性を彩るのに忙しかったのだよ。
私という女がありながら酷いものだと思わないか?」
また、酷く抽象的な言い回しをするものだ。
――あぁ、そういえば王子の目はこの薔薇と同じ青色だったか。
イタズラを企む子供のような笑みに俺は小さく肩をすくめ、青い薔薇の髪飾りを彼女の手から取る。
「だから捨てると?
つまり、ほぼ全て貴女の仕組んだことだったと。
でも可哀想じゃないですか、その青い薔薇は悪い女性の魔法にかけられていたのですから」
「顔と表情があっていないぞ、ユーガ」
「いやいや、アイリスお嬢様を普段から避けるからだ、ざまぁ、とか思ってませんよ?
嗤ってもいませんよ?」
「……」
いや、だって自業自得な面もあるからな。
彼女の方が優秀すぎるから劣等感でも感じたのか、普段からの対応のそっけないこと冷たいこと。
そりゃ、愛でもなければ愛想つかされるよなぁ。
俺が魔法を込め撫でれば、花びらの先からほろほろと崩れる様に青い薔薇が壊れていく。
そこには何も残らない。
あぁ、あと、今回の茶番を彼女が大きくしたのはアリア嬢を手に入れるためでもあったはずだ。
大袈裟であればある程、欲しいモノに恩を売ることが出来る。
俺のように。
……って、アイリスお嬢様、なんですか、その俺を見る冷めた目は。
「まぁ、それは置いておくとして……俺に話もせずに。
もしも俺がアリア嬢が魔物だと気づけなかったらどうするんですか」
「お前なら気づいたさ、ユーガ」
にやりと笑い、説教は要らんと俺の目をのぞき込む。
彼女の紫の目の色と俺の目の赤が混じって、俺が彼女の従者として引く境界線をあやふやにさせる。
「なにせ、私の一番のお気に入りだ」
「……俺の優秀さに感謝して下さい。
給料を上げてくれても構いませんよ 」
「そうだな、今回は珍しいモノを手に入れたしお前に褒美をやってもいいな」
照れ隠しの言葉に、機嫌良さそうに彼女が笑う。
「何が欲しい?」
「どんなものでも?」
「私がお前にやれるものなら、なんでも」
……アイリス――と言ったら、このお嬢様はどんな顔をするだろうか。
彼女を真似て、アイリスお嬢様、貴女が欲しいとでも。
「今はまだ。
そのうち言いますから、絶対俺にください」
貴方を手に入れるにはまだまだライバルが多いもので。
「ユーガがそう望むなら」
――アイリスお嬢様、言質は取りましたので撤回不可でお願いしますね?
彼の赤い目に魅入られた。
私が彼を――異世界の勇者だという変わったモノを手に入れるために作った仮初の世界で。
綺麗だと感じていたリュークの目がガラス玉にしか思えないほどに、
彼の、裏切られてなお燻る様に熱が籠るその目が酷く美しいと思った。
――囲い込んで私以外を見れなくして、従わせようと考えていたのに。
鑑賞目的で手に入れたはずの彼は、何故か今では私の側を片時も離れず従者などをやっている。
「どんなものでも?」
何が欲しい?と私が訪ねた時彼はそう言って薄らと微笑んだ。
ようやく、欲しくて欲しくて堪らなかったモノが手に入れられるとばかりに歪んだ笑みで。
――どうやらいつの間にか囲い込まれて彼しか見れなくなっていたのは私の方だったようだ。