第十六話 後悔、そして青葉の過去
清美は、しばらくの間固まっていた。
そして、何かを言いたそうに口を開く。
「……あそこは、危ないけど……何か、ある?」
「まあ、ちょっと探したいものがあってさ。」
「……菜々葉に、聞いてくる。」
清美は、都市の森林の危険性を十分に分かっているのだろう。
しかし、あの様子だと清美は賛成だと見てとれる。青葉は少し安堵した。
しばらくすると、清美が戻ってきた。
「……菜々葉、いいけど、急ぎ目に、お願いしたい、だそう。」
青葉の計画だとしばらく長くなってしまうかもしれないが、まあそれは突然のハプニングだと思って割り切ってもらう事にした。
そんな思惑が気づかれないように、青葉は平常心を心がけて話しかける。
「じゃあ、今すぐにエントランスで集合で、宜しく!」
「……分かった。」
青葉はそう言って清美と一旦別れた。
そうして、自室へと戻ると、律儀にも修悟が座って待っていた。
「青葉ー、協力してくれそうになったかー?」
「騙して連れてきたけど、まあいっか。」
そんな恐ろしいことを青葉は開き直った顔で言った。
青葉にとって騙すというのは少し後ろ髪の引かれる行為だったが、作戦成功のためだ。まあ仕方がないと、青葉も割り切る。
そんな反応を見て、修悟が少し不思議そうな顔をしたが、青葉がすぐに集合だという事を伝えると、修悟はすぐに準備を始めた。
そして、青葉たちは再びエントランスへと降り立った。
ちなみに今は十二時前。丁度お腹が空き始める時間だったが、青葉たちはあまり空腹感を感じていない様子だった。
少し歩いて、自転車置き場まで自転車を取りに行くと、ちょうど菜々葉と清美が居た。
「まさかここで会うとは。あ、そうだ。
紹介しとかないといけないんだけど。この人は木下修悟。別に悪い人でもないし、今回の森林探索に行く理由も、この人のため。今日一日かも知れないけど、宜しく頼むよ。」
「あ、宜しくお願いします。」
青葉が修悟の紹介をすると、修悟はそれに続いた。
「あ、宜しくねー。」
「……宜しく、頼むます。」
軽く自己紹介を交わし、青葉たちは目的地へと自転車を走らせた。
_*_*_*_*_*_*_*_*_*_*
森林へと自転車を走らせている間、青葉たちは何気ない会話で親睦を深めていた。
そうしているうちに、こんな会話に進展していった。
「そういえばさ、青葉って何でこの都市にいるの?前の世界ではばんばん魔法打って、すごい強かったのに。」
青葉が少し怯えた顔をする。
修悟がそんな青葉の様子を見て、あわてて謝った。
「ごめんごめん。なんか触れたくない過去でも触っちゃった感じ?」
「まあ、そうだけどさ……」
青葉はなかなかいつものように返事をすることができていない様子だった
しかし、理由はしっかりと説明しておかないと、怪しまれる事になる。
ただ、いつもの建前の理由だと、この四人にはいつか粗が出てしまい、そのうち突っ込まれてしまうだろう。青葉がそれを避けるため、本当の理由を話そうとして、こどものころの記憶、そして、青葉が生まれる前の両親の姿を思いだそうとする。
しかし、青葉も本当のところはあまり深く突っ込んで考えたことがなかったのだ。
「いづっ」
不意にこめかみに針で突いたような痛みが襲った。
いつもそうだ。青葉は、自分の子どもの頃の過去をあまりうまく思いだす事ができない。
だからだろうか。大人の人に言われた、自分が都市に来た理由も、すべて信じられなかったのだ。
だからこその、本当の事が知りたい。しかし、靄がかかる記憶と、針で刺すような痛みが青葉の思いをいつも邪魔する。
「青葉、どうしたの?」
「まあ、いろいろあってね。」
菜々葉が聞いた。
そして、菜々葉は修悟に一喝。
「青葉の過去は、あまり踏み込んでいいものじゃないのよ。後は清美のも。」
「……あ、はい。ごめんなさい。」
修悟は、それを聞いて青葉に謝る。
青葉は、別にいいよーと返した。
青葉のは、少し憂いげだったが、それでいて嬉しそうな微笑を浮かべていた。
青葉にとって、過去というものは踏み込んではいけないものでもないというよろも、むしろどんどん踏み込んできてほしいものであった。
両親の顔も、名前も記憶に靄がかかったようで思いだせない。
青葉は、少なからずそんな自身の記憶を疑問に思っていたのだった。
だからだろうか。ふつうは菜々葉のように踏み込んでは行けないものだととらえている人が多いので、
修悟のようにどんどんと踏み込んでくれるような貴重な人を、青葉はとても嬉しく思っていたのだ。
「まあ、今日はのんびり散策でもしましょうな。もしかしたら新しい事が発見できるかもだし。」
青葉は、そんな空気を壊すために話題の転換をはかった。
しかし、清美たちに嘘をついていることは悟られてはならない。
迂闊に発言してしまうと菜々葉にそれを指摘されてしまう。
出来るだけ青葉は菜々葉と目を合わせないように、前を向きながら話す。
「……青葉たちと、森林に入るの、久しぶり。」
「まあ、一年前か。清美がこの都市に来て、初めて受けた依頼というか……そんな感じだったもんね。
あのときは青葉と清美が居てくれたから助かったけど。下手してたら皆死んでた位の大事件だったしね。」
「いやー、あのときぶりかー。前は敵に気を取られていたから森林の細かいとこ、何も考えてなかったからさ。こういう風にのんびりと散策出来るのは初めてだよねー。」
女子三人が思い出話に花を咲かせている。
横で見ている修悟は、一人取り残されているような感覚になっていた。
しかし、そんな修悟の様子には目もくれず、青葉たちは話し続ける。
「……まあ、あの時にさ、初めて行ったから森林って怖いとこなんだなーって思ったけど、よくよく考えてみると、別にそこまで怖いところでもないんだよね。」
「……菜々葉は、魔獣の怖さ、知らなさすぎ。」
「ある程度実力のある人たちだったら何も怖いところでもないけどねー。
何せこの都市、魔法うまく操れない人とかが多いからさ、あんまり近づいては行けない所って言われていてもおかしくはないよー。」
青葉たちは、森林に対する怖さ、というものを共有しているみたいだった。
修悟は、ずっと無言で自転車を漕いでいるだけだったが、青葉たちの会話に興味を持ったのか、会話に耳を傾けていた。
そして、修悟は何か話したそうな顔で青葉たちを見た。
そんな修悟の様子に、最初に気づいたのは菜々葉だった。
「あ、ごめんね、修悟君。勝手に盛り上がっちゃった。」
「いや、ただちょっと聞いておきたいなーって思う事があったから。」
「何?」
こんなときに、菜々葉の能力は強い。
目を合わせた人の心を見透かす能力。それは、このような時や、戦闘の補助の時などに大いに役立つ能力だ。
ただ、菜々葉は魔法の才能がからっきしなのでこの都市に住んでいる訳だが。
「これから行く森林って、そんなに怖いところなのか?」
三人は、困ったように顔を見合わした。
森林に対する価値観は三者三様である。しかし、一番修悟と魔法の能力が近い菜々葉に、森林の説明をしてもらう事にした。
「私は、森林は怖いところだと思ってる。青葉と菜々葉が居ないと、もしかしたら魔獣に襲われて死んでしまうかもしれないし、前にあんな事件があったと思うと、なおさら、ね。」
「その、事件って言うのは何なんだ?」
菜々葉が、青葉たちに補足をしてほしいような気を込めて視線を送る。
青葉たちは、事件についてだと仕方ないかな、と笑い、追加で説明することにした。
「一年前の事件。それは、簡単に言うと、森林を使ったテロ行為、かな?清美、解釈これであってる?」
「……うん。」
「私たちは、まだ都市に越してきた頃だったんだけど、その時に、反政府組織?みたいなのが、この都市を占拠してしまおうと思って、都市の入り口まで来たんだ。
その時に、森林の中に少し前から潜んでいたらしいんだけど、衛兵の人たちも全く気付かなかったんだ。」
「……それで、どうなったの?」
「この都市は、多分首都に続いて技術が発達しているから、ネットワークでつながっているんだけど、衛兵から奪いとった無線で嘘の情報を流されて、皆それに踊らされて行ってしまったから、組織を都市に入れてしまったの。
それをたまたま近くに居合わせていた、私と清美が止めたんだけど……」
そう話している青葉が口ごもる。
どうやらあまり思い出したくないようなたぐいの記憶で会ったのだろう。
青葉は後悔を押し殺すように頭を振ると、再び話し始めた。
「私たちの騒ぎを聞きつけた人が、警察を呼んだの。
それで、警察が駆けつけたんだけどね……
青葉が話すのをためらう。
「一瞬で殺されちゃったの。
相手の人たちのほうが、とてつもなく強かったんだ。
私たちはそんなこと全く知らなかったから、ただがむしゃらに戦っていただけなんだけどね。
それに続いて行った、他の警察の人たちも一撃で殺されちゃった。
もう人が殺されるのを見たくなかったから、私たちは自分の命を顧みず突っ込んでいったんだよ……」
「想像以上に重い話だな……だけど、青葉たちは解決出来たんだろ?もっと自信持ってもいいんじゃ……」
修悟がそう言った。
青葉は、もう話しきった、という様子だったので、清美が付け加える。
「……私たちが、最初に逃げなかったら、皆死ななかったから、青葉は……自分を、責めてる。」
「「……」」
その時、青葉たちは自分を恨むと同時に、何かが外れたような気がしたのだった。
あの事は、一生忘れない。
青葉と清美は、そう誓っていたのだ。
「でもさ、その事件で森が怖くなったっていうのは、少し無理があるような……」
修悟が、不思議そうな目で青葉を見た。
青葉は、複雑な顔をして、
「倒して、潜伏場所が割れたのはよかったんだけど、またそこを潰すにもかなりたくさん犠牲者が出てしまったの……だから、森には近づかないほうがいい、って皆に言われ始めたんだ。」
と言った。
修悟は、黙って頷いた。
そして、青葉は続ける。
「あのときはさ、菜々葉も居たんだけど、私たちが居なかったら、警察ごと全滅させられそうになってたんだ……」
話を続けようとしていたが、どうやら青葉たちは都市を出る門まで来ていたらしい。
門番の人に一礼してから、青葉たちは修悟に続いて目的地へと進んで行ったのだった。




