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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◆王女様編◆
98/143

◆第98話





水が辺りを覆いつくす。

時には雨になり、時には濁流になり、全てを飲み込もうと荒れ狂う波となる。

それを防ぐかのように、氷点下となった辺りはキラキラと氷で輝く世界となる。

庭師とマーシャルの戦い、それは水と氷の戦いだった。


「寒いですね団長」

「全くだ。それよりドータラスはどうした?」


凍える体を自分でさすって温めながらエリックは声をかけてきたエドワードに問いかける。

エドワードはしばらく黙り込んだ後、あっちですと指でその先を示した。

その指を追うようにしてエリックが見れば、氷の中に閉じ込められたドータラスがいた。

氷に閉じ込められたという言葉だけでは御伽噺のような神秘的なように聞こえてくるが、生きている人間が氷付けにされたことに神秘もへったくれもない。

ただの生き埋めであり、長時間放置すれば命の危険すらある。


「これもマーシャル嬢が?」

「ええ。俺のお手柄横取りされた気分ですね」


ああ確かにと、エリックは納得する。

致命傷とは言えないものの確実にドータラスを追い込んでいたのは事実である。

もう少し粘ればエドワードが勝つと思っていた矢先にこれである。

横取りという表現に頷ける。


「まぁそう言ってないでシェイラ様を攫ってきてくれるか」

「足枷ついてますけど」

「何のための剣だよ」

「足枷を切るためではないですね」


それも最もだ、とエリックは笑うと、エドワードにシェイラの救出を目で訴える。

なんとも人使いの荒い上司だとエドワードは内心でため息をつくも、マーシャルがこうやって庭師を止めていてくれる間にシェイラを助けなければ効率が悪い。

エドワードは寒い体に鞭打ちながら、こそこそと気配を消してシェイラの元へと急いだ。


「予想外れでしたね」


マーシャルは庭師が繰り出す水の弾を全て凍らせてボトボトとその場に落としていく。

庭師の顔が歪んだ気がした。

いや、実際にマーシャルを忌々しそうに睨みつけている。


「こんな洞窟のような場所では戦いにくいでしょうね、あなたの力は」


こんなところで思いのままに水の魔法を使えば、下手をすれば自分すら助からない。

おまけに今までの研究の成果も無駄になってしまう。

それをわかっているからこそ、庭師は繰り出す魔法をかなり制限していた。

といっても、マーシャルに向けて濁流を流そうとしたわけであるが。


「小癪な、」


マーシャルの戦い方は庭師を苛立たせた。

1つの属性しか使うことのできない彼と違って、全ての属性の魔法が使えるマーシャルにとって、彼の力をおさえつけるなど容易なことだった。

優位な属性で庭師に挑めばすぐにでもその勝敗は見えてくるし、今回に限ってはマーシャルがとことん彼の攻撃を無力化している。

屈辱以外の何物でもない。


「お前の、お前のその力さえあれば・・!妻は!」

「生き返れるわけないでしょう」

「・・何を、」

「人を生き返らせる?そんなことが魔法でできると本気で思ってるんですか?」


もしも本当に魔法で人が生き返らせることができたのならば、それはもはや魔法ではなく奇跡だとマーシャルは思う。

明らかに人智を超えた所業だと。


「だいたい私の力は私のものです。他の誰にも渡しません」


そう言い切ったマーシャルは氷塊となった周りを足で蹴って出来うる限り壊していく。

そのやり方の豪快なこと。

令嬢云々ではなく女かと疑われるような行動だ。

しかしマーシャルはそんなことは気にしない。

なんといっても、マーシャルには周りにボコボコとできている氷塊が邪魔なのだ。


「「あ」」


マーシャルがいくつめかの氷塊を蹴り壊したときだった。

壊した先にエドワードとシェイラの姿があった。

真紅の瞳と藍色の瞳がかち合い、同じ言葉を漏らす。

すでにシェイラの足枷は外れており、あとは逃げるだけとなっていた状態なのだが、まさかばれるとは氷塊が壊れるとは、しかもそれが自分の味方によるものだとは、思ってもみなかったエドワードは少しばかり焦る。

その好機を庭師は見逃さない。


「焔鬼もろとも妻の糧となれ!」


そう大きな声で言ってのけた庭師は、自分のあらん限りの魔力を魔法陣に向けて流した。

ブワリと、マーシャルの身の毛がよだつ。

莫大なほどの魔力が魔法陣に向けて流されると、今まで描かれていただけの魔法陣に青色の光が灯る。

まずいと判断したエドワードはシェイラだけでもと思い、シェイラの身を魔法陣の外へと放り投げた。


「エド!」


エリックがエドワードの名前を呼んだ。

しかしそれに反応するだけの余裕はエドワードにはなかった。


「その魔法陣の中から出ろ!時間がない!」


わかっている。

わかっていはいるのだ。

そう、エドワードは頭の中でエリックの言葉に言葉を返す。

魔法陣から出ればそれでよいのだ。

しかしそう思っても、エドワードの体はまるで鉛でもついているかのように動かない。

体が異様に重いのだ。


「出れるわけが、ないだろう。もうすでに魔法陣は、展開、し始めたのだから」


庭師は息を切らしながら高らかに言う。

先ほど魔法陣に魔力を流し込んだため、ほとんど彼の体内に残っていないのだ。

庭師の姿を目にしながら、エドワードは唇を強くかみ締める。

自分の側にある剣を握ろうにも、体が重くて言うことを聞いてくれないのだ。


「・・・ああ、もうすぐだ!もうすぐ会える・・!エミリア!」


魔法陣の光は青白く輝く。

それだけ見ていればなんと綺麗なことか。

幻想的ともいえるその光景に、しかし庭師以外は声を発さない。

いや、発せないのだ。

キラキラと煌めくその輝きは、エドワードを囲むようにして輝き続ける。

そしてその異変に気が付いたのは、一番側にいたシェイラ。

次いでマーシャルだった。


「なによ、これは」


シェイラは自分目の前で繰り広げられる光景が信じられなかった。

先ほどまで青白く光っていたそれは、エドワードの近くからだんだんと、赤色に染まっていくのだ。

青色が赤色に変わっていく。

それはまるで、エドワードの何かを抜き取っているように見えた。


「もうすぐだ!もうすぐエミリアに会える!」


恍惚とした表情で彼は魔法陣を見つめる。

エドワードを助けようとする黒騎士には、わずかとなった魔力で攻撃をする。

魔法陣の中にいるエドワードの顔色はどんどんと悪くなっていく。

魔力がこれ以上流れてしまってはまずいとエドワードはどうにか抵抗してみるものの、その速度を遅くするくらいで、流れていくこと自体は止められない。

心なしか、エドワードの持っている魔剣もその輝きを失っているように見えた。


「ああ、エミリア!エミリアァ!」


一体彼の目には何が映っているのだろうか。

泣きながら自分の愛した妻である名前を呼ぶが、彼の見る先にはまだそれらしい姿はない。

彼の見る先にあるのはキラキラと光り煌めく青と赤、そして苦しむエドワードの姿だ。


「・・禁忌ってのは、やっちゃあいけないから禁忌って言われてるのよ」


とても苛立たしげな声でマーシャルは言った。

実際、彼女は今これ以上ないほどに苛立っていた。

エドワードの不甲斐なさに。

魔法の間違った使い方に。

そして、なにより何もせずに立ち尽くしている現状に。

マーシャルは全く隠しもせずに舌打ちをつくと、魔法陣のほうへと振り向いた。


「おおお、あの騎士の魔力でも十分ではないか・・!」


もうすぐだ!という言葉を何度も繰り返す庭師。

苦悶の表情を浮かべその額に汗を流すエドワード。

状況を打破できず、ただ呆然と見ることしかできない黒騎士だち。

惨状ともともれる今に思わず目を背けてしまう青騎士たち。

誰もが終わったとそう思ったその矢先。


―――――バチンッ


何かが、まるで電流のようなものが切れる音がした。

そしてその音と共に、エドワードを取り囲んでいた青と赤の光りは消え失せる。

辺りはその光景にただ静まり返っていた。






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