◆第97話
「さて庭師殿にお聞きしたい」
エリックはエドワードにドータラスのほうを任せて、シェイラを庇うようにして立つ初老の男性を見つめた。
エリックとは比べものにならないほどの体格差のある2人が見つめあう。
傍から見れば、エリックのほうに部があるように見えた。
しかしそれを覆すほどの力が、初老の彼にはある。
言わずもがな、精霊師という力だ。
魔道具すら必要とせずに魔法を展開する彼らは、騎士たちにとっては戦いづらい相手でしかない。
エリックは対峙しながら、人選を間違えたと内心でため息をついたのだった。
「何かな」
「貴殿は己の私利私欲のためにシェイラ様を攫い、現在進行形でその命を危険に脅かしていると思って間違いないか?」
エリックはなんとも冷たい抑揚もない声で言った。
ただの確認作業にしかすぎないそれを聞いた庭師は「そうだ」と悪びれることなく言ってのけた。
その言葉に、青騎士たちが庭師を睨みつける。
「では聞くが、そうしてまで生き返らせて、一体なにをするつもりだ?」
「何を?決まっているだろう、もう一度同じ時を過ごすんだ、共に」
その言葉をエリックは鼻で笑った。
そしてなんともあくどい笑みを彼に向ける。
ほんの少しだけ、庭師がその表情に怯えた気がした。
「それは無理だな」
「・・なに?」
「シェイラ様の命を奪った時点でお前は即死刑だ。死ななくても余生は牢屋で過ごすことになるが」
罪状はシェイラの誘拐だ。
公にはなっていないものの、お咎めなしなど絶対にありえないし、彼を野放しにできるほど甘くはない。
「私を捕まえてからにしてもらいたいものだ」
「おや、捕まらないつもりか?」
それこそ不可能だとエリックは思う。
ここの出入り口はひとつであり、そこに向かうには青騎士だけなく黒騎士までも倒していかなければならない。
精霊師に対して何の細工もない剣で挑む青騎士とは違い、黒騎士団には魔剣もちのエドワードがいるし、なにより同じ精霊師のマーシャルがいる。
彼がここを無事に出れたとしても、魔法師団が待ち構えていることだろう。
「私は愛しい妻と2人で過ごしたいだけだ。なぜそんなことも叶わん!」
一体どこで怒りに触れたのかエリックにはわからなかったが、エリックと対峙する庭師は自分の手の中に水色の球を作る。
手のひらサイズの大きさになったそれを庭師は何の躊躇いもなくエリックへと投げつける。
エリックはそれを防壁展開をして防ぐ。
それに少なからず庭師は驚いたようだった。
「騎士団といえど、魔力が人より突出している者も勿論存在する」
エリックやエドワードのように。
そうでなければ幾度とあった死線を乗り越えてはこれまい。
そして黒騎士団は他の騎士団に比べれば、魔力量が多く魔道具を使えば魔法が使えるという人種が多くいるのだ。
「あまり我々を見くびらないで頂きたい。・・で、エド、いつそっち終わるんだよ」
エリックは決してエドワードのほうを見ることなく声をかける。
エリックの目はずっと目の前にいる庭師を捉えている。
そんなエリックの声にエドワードもドータラスと剣を交えながら答えた。
「すいませんけど、俺はそっちに加勢はできませんよ。なんせ相性が最悪なもので」
「あ、お前そういや火の一族だったな」
「頼みますよ、ほんと」
「頼むって言われてもなぁ」
エリックはため息混じりで頭をかいた。
すっかりエドワードと庭師との力の相性が悪いことを失念したのだ。
おまけにエリック自身は魔道具がなければ魔法は使えないし、今は自分のみを守るものしか魔道具は持っていない。
「お困りですか?」
どうしたものかと考えていたエリックの耳に聞こえたのは、いつかの言葉だった。
しかしあの時と違って、その声はしっかりと女性的だった。
エリックは声のしたほうを見る。
そこにはマーシャルが特に怯える様子もなくエリックの側に立っていた。
「どちらかというとお困りかな」
確かあの時もこんなふうに言葉を返したなと思いながらエリックが言うと、マーシャルは楽しそうにクスクスと笑った。
どうやらマーシャルもあの時のことを思い出したようだ。
「そうですか。でも今回は渡せるものは何もないんですよね」
「それはそれは残念だ」
なんとも暢気な会話をしていると、エリックとマーシャルを見る青騎士は思った。
自分たちの不甲斐なさのせいでこの2人に任せているのであるが、どうにも緊張感が足りないのだ。
「仕方ないですから、手を貸しましょうか」
マーシャルはそう言うと、エリックの前に立った。
まさか自分よりも年下の娘に背中を向けられ守られてしまう日が来るとは思っても見なかったエリックは何とも言えない気分になった。
そんな様子を剣を交えながら見ていたエドワードは、相手の剣をヒラリとかわしながら苦笑した。
「へぇ、魔法陣ですか。やはり禁忌となると大規模ですね」
マーシャルは庭師の後ろにある魔法陣へと視線を向ける。
そして魔法陣にいまだに魔力が通っていないことを確認すると、静かにその胸を撫で下ろした。
そんなマーシャルの思いなど知る由もない庭師はただひたすらにマーシャルを睨みつけている。
何とも熱烈な視線だとマーシャルは呆れながらに思った。
「そんなに見つめられても何も出ませんよ」
「・・お前でもよいのだ」
「はい?」
マーシャルの最初の言葉を無視して庭師は言う。
何とも聞き捨てならない言葉にマーシャルは眉をひそめた。
「シェイラ様の代わりにお前でもよいと言っている。本来ならばお前を生贄にする予定だったのだ」
「・・・マジですか」
予想外の言葉にマーシャルは言葉を失った。
確かに魔力量の多い人間であれば、別に誰でもよかったはずだ。
何もわざわざ危険を冒してシェイラを誘拐などしなくても、平民であるマーシャルを攫えばこんな大事にはならなかったのだから。
「お前は魔道具に明るいし、いつも騎士か研究者が側にいる。お前に近付くチャンスはなかった」
舌打ちでもつきそうな勢いで彼は言う。
事実、もしもマーシャルの元にあのクマのぬいぐるみが届けられていたとしても、マーシャルはそのぬいぐるみの違和感に気が付くことができたと思っている。
そもそもこんな王都にほとんど身よりもなしにやってきているマーシャルに贈り物をする奇特な人物はいないため、そんなものが届いけば中身すら見ずに燃やしていたかもしれないとマーシャルは思っている。
「シェイラ様を助けてほしければ、お前がここで生贄となれ」
庭師がニヤリと笑った気がした。
そのニヒルな笑みに、マーシャルは自分の喉が鳴った気がした。
シェイラが駄目だと言っている声がマーシャルの耳に聞こえた。
しかしマーシャルにはシェイラが駄目だという理由がわからなかった。
なぜなら身分や地位やこの先のことを思えば、シェイラが助かり自分が犠牲になるほうがためになるからだ。
だが。
「シェイラ様申し訳ありません」
「姉さま!?」
「私、この条件は飲めません」
にっこりと笑ったマーシャルにピクリとこめかみを動かした庭師。
彼からしてみれば予想外とも言える一言だったのだろう。
助けるべきはこの国の王女であり、犠牲になるのは自分だと、そういう結論に至ると彼は信じて疑わなかったからだ。
「何をそんなに驚いているんです?」
「お前今何を言ったか理解しているのか!?」
「そんな怒らずとも、自分の言ったことくらいきちんと理解しているつもりです」
自分の思い通りにならず飄々としているマーシャルにだんだんと庭師はイラつき始める。
ギシリと奥歯をかみ締めてしまった。
「シェイラ様が助かり私が生贄になるというシナリオよりもっといいものがあるじゃないですか」
マーシャルは彼の怒りを気にすることもなく、ふわりと舞ったスカートから足が見えるのも気にすることなく太ももから短剣を取り出す。
うわぁ、という声が聞こえてきた気がした。
そして後ろのほうからマジかよというエドワードの声もマーシャルの耳には聞こえた。
「シェイラ様も私も助かってあなたが捕まるっていう最高のシナリオが」
そう言って銀の短剣を向けるマーシャルは、見惚れるほどに美しかった。




