◆第94話
マーシャルの元から出てきたエリックとサーシャは、青騎士が捜索した場所を今一度捜した。
もちろん火のついた蝋燭を持って。
「やはりここが一番怪しいか」
そう言ってエリックが見上げたのは、隠し通路あるという裏の庭園。
真っ白い壁一面を覆いつくすようにして咲く赤いバラがなんとも印象的だ。
そしてエリックはそこが一番怪しいと思っていた。
なぜなら、ここがシェイラがいなくなった場所だからだ。
もっとも、誘拐したであろう庭師の言葉を信じるのであれば、だが。
「ここには怪しい場所はないぞ」
エリックの後をついてきたサーシャはため息混じりに言った。
裏の庭園は花の整備がいきとどいた、見渡す限り花が咲く場所だ。
「お前なんでそんな見渡しててあれが見えないんだよ。馬鹿か?」
「あれ?」
「あれだ」
エリックはあごでそれを指し示す。
エリックが示したのは、小さな小屋だった。
それを見たサーシャは逆に呆れた。
「馬鹿はお前だろう。あれは庭師がこの裏の庭園を整備するときに使うものが入った用具庫だぞ」
「それがどうしたか?」
「あれは小さい」
「・・・先入観ってのは怖いな」
ボソリとエリックは言った。
エリックが示した用具庫は確かに小さい。
人が3人向かい合って座れば、それなにり窮屈だと感じてしまうほどだ。
そのため人を1人だけ隠しておくにはもってこいの場所だが、今の庭師たちの状況にはあまりに適していない。
しかし、エリックはそんなことは関係がないと思っている。
なぜなら、相手は地下にいるのだ。
下が広ければ、上の入り口がどれほど狭くとも関係はない。
要は人が1人、入れるだけの空間があれば問題ないのだから。
「別にこの部屋の中にいなくてもいいんだから、ここが小さいってのは特に問題にならないだろうが」
エリックの呆れた物言いに、サーシャは怒りすら感じるものの、言っていることは正論であるため何も言い返すことができなかった。
そんなサーシャを目の端に入れながら、エリックは小さな用具庫の扉を開けた。
中は用具庫というわりには、綺麗に整理されていた。
それが庭師の性分なのかとエリックは思ったが、それにしても綺麗に整理されすぎだと感じた。
なんともぽっかりと空いた真ん中のスペースがわざとらしいのだ。
エリックはマーシャルにもらった蝋燭に火を灯し、そっとその上に蝋燭を持っていく。
---火が、揺れた。
「当たりだな」
ニヤリとエリックは笑った。
長年黒騎士に所属しているせいか、その笑みはなんともあくどい。
サーシャはこれが悪党だと言われたら何の疑いもなく捕らえていたかもしれないと、エリックの笑みを見ながら思ってしまった。
「サーシャ、青騎士を集めろ。お姫様を救出するぞ」
「私に指図をするな」
サーシャはエリックにそう言うと、用具庫の側に立っていた青騎士に声をかけて、集まれるだけ集まるようにと指揮をとる。
その声にあわせて、わらわらとものの数秒で青を纏う騎士たちが集まってくる。
「ほう。なかなかいい集まり具合だ」
エリックは満足そうに言う。
そんなエリックの手には、板の切れ端。
青騎士たちはそれが何かわからなかったが、先ほどエリックと一緒に用具庫に入ったサーシャは気がついてしまった。
「お前、それは床の板では・・!?」
「そうだ。当然だろ、この先に進むんだから。むしろ褒めてほしいくらいだ。地下への階段を見つけたぞ」
エリックは得意げに笑った。
元がイケメンなだけに、なんともキラキラしたものが見える。
サーシャは目を細めてその様子を見ると、青騎士たちに指揮をとった。
「全員これからシェイラ様の救助に向かう。心してかかれ。相手は初老言っても元は魔法師団の異名持ち。その力は衰えてないものと思え!」
サーシャの一際大きな声が聞こえた。
そしてその声に続けとばかりに青騎士たちは声を上げると、先陣をきって進んでいくサーシャに続けて彼らはあとをついていく。
その様子を側で見ていたエリックは彼らに聞こえないようにため息をついた。
「・・大将が先陣きっていく馬鹿がいるか?」
いや、大事であるが。
エリックはそう思い、再びため息をついた。
事実エリックだとて、どれほど部下の騎士たちが注意しようと、後方へは引かない。
しかしそれでも、鬼と呼ばれるエドワードよりは前に出ないように心がけている。
なぜなら、自分が殺されてしまえば、騎士団が崩壊すると言っても過言ではないからだ。
黒騎士にはエドワードがいるから、エリックにもし何かあったとしてもきっとうまくやってくれるという信頼があった。
それでも、騎士団長である自分が死ぬわけにはいかないと、エリックは思っている。
「団長?」
サーシャたちの後を追うかどうか悩んでいたエリックに声をかけたのは、なぜか隣にマーシャルを連れたエドワードだった。
エリックは最近この2人をセット見ることが多くなった気がすると、どうでもいいことを考えてしまう。
実はこれがエリックのもう一つの悩みの種であるということは、マーシャルもエドワードも知らない。
「お前らなんで2人でいるんだよ」
エドワードは王都を巡回中であり、マーシャルは研究の真っ最中であった。
決して巡り合うことのない2人が一緒にエリックのところまでやってきた。
これを不思議に思わないやつがいるだろうか。
「さっきたまたま会ったんです。そこで」
そう言って、エドワードは来た道を指す。
マーシャルはその隣で頷いていた。
「いや、お前巡回はどうした」
「俺が行ったら、他の奴らが巡回は自分たちでできるから団長のほうに行ってくださいって言われたんですよ」
おかしいですよね?とエドワードは苦笑混じりに言った。
その光景を容易に思い浮かべることができたエリックは思わず深いため息をついた。
「それで?マーシャル嬢はどうしてここに?」
マーシャルはエリックが見たとき、明らかに研究の途中であったし、今もおそらく研究の途中である。
というのも、マーシャルは珍しく白衣をその身に纏っていた。
白衣は洗濯がしてあるというのは想像ができたが、どうにも汚い。
黄ばんでいるという類の汚さではなく、明らかに何か薬品でもこぼしたとでも言うような汚れ方だ。
普段は美人でお転婆な娘でしかないマーシャルであるが、こうして白衣姿を見るとウィズたち同様、研究者なのだということがわかってしまった。
「研究してたんですけど、なんか落ち着かなくて。これじゃいい結果出せないなーと思ったので来ました」
えへっとマーシャルは可愛らしい笑みを浮かべて言った。
エリックはそれにもため息をこぼす。
「ここは遊び場じゃないぞ」
「わかってますよ、それは。さっきそこでエドに会ったときも散々聞きましたから」
「聞き流しただけだろうが」
「・・・わかった。で、どうする気だ?中に入るのか?」
エリックはこれ以上話していても仕方がないと思いなおし、2人に問いかける。
「中?」
「ああ、やっぱり地下にあったんですね」
「地下?なに、今度は地下通路ですか」
「そうだよ。その用具庫の床を剥がしたら入り口が出てきた」
エリックはちらりと用具庫を見た。
それにつられてマーシャルとエドワードも用具庫を見る。
見た目はやはりただの用具庫にしか見えず、そしてなにより小さい。
「じゃあもしかしてサーシャ様は、」
「ああ、入っていったぞ。それも先頭だ」
「・・先頭ですか」
エリックの残念な物言いに、エドワードも複雑な表情を見せた。
部下として団長に先頭を任せて鼓舞してもらうのはとても勇気付けられるが、敵が現れても先頭から引いてくれない団長は逆に困る。
大将の首は軽くないのだ。
「勇気ありますね、サーシャ様は」
マーシャルは驚いて声を上げる。
「魔法師に魔道具でない剣で挑むことほど愚かなことはないですよ。それをわかって行かれたんですよね?」
魔法師に魔道具を持たずに剣だけで挑むのは、勇気ある行動ではなくただの馬鹿だと、マーシャルは思っている。
剣で銃と戦うようなものだ。
おまけに相手は魔道具を使わずとも魔法を行使することができる精霊師である。
魔道具を壊せば攻撃ができなくなる魔法師とはわけが違う。
そのことを思うと、マーシャルはサーシャのことをなんとも残念な団長だと思ってしまうのであった。




