◆第93話
「ウィズ様なら、昨日からいませんよ」
森に無理やり連れ出され、満足する量を採取することなくエドワードによって連れ戻されたマーシャルはつかの間の自由時間を手に入れていた。
やっとの思いで開放されたマーシャルがすることはひとつ――研究である。
マーシャルは森から採取したばかりの草を手早く仕分けると、乾燥させるものとすり混ぜるものと茹でるものの3つに分類して同時に作業に取り掛かる。
同時に取り掛かったおかげでとっても早く終わったのだが、研究室にこもった臭いが最悪だった。
そのなんとも言えない臭いに気分を悪くしてしまったマーシャルは、気分転換に研究塔の廊下を練り歩くことにした。
そしてウィズの研究室の前に差し掛かったときにマーシャルが見たのは、ウィズの研究室の前に立つ、騎士団長の姿だった。
そして冒頭に戻る。
マーシャルの姿を確認した2人は驚愕の事実に肩を落とした。
「いつ帰ってくるんだ?」
「さぁ。式典までには帰ってくるとは思いますよ。でなきゃいけないって言ってましたから」
シェイラがいない今では、その式典すらあるのか怪しいところなのだが。
「ウィズ様になにかご用でしたか?」
「いや・・マーシャル嬢は魔力探知の魔道具を造ったことは?」
エリックが少し悩むようにしてマーシャルに問うた。
その言葉にマーシャルは今まで自分が造ってきた魔道具について思い出す。
「ああ、ありますよ。造ったというより改造しただけですけど」
マーシャルの記憶にあるのは10歳前後の記憶だ。
あの頃のマーシャルはとにかく何でも自分なりに改造していた頃だった。
魔道具と名の付くもの全てをいったん解体し、そしてそれを組み替えて、たまに間違えてということを繰り返していた。
そのときに一度だけ魔力探知をする魔道具を扱ったことがあるのだ。
「それがどうかしましたか?」
マーシャルの記憶では、今の魔力探知の魔道具は、マーシャルが解体した頃のものと大差はないはずであった。
10年も前のものであるが、誰かが新しいものを開発しなければ、それに取って代わるものはないため、それを使い続ければならないのだ。
たとえそれが使いにくいものであったとしてもだ。
「頼む!その魔道具について教えてくれ!」
エリックはマーシャルに頭を下げた。
それに驚いたのは頭を下げられたマーシャルと、それを隣で見ていたサーシャだった。
とくにサーシャの目には驚き以外の感情も見えた。
「わかりましたから、頭を上げてください」
「助かる」
エリックは頭を上げると、そう言って力なく笑った。
それにつられてマーシャルも笑うと、立ち話もどうかということで、マーシャルの研究室に行くことになった。
「あ、忘れてた」
部屋について扉を開けてすぐ。
窓を開けて換気していたとはいえ、たかだか十数分程度の換気である。
先ほどよりは大分マシにはなったが、それでも異臭と言えるほどの臭いが部屋に残っていた。
「すいません、研究の途中でちょっと臭いです」
マーシャルはへらっと笑いながら言うと、眉間にしわを寄せるエリックとサーシャに椅子に座るようにすすめた。
しかし近衛騎士という職のせいか、すぐに座ったエリックとは違いサーシャは椅子には座らなかった。
マーシャルはそれに対してどうしようかと悩んだが、エリックが気にするなと一言言ってくれた為、マーシャルはため息をついて自分は座ることにした。
「魔力探知の魔道具でしたね」
「ああ。なるべく詳細に頼む」
そう言われて、マーシャルは魔力探知の魔道具について思い出す。
「あれは風魔法を使った魔道具ですね。一定の魔力を薄く伸ばして広げていくことで、それに触れたものの魔力を感知することができます。ああ、特定の者の魔力を探知することもできますよ」
相手が不特定である場合は、全体的に調べたいため薄く伸ばしたものを使い魔力を感知し、今回のような場合は特定の魔力を探知するよう、使い分ける。
「ですから、庭師様が行動されれば、すぐにでも魔力探知で見つけることはできますよ」
つまり時間の問題だということだ。
そう思っていたマーシャルであったが、彼女の目の前に座っている2人は納得いっていないようだった。
部屋の独特な臭いのせいもあるが、エリックとサーシャはしかめっ面だった。
「その魔力探知に引っかからない場合というのは?」
「・・引っかからない場合、ですか」
マーシャルは再び記憶を探る。
なんせマーシャルにとっても10年も前のことだ。
記憶はとてもおぼろげであった。
「風が届いていない場合、ですかね」
マーシャルは悩みながら言った。
そして、ウィズがいればと思うのであった。
というのも、この魔力探知の魔道具を造り出したのは他でもないウィズであった。
つまりその魔道具については生みの親であるウィズが一番よく知っているのだ。
「私が以前解体したとき、あれはすでに出来上がっていた完成品でした。あの時の技術では到底生み出せないような、そんな代物だと思っていました」
ウィズの研究はある意味で大発明であった。
その魔道具を使えば、相手の位置が手をとるようにわかるのだ。
制限はあるが、それでもとても使える魔道具であった。
「ただ、そうですね、欠点を一つ挙げるとするならば、地平線でしか使えないということですかね」
風を使って相手の位置を知るその魔道具は、一定の魔力をただ薄く広げていくだけである。
そのためただひたすら真っ直ぐに水平にその力は流れていく。
つまり、その風より下、あるいは上にいれば、魔力は探知することができないのだ。
「今どれほどの規模でどこを魔力探知しているのかわかりませんけど・・反応がないということは、上か下
に隠れているということではないですか?」
「下というと?」
「例えば、地下牢とかは、そこで風を送り込まなければ見つけられないですね」
「地下牢・・!」
マーシャルは可能性を見出していく。
しかし、地下牢というのはあくまでも例である。
実際にそのような場所にシェイラを連れ込んでいれば、おそらく見回りに来た騎士によってすでに発見されているはずだ。
「上はおそらくないと思いますよ。城の中も外も騎士様がうようよいますから。見つからないという保障がないですからね」
マーシャルだとて、もし何かと一緒に隠れるならば人が多いところは選ばない。
それは自分だけに限ったことではないと思っている。
「つまり下か?」
「おそらくは」
マーシャルは決して断定はせずにそう言うと、すっかり空気が入れ替わったが、その代わりに部屋が冷えてしまったため窓を閉めた。
そしてそのまま座らずに、取ってきた草から素材を抽出する作業に入る。
「私は実際に城の中は捜索してませんのでわかりませんが、どこかに地下への通路でもあるのではないですか?」
「隠し通路の次は地下通路か。なかなかに骨が折れるな」
「庭師様も必死ですからね」
だからといって許される行為ではないのだ。
エリックとサーシャは地下通路を調べるために、再び現場へと向かう。
そんな2人をマーシャルは呼び止める。
「どうした?エドに用か?」
「なんでそうなるんですか」
マーシャルは少し咎めるような口調でエリックに言った。
最近どこへ行ってもエドワードとのことが話題に上がりつつあるマーシャルは内心で面倒くさいと思っている。
「これどうぞ」
そう言ってマーシャルは火のついていない蝋燭をエリックに渡す。
それに対してエリックは首をかしげた。
「通路があるところには風が立ちますから」
「なるほど。マーシャル嬢は何でも知っているな」
「まさか。エドの入れ知恵ですよ」
マーシャルは少し前にエドワードが隠し通路があるから風がきていると言っていたことを思い出したのだ。
マーシャルから蝋燭を受け取った2人は、再びシェイラの捜索へ向かうため研究室から出て行った。




