◇第9話
「馬、ですか?」
レイモンドに言われ、部屋に戻ったマーシャルは簡単に旅支度を済ませると、屋敷の外で待っていた黒騎士たちと合流した。
そしてそこで聞かれたのが、馬に乗れるか、ということだった。
マーシャルは真紅の瞳をきょとんと丸くする。
その可愛らしいしぐさに、普段から女っ気のない黒騎士団は一様に悶える。
荒事や抜刀することの多い黒騎士団には女性の騎士はおらず、また騎士学校からそのまま黒騎士団に入団した者にとっては女への免疫がないものが多い。
「おーおー、男の子だね」
屋敷から出てきたエリックは爽快に笑いながら言った。
エリックの後ろにはエドワードが控えている。
そしてその後ろにはレイモンドがいた。
「兄様、」
「どうした?寂しくなったか?」
マーシャルの小さな声にレイモンドは笑った。
「終わったら帰ってきたらいい。そうでなくても帰ってきなさい。ここはお前の家だ」
レイモンドの言葉に、マーシャルは目頭を熱くする。
そんなマーシャルに苦笑を浮かべたレイモンドは白銀の髪をそっと撫でる。
「ああ、でも出来ることなら向こうでお婿さんを見つけておいで。それなら僕も安心できる」
「魔道具と結婚するからいらない」
「本気で言ってるの?魔道具じゃ恋すらできないよ」
「でもこれ以上ないほどに愛しいわ」
「それはシャルだけだから」
呆れたように言ったレイモンドは、それでも最後には「元気でね」と寂しそうに言ってフッと笑った。
「これからよろしくお願いします」
「はいはい、こちらこそ。で、マーシャル嬢は馬には乗れるのかな」
マーシャルは先ほども聞かれた質問に「いいえ」と答える。
小さな頃から街に剣術も武術も習いに行っていたが、馬術だけは習うことが出来なかった。
「そうか。じゃあ誰かと相乗りしようか」
エリックが相乗りという単語を発した瞬間に、ババッと上がる無数の手。
黒を纏う騎士たちの行動にエリックとエドワードは苦笑を漏らす。
下心が見え隠れどころか丸見えなそれに、エリックはレイモンドからのお願いを思い出した。
「エド」
「はい?」
「おまえが乗せてやれ」
「・・・・は?」
突然のことにエドワードは話しているのが上司だということも忘れて間抜けな声を出す。
エリックはエドワードの返答は聞かずに、マーシャルへ許可をとった。
マーシャルはその申し出にすいませんと頭下げている。
エドワードはため息を飲み込むと、マーシャルの腕を引っ張り愛馬の元へと連れて行く。
「うわぁ、大きいですね」
エドワードに連れてこられた先にいたのは、木に手綱をくくりつけられた黒い毛並みの馬だった。
他の馬よりも一回りほど大きなそれは、マーシャルの目にはとても逞しく見えた。
「レットだ。気性も荒くないし、乗りやすいとは思うが何かあればすぐに言ってくれ」
「はい。よろしくね、レット」
声をかけながら、マーシャルはそっとレットの顔に手を伸ばす。
レットは動かず、そして嫌がることもなく、マーシャルの手にされるがままになる。
その様子を見てエドワードは面食らう。
エドワードの愛馬であるレットは気性は荒くはないが、決して穏やかな性格ではない。
人の好き嫌いが驚くほどにはっきりしており、気に入らなければ見向きすらしない、高すぎるプライドを持っている。
そんなレットがマーシャルにされるがままに撫でられているのだ。
「全員揃ったか?そろそろ帰らねば夜になる」
エリックの声かけに反応したエドワードは軽い身のこなしでレットに跨る。
それをまじかで見たマーシャルは不覚にも胸を高鳴らせた。
「手、出して」
「はい、」
「で、ドレス着てるのに申し訳ないんだが足をそこにかけれるか」
「あ、はい」
「ん・・はい、」
よいしょと軽々とマーシャルを持ち上げたエドワードは、自分の前にマーシャルを座らせる。
本当はドレスだから跨らせるのはよくないのだが、この際仕方がない。
「これ握ってて。あ、でもむやみに引っ張ったりするなよ。レットが暴れる」
「はい」
マーシャルは青い手綱をそっと握る。
その上から被さるようにしてエドワードはマーシャルの手ごと手綱を握った。
マーシャルの背中に寄せられたのは、硬くも逞しそうな身体。
エドワードの胸に当たるのは、日の光に照らされて銀にも金にも見える髪。
近寄った2人が感じたのは、そのにおい。
「副団長ずるいっす」
「エドワードさんにも絶対下心はある」
「途中で交代してください」
「嫌なこった」
エドワードの部下である騎士たちが馬に乗りながら、口々に文句をたれる。
それを嫌という子供じみた理由でばっさり切ると、少しだけ、2人の間の空気が緩んだような気がした。
「・・すまなかったな、急に連れ出して」
エドワードはマーシャルにだけ聞こえるような声で言った。
マーシャルはいきなり聞こえてきた声に驚きつつも、首を横に振った。
「どうせ家は出なければいけなかったですから」
花嫁として出て行くのか、借り出されて出て行くのかの違いだけである、とマーシャルは言いはしないが言外に告げる。
マーシャルにとって、結婚という言葉はとても重くのしかかっている。
20歳という年齢を考えても、そろそろ結婚しなければ行き遅れになってしまい、容姿を差し引いても求婚すら来なくなってしまう。
そうなってからでは遅いと、兄であるレイモンドはここ最近口うるさく結婚の2文字を言い続けていたのだが。
だが、マーシャルにとって、やはり最優先なのは魔道具であり、次いで精霊、他は順位もつけられないほどどうでもいいのである。
「しかし・・それでも思うものはあるだろう」
「そうですね・・まぁずっと生きてきた場所ですから愛着くらいはありますね」
すでに見えなくなった街を振り返ることもなくマーシャルは呟く。
「婚前、と聞いた」
「兄様から?」
「ああ」
「気にしないで下さい。結婚するつもりはないですから」
今のところは、とマーシャルは心の中で付け足す。
マーシャルの言葉にエドワードは複雑な表情をつくってみせたが、エドワードに背中を向けている彼女にそれが見えるはずはない。
「どうして、と聞いても?」
「私にとっては魔道具が一番ですから」
「・・ああ、なるほど」
エドワードは、先ほどのレイモンドとマーシャルの会話を思い出す。
レイモンドは魔道具と結婚できないと言っていたし、マーシャルはそれでも愛しさを感じると言っていた。
なるほど、それでは結婚なんてできないなと、失礼ながらもエドワードは納得する。
―――――――勿体無い。
納得してすぐに思ったのはそれ。
この国には珍しい白銀の髪は、艶があって触れれば心地良さそうだ。
精巧に造られた宝石のような真紅の瞳は力強くとても印象的で。
白い肌に綺麗と形容されるだろう容姿をした彼女。
爵位がなくとも、貴族がこぞって求婚に押し寄せるのではないかと言わんばかりの美貌。
マーシャルにその気があれば、おそらく王都で何不自由なく生活できていただろうということが、エドワードには手にとるようにわかった。
だからこそ、勿体無いと彼は思うのだ。
「そういうエドワード様もご結婚はなされないのですか?」
マーシャルの記憶が正しければ、エドワードは今25歳である。
結婚するならばいい歳だろう。
「マーシャル嬢は私に興味が?」
「そうね、その魔剣にはとっても興味があるわ」
どこまでもぶれないマーシャルはうっとりとした表情で魔剣を見たのだった。