◆第86話
時は少しさかのぼる。
エリックと別れたマーシャルは、護衛にとエドワードを連れて、隠し通路といわれるバラで覆われた壁を見にきていた。
白い壁一面に赤いバラが覆い茂るようにして咲き乱れている。
茨は棘をむき出しにしたまま絡まっている。
触れれば痛そうだと、マーシャルは見つめながら思う。
「これが隠し通路か」
「やっぱあるんですね、そういうの」
王族でもなんでもない2人は少しばかり感心したように、その壁を見つめる。
「どういう仕掛けなんでしょうか」
「さぁ・・そこまでは仰られてなかったからな」
エドワードの身長よりも高いその壁を見上げても、見下げても、視界には白い壁とバラしか見当たらない。
顔を近づけようにも、不用意に近づけてしまえば、棘で怪我をする羽目になる。
それくらい、隠し通路を通るにはバラが邪魔だった。
「あの庭師の話ではここをクマがシェイラ様を抱えて通ったと言ってました。・・でも、本当にそんなことできるんですかね?」
あくまでぎゅっと抱えることのできるぬいぐるみだ。
身の丈以上あるシェイラを抱えるなど、まず不可能ではないのかとシェイラは思っていた。
「そもそも人形の入手経路が怪しすぎるだろう」
「ぬいぐるみですよ」
「は?」
「人形じゃなくてぬいぐるみですよ」
「・・・は?別にそこに違いはないだろ」
白い壁を下からマジマジと見続けているマーシャルと、自分の目の高さからじーっと白い壁を見続けるエドワードは、なんとも不毛な会話を続ける。
「人の形をしているから人形なんですよ」
「本当かよ」
「持論ですけども」
「じゃあどっちでもいいだろ」
エドワードは呆れたように言うと、マーシャル同様しゃがみこんで壁を見つめる。
「上から探してたんじゃないんですか」
「隠し通路なら下だろ、多分」
「まぁこんな高い壁越えれないですもんね」
マーシャルはそう言って、上を見上げる。
高い白い壁とその上にある青い空が見えた。
「でもおかしいですよねー」
「何がだ」
「昨日ですよ、クマがここにある隠し通路使ったの。驚くほど形跡がないと思いません?」
むぅ、とマーシャルは唸る。
「確かにな。通ったときに綺麗に直したのか?」
「クマが?」
「クマが」
2人してありえないと思った。
いや、実際にシェイラをここまで連れて来て、気絶させて、この隠し通路を通ったというのなら、隠蔽ぐらいお茶の子さいさいとでも言ってやってのけそうだが。
「そもそもクマってそんな器用な指してないだろ」
「まぁぬいぐるみだから指ないですもんね」
「・・・・・。おまけにこれだけ茨があったらシェイラ様だって怪我するだろうし」
「シェイラ様は怪我しそうですね。ぬいぐるみは刺さっても問題なさそうですけど」
「・・・シャルってさ、たまに思うけどどこかずれてるよな」
エドワードはため息混じりに言った。
周りから聞いている分には楽しいかもしれないが、毎回斜め上の会話をしていると、エドワードは少し疲れてしまうのだ。
「それよく言われました」
「誰に」
「イーキスにいる幼馴染に」
マーシャルはそう言って、少し前に自分が呼び出したジェラルドのことを思い出す。
幼馴染であり、一緒にやんちゃをしていたジェラルドは、よくマーシャルの言っていることを理解はしてくれたが、言うことが斜め上過ぎると言っていた。
「全部言わなくても理解はしてくれるんですけどね、なんていうか、苛々するときがあるって言われました」
マーシャルは気にしていないというふうに笑う。
実際、マーシャルはそれを気にしていない。
「それでいて核心を突くようなことを言うから困るんだよ」
「いいじゃないですか。お茶目ってことで」
「よく言えばな」
エドワードは呆れたように言うと、棘には細心の注意を払ってバラをかきわける。
「怪我しますよ?」
「心配ない、治る」
「いやそりゃ治りますけど」
エドワードの耳には、以前マーシャルが渡した赤紫色のピアスがある。
怪我したところで、その魔道具を使えば、エドワードの怪我はすぐに治るし、マーシャルが治癒魔法をかけてもよい。
「そうえいばシャル、最近バンクルはめてないな。どうしたんだ、あれ」
「ああ、あれですか?本当はつけてたいんですけど、ここには貴族様も多いので目をつけられたら嫌じゃないですか」
ただでも目立っているため、これ以上目立たないためのマーシャルなりに考えた策であった。
それにエドワードは「そうか」というなんとも簡素な受け答えをしただけだった。
「痛い」
「言わんこっちゃない」
エドワードが棘で指を怪我した。
それを見ることもなくマーシャルは淡々とそう告げる。
その物言いに、エドワードは苦笑した。
「お前最近、俺に対しての言葉遣い雑だよな」
「最初に敬語は必要ないと言ったのはエドですよ」
別にそう言われたからというわけではないのだが、マーシャルは最近エドワードに対して敬語が取れてしまうことがある。
なぜなら、エドワードに慣れてきてしまったから。
つい敬語を使い忘れて友達と話しているような口調になってしまう。
マーシャルはさすがにまずいと思っているのだが、こればかりは直せそうにないのだ。
「まぁ俺は気にしないからいいけど」
「エドならそう言ってくれると思ってましたよ」
「うそ臭いな」
「ひどい」
エドは笑いながら言うと、耳についてある魔道具を使って指の傷を癒す。
一瞬にして、エドワードの指にできた傷は癒えていく。
その様子をなんとも複雑な表情で見ているエドワードと、問題なく魔道具が使えていることに安心するマーシャル。
「シャル」
「なんですか」
「これ、やっぱりそういうやつだったんだな」
エドワードはとても抽象的な言葉を発する。
さすがのマーシャルでもその言葉だけでは何もわからない。
首をかしげてエドワードを見上げた。
「治癒を使ってるのに、魔力消費が比べ物にならないくらい少ない」
「それはよかったです。実験大成功ですね」
大成功であることは知っていたマーシャルであったが、エドワードにそう言った。
その物言いに、エドワードは深いため息をついた。
何を言っても今さらなのだと気がついたエドワードは、これをウィズに言うかどうかということを迷う。
エドワードはなんとなく、マーシャルがこの魔道具に関してウィズに何も言っていないことが想像できた。
「これ以外になにか造ったのか?」
「造ってませんよ」
「本当に?」
エドワードが念押しで確認すると、マーシャルが心外そうな目をエドワードに向けた。
「さすがにそれは多用していい技術じゃないことくらいわかってますから。すでにお蔵入りしてますから安心してください」
「それならいいけど」
エドワードはそう言って、またバラを掻き分けていく。
その作業を見て、マーシャルはふと疑問に思う。
「さっきからそこばっかり掻き分けてますけど、何かあるんですか」
「隠し通路だろ」
「いやそれはわかってますけど。なんでそこなんですか」
「風」
「風?」
「ここだけ風が通ってるから。多分穴か何かがあるんだろう」
そう言い切ったエドワードは掻き分けていた手を止めて、口角を上げた。
それを見たマーシャルは、騎士にはあるまじきあくどい笑みだと思った。
「見つけた」
エドワードはそう言うと、小さな穴を覗く。
そこから見えたのは、白い壁ではなく、真っ暗な奥行き。
どうやら本当に、白い壁を覆うようにして咲いていたバラの向こうに、隠し通路があったらしい。
「これ燃やしてもいいかな」
「いい案だと思いますけど、怒られるのは必須ですね」
エドワードの物騒な発言にマーシャルは神妙な顔で答えた。
誰に怒られるとは言わない。
なぜなら怒るだろう人物の顔が複数浮かんでくるからだ。
結局どうしようかと悩んだ末、とりあえず隠し通路は見つかったので燃やすのはやめた2人だった。




