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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◆王女様編◆
85/143

◆第85話





意識がまどろむ。

何もかもがおぼろげで、曖昧で、記憶が途切れている。

頭がボーっとするのだ。

冷たい床に肌をつけても、いっこうに視界と頭のもやはとれない。

ただ、彼女はその事実だけは知っていた。


―――私、誘拐されたんだ。


「おや、お目覚めかな?」


意識があまり定かではないシェイラの耳に聞こえた、少し低めの男性の声。

体が嫌に重たいシェイラは、その目だけで相手を確認する。

見知った顔ではなかった。

少しぼやけて見える視界に入ったのは、貴族と縁遠いであろう格好をした男だった。


「あなたは・・?」


振り絞るような声でシェイラは問うた。

相手はそれに対してニヒルな笑みを浮かべるだけ。

そして言う。


「名乗る必要などない」


冷たく、どこまでも見下して。

そして男はニヒルな笑みを絶やさずに、シェイラの顔を救い上げる。

金色の瞳は恐怖の色で一色だった。


「・・いい面だ」


そう吐き捨てるように言って、シェイラから手を離すと、男はシェイラが見覚えのあるクマをシェイラの元へと蹴った。

ぬいぐるみが転がる。

薄汚れたそれは、今のシェイラの目には恐怖の対象としか映らなかった。


「まさか本当にそのクマが連れてくるとはな。おかげで手間は省けたが・・魔道具ってのは便利なものだな」


男は嗤う。

男の言葉にシェイラは驚く。

このクマのぬいぐるみは魔道具だったのかと。

そして自分を不甲斐なく思うのだ。

魔道具でしか魔法を使うことのできない自分が、魔道具の存在に気づくことができなかったことに。

少なくとも、マーシャルはこのクマのぬいぐるみに違和感を覚えていた。

男は、シェイラのその様子を見て、また嗤う。


「あんたが気付けなくても仕方ないだろうな。そういうふう(・・・・・・)にできてるんだから」


そう言い放った男は、シェイラを置いてどこかへと行く。

残されたシェイラは、太陽の光も差し込まない暗く冷たい場所で、ただ呆然とぬいぐるみを見続けるのだった。







--------------------------------------------








シェイラが攫われた日から1日と少し。

王都に住む人たちは、何も知らずに暮らしている。

少し変わったことは、街を巡回している黒騎士たちの数が多くなったことと、なにやらピリピリとした空気を纏っているということ。

彼らは街の人々にシェイラではなくクマのぬいぐるみを見なかったかと、真剣に聞き込みをしていた。

していたのだが。


「あー・・クマのぬいぐるみなんて、小さい女の子だったら大抵持ってるっつの」


聞けど、聞けど、出てくる話は小さい子が抱えていたという話。

全くもって有力な情報は入ってこない。

いっそのことシェイラを見なかったかと聞いたほうが早いと騎士たちは思っていた。


「そう言うな。バレればそれこそ大騒ぎになる」


ただでも王城は大騒ぎなのだ。

宝石箱事件で憔悴しきっていた王妃がやっと出歩けるほどに元気になったのに、再びシェイラがいなくなったことで王妃は倒れたという。

この国の宰相閣下は、議会にあがる重鎮たちの話題がシェイラの行方の話ではなく縁談の話ばかりで、とうとうキレて絶対零度を浴びせたという。

王族を守ることが絶対の使命であるはずなのにシェイラをみすみす誘拐された青騎士団は、団長であるサーシャによる選別と扱きが行われているという。


「ああ、確かに王城内は荒れてるもんな」


黒騎士たちは王都を歩きながら言う。

彼らは城外が仕事場であるため、城内の揉め事に関しては基本的に傍観者である。

ただ、今回に限ってはそうも言ってられないのだが。


「なぁ、そういえばコイツってどうなったんだ?」


裏の路地の巡回が終わった彼らは、表通りに通じる道に壁に貼られた紙を見て足を止める。

指名手配と上に大きく書かれたその紙には、いつぞや見た顔がでかでかと描かれている。

数週間前にマーシャルを襲った、貧民外育ちの殺し屋。

エドワードが倒して、エリックによって捕らえられ、黒騎士たちによって地下牢へと放り込まれたその男は、次の日にはそこからいなくなっていた。

彼らは団長であるエリックが内々に調査していることは知っているが、その結果どうなったのかは知らされてはいない。

ただ、こうしてまだ紙が貼られているということは、この男はまだ逃げているのだろうと、彼らは推測する。


「あ、団長だ」


表通りについた彼らの少し前に、黒騎士団の団長であるエリックが立っていた。

その隣には本来いるはずのエドワードの姿はない。

彼らはエリックの側まで駆け寄ると、すばやく敬礼をする。


「ああ、ごくろう。何か情報は入ったか?」


黒騎士たちにそう尋ねるエリックの顔は少しばかり疲れていた。

彼らも寝る間を惜しんで捜索にあたっているわけではないが、たびたび重なる事件に確実に睡眠時間を削られていた。


「いえ、とくに気になるものは何も」

「・・そうか」


エリックは深く刻み込まれている眉間のしわをぐいーっとのばす。

しかしのばしたところで、そのしわがなくなることはない。


「そもそもクマ探すよりシェイラ様捜したほうが早くないですか?」

「そうしたいんだがな」


国王により緘口令が出ているため、破れば罰則がついてまわる。


「でもクマがシェイラ様運んでたんだったら、相当目立ちますよ」

「そうなんだよ。どんだけ人気のない道を選んでも一人も会わずになんて、無理だろ」


ましてシェイラが連れ去られてたのは、最も行き交う人が多かった真昼間だ。

大道芸人がよくやってくる王都ではあるが、クマがこの国の王女を運んでいる姿を見ればさすがに大道芸とは思わないし、何かしらの情報は入ってくるはずだ。

だからこそ、余計に彼らを混乱させた。


「そのクマってなんなんですか?」


エドワードもエリックも、クマのぬいぐるみだとしか言わない。

彼らにはそれがなんなのかよくわかっていなかった。

しかし、エリックもその問いに首を傾げるしかなかった。


「詳しくは知らん。マーシャル嬢が難しそうな顔して、何かを考え込んでいたから魔道具なのかもしれん」


エリックは、ここに来る前に一緒にいたマーシャルのことを思い出して言った。

マーシャルはぬいぐるみ自体が魔道具か、誰かが魔道具を介してぬいぐるみを操っていたかのどちらかだと思っている。

そんな考えをエリックは知らないが。


「そういえばエドワードさんは?今日の巡回はエドワードさんじゃなかったですか?」


彼の記憶によると、今日の王都の巡回はエドワードで、新人騎士の指導がエリックであった。

しかし実際にはエドワードはここにおらず、エリックが巡回にやってきている。


「エドならマーシャル嬢の護衛に戻った」

「「「また!?」」」


エリックの言葉に、騎士たちは驚きを隠せない。

別に彼らの業務にエドワード一人が抜けたところで大きな支障はない。

エドワードいると戦力が増すし彼らを鼓舞してくれるが、魔物討伐や凶悪な敵でなければ、彼らで何とかなるからだ。


「好きですねー、エドワードさん」


何が、とは言わない。

言わないが、全員がわかっている。


「まぁマーシャル嬢も放っておいたら何するかわからないからな。護衛の目があるほうがいい」

「確かにそうですけど・・それなら青に頼めばよくないですか?」

「いや無理だな」


エリックはばっさりと切り捨てる。

そんなエリックに騎士たちはため息をこぼす。

いつまで経っても、エリックは青騎士の団長であるサーシャとの仲を直そうとしない。

年々悪化しているといっても過言ではない。


「団長、そろそろ素直にならないと婚期逃しますよ」

「そうそう。相手は待ってくれないですから」

「まぁ相手も相手ですけど」


彼らは意味がわからないと言わんばかりの視線を投げかけるエリックに、残念な気持ちを向けたのだった。






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