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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◆王女様編◆
79/143

◆第79話




――――なんで私断らなかったんだろう。


マーシャルはいつかの昼下がりに、シェイラに宝石箱の話をされた日のことを思い出していた。

ウィズに言われたからといって、別に律儀にシェイラの私室まで来る必要などなかっただろうに。

マーシャルは今、猛烈に後悔していた。

なぜなら。


「まぁ!この子がマーシャル嬢?とっても綺麗な方なのね!」

「姉さまの姉さま?じゃあ私の姉さま?」


侍女がシェイラの着替えで慌しく部屋を動き回る中、ぼっちにされていたマーシャルにいきなり襲い掛かった王族との面会。

以前シェイラに謝るために座っていた席に再び座るマーシャルの前に現れたのは、現国王の妻にして現王妃オリヴィアと、シェイラと血のつながった妹リーソフィアだった。

マーシャルはあの時と同様、今とっても帰りたい気分になっている。

おまけにシェイラという助け舟は、今着せ替え人形になっているため、当分ありえない。


「・・マーシャル・レヴィと申します」


マーシャルは強張った声で自己紹介する。

この短期間でマーシャルは一体どれほどの数の自己紹介をしてきただろうと内心でため息をついた。

そんなマーシャルの心情を知ってか知らずか、オリヴィアは少しだけ困ったように笑った。


「本当はすぐにでもお礼が言いたかったの。今になってごめんなさいね」


オリヴィアはそう言うと、とても優しく微笑んだ。

その表情に、マーシャルは以前会った側妃とはえらい違いだと面食らう。

オリヴィアは聖母のような人だった。


「いや謝らないで下さい!王妃様は体調を崩されていたとお聞きしています。その、今は体調のほうはよろしいのですか?」

「ええ。もうだいぶよくなったわ。この子も・・私たちを助けてくれてありがとう」

「そんな!私は何も!」


むしろ頭を下げられるほうが嫌だとマーシャルは必死だ。

それでもオリヴィアは頭を下げる。

その様子に、王妃の面影はない。


「私は王妃として頭を下げているわけではないわ。ひとりの母親として、この子達の命を救ってくれたことにお礼を言いたいの」

「・・・そんなふうに言われたら、断れないじゃないですか」


そう言ってマーシャルは困ったように笑ったのだった。


「あなたのおかげで、あの子もとっても元気になったわ」

「・・少しお転婆になりすぎましたけどね」


マーシャルは着せ替え人形として、ドレスを何着も召し替えているシェイラを見てため息をついた。

宝石箱から出てきたシェイラは日に日にお転婆になっていく。

それはまるでやんちゃを覚え始めた子どものように。

マーシャルはそのうち自分のせいだと言われそうで内心ビクビクしていた。


「そうね。でもあの子、今とっても楽しそうだわ」

「昔はそんなことなかったんですか?」


その問いにオリヴィアはクスリと笑って、自分の前に置かれている紅茶を飲んだ。


「どちらかといえば、大人しかったかしら。いつもお転婆なリーソフィアの様子を羨ましそうに見てたわ」

「・・リーソフィア様はお転婆なんですね」


マーシャルはオリヴィアの隣で、キラキラしているドレスを食い入るようにして見ているリーソフィアを見た。


「どちらかというと、そうね。わんぱくというか、奔放というか、以前はひとりで街娘の格好をして城下におりていたかしら」

「それはまた・・」


なんともお転婆な第二王女である。

オリヴィアがとてもお淑やかに見えるため、マーシャルには2人の王女のお転婆っぷりが想像できない。

陛下の血だろうかと、つい思ってしまった。


「私、これでも昔はじゃじゃ馬娘だったのよ」

「王妃様がですか?」

「ええ。護衛もつけずに一人でどこかへ行くものだから、みんな私には手を焼いていましたわ」


フフッと笑って懐かしむように言うオリヴィアはどことなく楽しそうだ。

そんなオリヴィアを見て、マーシャルは人は見かけによらないと思うのだった。


「お母様、これはどう?」


会話が一区切りしたのを見計らって、シェイラがオリヴィアに声をかけた。

オリヴィアとマーシャルがそちらを見ると、淡いオレンジ色のドレスを身にまとったシェイラが立っていた。

シェイラの隣に立っている侍女はどこか満足そうだ。


「あら、とっても可愛いわ。いい色ね」

「でしょう!私もこれがいいわ」


シェイラはオリヴィアによく似た笑みを浮かべて、淡いオレンジのドレスを着た自分の姿を鏡に映す。

ほんの少しだけ広い胸元が寂しく見えた。


「宝石が必要になりますね」


自分の胸元に手を置いていたシェイラを見た侍女は、シェイラにそう話しかけた。

その言葉にシェイラはどこか忌々しそうに、連日届けられる贈り物の山を見た。

その中にいくつか、シェイラにぜひ見につけてほしいと言って贈られた首飾りがあり、シェイラはそれに気が付いている。


「あら、どれか気になるものがあって?」


贈り物の山を見つめるシェイラに、オリヴィアは意外そうに問いかけた。

オリヴィアもシェイラとは別にその贈り物たちを一通り目を通していた。

そしてオリヴィアが持った感想は、どれもシェイラには似合いそうにないということだ。

いや、中にはシェイラが好みそうなものもいくつかあったのだが、シェイラがそれを特別な日につけるかといえばその答えはノーだった。


「宝石商をお呼びしますか?」


侍女はすかさず言う。

シェイラはそれに首を縦に振って答えた。


「あ。私の知り合いに職人がおりますけど、紹介しましょうか?下町育ちなんで、礼儀なんて全くなってないですけど、腕は確かですよ」


礼儀作法がなっていないマーシャルが自分を棚に上げながら言う。

そんなマーシャルの頭の中では、魔道具ではないが普段見につけられるアクセサリーを専門に造っている友人の姿を思い浮かべた。


「まぁ、姉さまよろしいの?」

「ただ本当に口悪いですよ。腕は間違いないですけど」


マーシャルは口が悪いと念を押す。

それでも、シェイラは気にしないと言って、是非とマーシャルにお願いした。


「顔が広いのね」


そんなマーシャルを感心するようにオリヴィアは言った。

その言葉にマーシャルは照れくさそうに笑った。


「顔が広いというか、私がイーキス出身なので。そういう職人とは顔見知りなんです」


この国きっての職人街であるイーキスには様々な職人がその街でものをつくり出している。

それを世の中に売りさばいているのが、マーシャルの実家であるレヴィ商会である。

そのため、当然といえば当然であるが、マーシャルが思い出しているその職人もレヴィ商会に自分が造った商品を出している。


「そうなの!あそこの街で造られるものは全て一級品だと聞くわ」

「誰もが誇りを持って丹精込めて造り上げてますから」


職人街に住む彼らは手を抜くということを知らないと、マーシャルは思う。

どんなものでも、丁寧に時間をかけて造り上げていく。

それが彼らの誇りであり、イーキスの誇りであるとマーシャルは思うのだ。


「では、連絡しておきますね。おそらく飛んでくると思うので・・・そうですね、5日もすれば来るんじゃないでしょうか」


王室から呼び出されたとしても、この仕事が終わったら行くと、平気でいうような人たちだ。

おそらく呼んですぐに駆けつけてくれるとは限らないとマーシャルは考えた。

そのための5日だ。


「姉さまのご友人、とても楽しみですわ」

「期待しないでくださいよ。あいつが褒められるのはあの腕と顔だけですから」


マーシャルは彼を思い返して言った。

マーシャルの幼馴染といっても過言でもない彼。


「顔がよろしいの?尚更楽しみだわ」

「シェイラ様って面食いですよね」

「あら、姉さまにだけは言われたくありませんわ」


それはどういう意味だ。

マーシャルは言葉にしないものの、目だけでそう訴えかける。

しかしマーシャルに返ってくるのは、意味深な微笑だけだった。







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