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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◆王女様編◆
78/143

◆第78話




「それで?その貴族様からの贈り物とは?」


マーシャルはいつぞやの真っ赤なドレスを思い出す。

あの時は別に何も思わなかったが、今になって思えば、ヒュースに言っていた通り、真っ赤なドレスは愛らしいシェイラには似合わない代物だった。

シェイラは赤よりも桃色だ。

むしろ淡い桃色といってもいいだろう。

そういえば、結局ヒュースはあれを処分したのだろうかと、マーシャルはふと疑問に思った。

あの時マーシャルは燃やしてしまえと言っていたが、ヒュースならば本当に燃やしてしまっていそうで怖くなった。


「真っ赤なドレスですわ」


マーシャルの手元が思わず狂う。

バチンッという嫌な音がマーシャルの耳に届いた。


―――回路が切れた。ていうか赤いドレスって。


マーシャルは魔道具は後で修復すると考えて、ひとまずシェイラの話を聞こうと、シェイラのほうを振り向く。

真っ赤なドレスの話には少し興味があったのだ。


「それ以外にも、ゴテゴテに装飾された首飾りや、扇子。ああ、宝石箱を贈ってこられた方もいたかしら」


そう言ったシェイラの顔はどこまでも嫌そうだ。

マーシャルはシェイラのそういった表情を始めて見た気がした。

シェイラは基本的に穏やかな性格をしているため、あまり嫌味を言ったり人をむやみに貶すことはしない。

それがどうだ。

今のシェイラは最近溜まっている鬱憤を晴らすかのように、ドロドロとマーシャルに黒い一面を見せている。

マーシャルはそんな自分を省みて、これが泥沼に嵌まってるってやつだろうかと、遠い目をした。


「宝石箱?」

「とんだ嫌がらせだと思いません?さすがにこれは私の侍女も怒ってましたわ」


宝石箱に閉じ込めれていた王女に宝石箱を贈る馬鹿がこの世にいたとはおそろしいと、マーシャルは思う。


「どこの貴族です、その馬鹿は」


マーシャルは紅茶を注ぎ足し、ついでとばかりに先日ウィズからもらったお茶菓子を机の上に出した。

それにシェイラは目を輝かせると、嬉しそうにマカロンを口に入れた。

しかし、マーシャルの言葉を聞いたシェイラはとても言いづらそうに、そして眉をひそめてマーシャルを見た。


「それが、差出人の宛名がありませんでしたの」

「はい?宛名が?」

「ええ。どこを見てもありませんでしたわ。門番に尋ねましたら、街に住む少年が頼まれて持ってきたと言ってましたの」

「・・よくそんな得体の知れないもの、王女様の元まで持ってこれましたね」


馬鹿じゃないのか?とマーシャルは言外に言う。


「王女様、それもしかして蓋開けたりしてませんよね?」

「してませんわ。侍女に言って、別室にて保管してます」

「あ、保管はしてんのね」


捨てないところがシェイラらしいとマーシャルは苦笑する。

しかしそれはそれで困ったものだと、マーシャルは思う。

さすがに少し前の珍事件のようなことは起こらないにしても、このタイミングで宝石箱とは悪戯にしては些か度が過ぎているし、そうでないにしても性質が悪い。

明らかに怪しいとわかっているものを保管しておく理由はない。


「一度、ウィズ様に見てもらったらどうですか?」


マーシャルはそう提案する。

そこで自分が行くと言わないあたり、マーシャルは貴族とたまたまでも出会うことに警戒していた。

しかし、マーシャルの提案にシェイラは困った顔をする。


「実はここに来る前にウィズのところに寄ったの。そうしたら、忙しいから姉さまにお願いしろと言われたわ」

「忙しいって・・」


毎日たらふく紅茶とお菓子を飲んで食べているだけじゃないかと、マーシャルはウィズがいるであろう研究室のほうを睨みつけた。

いや、実際、ウィズは忙しい人種だ。

なんといっても、この国の技術士の中でも極めて優秀と言われる第一人者なのだから。

ただの甘いお菓子が大好きな10歳児ではない。


「他の技術士にお願いしません?」


それでもマーシャルは引かない。

シェイラと連れ立って城内を歩きたくはないのだ。

しかし、その提案にもシェイラは困ったような顔をする。


「姉さまを連れて行くようにと、ウィズに言われているの。姉さまくらいですわ、ウィズが認めている技術士は」


シェイラにそう笑って言われるマーシャルであるが、ウィズに認められているかどうかはマーシャルは知らない。

彼女からしてみれば、都合のいい駒として扱われているにすぎないと感じてしまうからだ。


「技術士長の言葉は絶対だと言っていらしたわ」

「上司を間違えたかな」


マーシャルはため息混じりに言って、とあることを思い出す。


「どうかなさって?」

「そういえば、私技術士の資格持ってませんけど大丈夫ですか?」


なんとも今さらな疑問である。

しかしそれは技術士としてこの研究塔に住み着くマーシャルにとっては死活問題であった。

愕然としているマーシャルに対して、シェイラは首をかしげる。


「ウィズは姉さまに資格はあると言ってましたよ?」

「聞いてませんけど!」


そもそもマーシャルは技術士の資格試験すら受けていない。

資格試験を受けようと思えば誰でも受けることはできるが、どうしても申し込みにお金だって必要になるし、実技は問題ないにしても筆記の試験勉強だってする必要がある。

マーシャルはかなり実技に特化しているという自覚はあるが、筆記のほうは勉強をしたことがないためよくわかっていなかった。


「そうなの?でも城内ではそう聞きましたよ?」

「誰から!?」

「お父様ですわ」

「なんて!?」

「姉さまの技術は物凄いものだから、特例で試験は受けていないけど技術士の資格を与えると」


何だそれは!?

マーシャルの頭はすでにパンク寸前である。

世の中に魔道具を生み出す技術士の選定は厳しい。

筆記と実技の試験後、国王陛下と宰相、そして国の重鎮たちによって議論され、吟味され、年に数人が受かることのできる、狭き門なのだ。

そうしなければ、いつかその内、技術士という資格を持った者が、この国を滅ぼしかねない魔道具を造ってしまうかもしれない。

自分の造ったものに責任の持てる者だけが、技術士の資格を得てよいと言われているのだ。

それが特例で試験も実技もパスときた。

聞いていないと、マーシャルは頭を抱える。


「・・いや、資格がないと困るのは私なんだけど。でもこれが兄様に知られるとやばいぞ」


資格が特例でも自分に与えられたことには、マーシャルは素直に嬉しいと思う。

自分の実力が、この腕が、国に認められたということだから。

しかし、資格が取れてしまうと困ることになるのも事実だった。

マーシャルの兄であるレイモンドは、魔道具をいじくるマーシャルをあまりよく思っていない。

あくまでもごく普通の娘として、どこかの男性に嫁いでほしいと思っているからだ。

だからレイモンドは馬の耳に念仏と思いながらも、マーシャルに普通の娘のようにと言い続けてきたのだ。


「姉さまにはお兄様がいらっしゃるの?」

「へ?」

「お兄様、いますの?」

「いますけど、」


それどころじゃない、とは口が割けても言えないマーシャルは、気分を落ち着かせるために紅茶を一口飲んだ。


「どんな方?」

「どんな・・顔だけなら似てますね」


マーシャルとレイモンドの顔の造りはよく似ている。

共通するのは、2人とも飛びぬけた美人であるということ。

レイモンドはその美人な顔立ちのせいで、マーシャルと一緒にいるとよく女の子と間違えられたくらいだ。


「今はレヴィ商会の跡取りですね。責任感が強くて、面倒見が良くて、お節介で、とっても温かい人だと思います」


レイモンドのことを説明するマーシャルはなんだか照れくさくなって、頬をポリポリとかいた。

散々怒られてきたマーシャルであるが、なんだかんだいってレイモンドのことは嫌いにはなれないし、兄だと慕っているのだ。


「ああ、あと顔に似合わずちゃっかり者ですね」


そうでなければ、商会の跡取りなどやっていないのだが。

魔道具大好きで魔道具に対してだけ見境のないマーシャルと違って、レイモンドには商才あり目利きも良い。


「あら、じゃあ私姉さまのお兄様と、」

「残念、兄はもうすぐパパになります」


シェイラが言い切る前にマーシャルはスパリと言う。

そもそもシェイラとレイモンドでは歳が離れすぎていて、マーシャルは想像しただけで眉間にしわを寄せてしまったのだった。







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