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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◇宝石箱編◇
7/143

◇第7話


飛び出すように出てきたマーシャルに、レイモンドは今度こそ深いため息をしっかりと吐いた。


―――このお転婆娘は・・・!


レイモンドは気まずそうに笑顔だけを向けるマーシャルの行動には大体の予測がついていた。

これが武人ではない貴族の前だったらと考えるだけで、口元が引き攣る。


「シャル、年頃の娘として盗み聞きはどうかと思うが」

「あら、年頃の娘でなければ、盗み聞きはよろしいのね?」


マーシャルは全く反省の色を見せずにレイモンドに言葉を返す。

その言い草に、レイモンドは頭を抱えたくなる。

そもそも興味がないとまで言い切ったマーシャルがなぜこんなところにいるのか、それを考えただけでもレイモンドは頭が痛くなる。

おまけにマーシャルの真紅の瞳には、もうエドワードが帯剣しているそれにしか向いていない。


「こちらがマーシャル嬢ですか?」


エリックがレイモンドに問うと、レイモンドは「そうです」と疲れたように答える。

いや実際に彼は疲れていた。

破天荒なじゃじゃ馬ぶりが20歳になっても遺憾なく発揮されている今に。

そして好奇心を抑えられずに壁に張り付いていたマーシャルはエリックの声に、魔剣から意識をそらして2人を見た。

途端に目が合う。

マーシャルは内心かなり焦っている。

魔剣を拝めたのはいいが、面と向かって対峙する予定はなかったのだ。

せめて侍女服を着て変装してからここへ来るんだったと後悔しても遅い。


「シャル、こちらへ」

「・・・はい」


レイモンドに呼ばれ、マーシャルはレイモンドの隣に並ぶ。

真紅の瞳が印象的なよく似た顔の兄妹は、黒を纏う2人を見る。

片方は諦め半分で、もう片方は顔を引き攣らせて。


「シャル、挨拶して」

「・・マーシャル・レヴィです」


言葉少なにマーシャルは名前だけを告げる。

よくいえば恥じらい、悪くいえば怯えていうように見えるマーシャルの姿であったが、内心ではそんなことはなく。

心の中はいろいろと吹き荒れていた。

そんなことなど知るはずもない2人は、美しいと形容されるだろうマーシャルを見る。

エリックとエドワードは見た目にはわからないが、あの頃とだいぶん見た目が変わった姿にとても驚いていた。

5年前に出会ったのは、確かに顔の造りは美しかったが、まだあどけなさの残る中性的な顔立ちだった。

数人の黒騎士がその少年の笑顔にやられたが、時間が経てばそんなことすら忘れていた。

それがどうだ。

今2人が目の前にしているのは、そんな面影すらない、ただの美しい令嬢だった。


「・・失礼。私は黒騎士団団長のエリック・ルドレナド」

「私は黒騎士団副団長のエドワード・フィリル」


2人の自己紹介に、マーシャルは知ってるよ!と心で悪態をつく。

マーシャルは何も言わず、再会した2人の次の行動を待つ。

兄は知らないのだ。

この3人が実は5年前に会っていたということを。


「お久しぶりですね、マーシャル嬢」


ピシリ、と。

エリックが発した言葉にマーシャルは固まる。


「・・シャル?どういうことだ?」


エリックの言葉に不審を覚えたレイモンドはマーシャルの名前を呼ぶ。

マーシャルからの反応はない。

それどころではないのだ。


「シャル?」

「・・・えっと、」


マーシャルはすいーっとレイモンドから目をそらす。

マーシャルにとって、別に目の前に座る黒を纏う騎士と出会ったことは隠す必要はない。

問題は、そのときに何をしたか、である。

ばれればレイモンドからのお叱りは目に見えてわかっているマーシャルにとって、それだけは避けたいことだった。


「5年前に王都でお会いしたんです、マーシャル嬢と」

「シャルと?・・まさかあの格好で?」

「男装されていましたね」

「シャル!」


真横で大きな声で出されたマーシャルは背筋を伸ばす。

どうやら怒られる点はもう一つあったようだ。


「商人が客を騙してどうするんだ!」

「いやいや女の子が一人で商売してるって結構危ないんだよ?」

「言葉遣い!」


マーシャルの内心は冷や汗ものである。


「レイモンド様、」

「・・・ああ、すいません。取り乱しました」

「いえ、」

「それで、5年前にお会いしてシャルの何かを見ましたか」


レイモンドにしては珍しく棘のある言い方であった。

力を借りたい、などということを言うのだ。

レイモンドはこの2人がマーシャルの何かを見たというのは、もはや確定事項であった。


「魔石を譲り受けました」

「・・・・・シャル。お前は本当に、」


怖い怖い怖い怖い・・・・!

マーシャルはすでに隣を見ることが出来ずにいる。

きっと騎士が帰ったあとにこってり絞られるだろう。


「それで?うちはごく稀に魔石も扱っています。おそらくたまたま入荷した魔石をシャルが持っていったんでしょう」


そんなわけない、とレイモンドはわかっているけども。

15の娘に高価な魔石を持たせるなど、無謀の何物でもない。

本来なら、厳重に保管して商品自体は隠しておきたいくらいの代物だ。


「我々もそう思ったんですが・・この魔剣に使われた魔石から精霊が生まれました。専門の者に聞いた結果、この魔石は力の凝縮体ではなく精霊が生んだ卵だと聞きました」


エドワードの言葉にレイモンドは青くなり、マーシャルは顔を引き攣らせる。

マーシャルは知っていた。

自分が渡した赤い魔石は精霊が産み落とした卵であり、この子が望む場所へ連れて行ってほしいと頼まれた代物であったということを。

まさか剣と同化したのに羽化してしまうとは。


「精霊が卵を人間の手に産み落とすことはありえないそうです。たとえ精霊師であっても」


マーシャルはエドワードの言葉を流すように聞く。

それはマーシャルの秘密にも関わる、おおよそ口外できるものではない事実。


「しかし、本当にごく稀に精霊が自分が生んだ卵を人間に託すことがあるそうです」


エドワードはマーシャルの真紅の瞳を見つめる。

その瞳はゆらりと揺れている。

まるで5年前、マーシャルから貰ったあの魔石のように。


「マーシャル嬢、あなたは精霊に愛された人ですね」


それは質問なのか。

はたまた確認なのか。

エドワードの瞳は真っ直ぐにマーシャルの瞳を捕らえている。

マーシャルは言葉を返すことが出来ない。

どこか確信めいたエドワードの言葉は、事実であり、秘匿されなければならない秘密。


「シャル」

「兄様、」

「お前の負けだな。諦めろ」


レイモンドは不安そうに見上げてくるマーシャルの頭をそっと撫でる。

母親譲りの白銀の髪はサラサラと糸のようにすくっては落ちていく。

レイモンドの真紅の瞳は悲しげに揺れている。


「ごめんなさい、兄様」

「いや・・いつかはばれたことだ」

「でも」

「悪いようにはしないだろう?」


レイモンドは不安に揺れるマーシャルの頭を撫でながら、エドワードを見据えた。


「ああ、誓って」

「では、聞きます。シャルを連れて、何をするおつもりですか?」


レイモンドは気付いている。

黒を纏う2人は先ほどからマーシャルの秘密を暴くばかりで、話の核心には何一つ触れていないことを。

レイモンドの言葉にマーシャルは俯いていた顔を上げる。

真紅の瞳は5年前のあの時と同様、涙を溜めていた。


「・・・救っていただきたいのです」


エリックは閉ざしていた口をあけ、唸るほど低い声で言う。

それだけでことの重大さがマーシャルとレイモンドに伝わる。


「・・何をですか」


マーシャルは涙を拭うこともせず、エリックを見据えて聞く。

エリックは一度視線を下に向け、意を決したように前を見る。


「王女殿下の命を、救っていただきたいのです」


そう告げられた言葉に。

マーシャルは聞かなければよかったと、心の中で後悔をした。







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