◆第69話
エドワードが5分で用意しろと言ったものの、マーシャルはちょっと待てと考える。
なぜなら、気が付いてしまったからだ。
「・・・・服なくない?」
そう。
マーシャルはここに来てからというもの、王城の敷地内が彼女の生活区域であり、会うのは男といえど騎士たちばかり。
おまけにこの研究塔に来てからは引きこもり人生を着実に歩み始めている。
つまり何が言いたいかというと、マーシャルはここに来てから、服という服を買ってなどいないのだ。
それで事足りたということにも衝撃を受けつつ、マーシャルはどうしたものかと焦る。
以前エドワードと出かけたときの服ならばあるが、さすがに同じものを着てなど行けない。
いくら無頓着なマーシャルでもそれはわかる。
ならばどうする。
「困ってますね」
「困ってる姉さまも可愛いですわ」
完全にお手上げだったマーシャルの耳に聞こえてきたのは、最近になって聞き慣れてしまった男女の声。
しかもその声はエドワードがいるであろう入り口からではなく、窓の外から聞こえてきたのだから性質が悪い。
マーシャルは額に手を当てて、声のするほうを見た。
そこにいたのは、マーシャルの思っていた通り、この国の第一王女と王子殿下がにこやかに立っていた。
「・・・何してるんですか、2人揃って」
これは確実に護衛を撒いてきてるなと、マーシャルはため息をこぼす。
そんなマーシャルを気にすることもなく、ディートリアはひらりと簡単に窓から研究室へと入った。
そしてシェイラの手を掴んでよいしょとシェイラも中へと入れる。
「やんちゃがすぎますよ、2人とも」
誰だよ、王女様は御しとやかで控えめな人だとか言ってたの、とマーシャルは心の中で悪態をつく。
「あら、今日に限ってはそのやんちゃが役に立ってますわ」
「はい?」
「今日は姉さまに着ていただきたい服を数着お持ちしましたの」
このタイミングで?とマーシャルは少しばかり怪しむ。
しかしそんなマーシャルの様子などお構いなしに、シェイラはディートリアが運んできた箱を開けた。
中にあったのは、どちらかというと地味と言えそうなドレスたちだった。
「これは?」
「ドレスを頼んだときに母に内緒で私が頼んだものですわ」
「それが何故ここに?」
「私が着ないので、姉さまにあげようと思いまして」
そうにこやかに話すが、マーシャルはこのドレスの用途を聞くのが少し怖くなった。
箱の中に入っているドレスは、そのどれもが質は上等ではあるものの王女が着るにはいささか質素なものばかりだった。
まるで、街に住む、少しいいところのお嬢様が着るかのような服。
「エドとデートなんでしょ?」
「・・・・知らないけど」
「またまた。いいじゃないですか、デートで。さ、着る服選びましょうか」
ディートリアはとても楽しそうに言うと、何着かドレスを取り出した。
実際に見てマーシャルが感じたのは、ドレスというよりワンピースに近いものが多くあるということだ。
「これなんかいいんじゃないの?」
そう言ってディートリアが出してきたのは淡い桃色のワンピース。
袖口がふんわりと丸まっていてとても可愛らしい。
「あら、私はこれがいいと思いますわ」
そう言ってシェイラが引っ張り出してきたのは、ほんのり黄色い膝下まであるワンピース。
なんとも上品で、それでいてとても可愛い。
仲の良い2人は自分たちが出してきたワンピースのほうがいいと言っていがみ合う。
その隙にマーシャルは手早く薄化粧をすると、よいしょと気になっていたワンピースを取り出した。
それは、白と青を基調としたとてもシンプルなワンピース。
下手をすれば大人しくて地味な印象しか与えないような、そんなデザイン。
「うん、これにするわ」
「「ええ!?」」
「なに?いいじゃない、これで。別に適当に言ってるわけじゃないよ。ほら、殿下は出てもらえますか?着替えるんで」
マーシャルはそれだけ言うと、追い出す形でディートリアを窓の外に出すと、素早く着替え始める。
手際の良い着替えに、普段着替えを侍女たちにお願いしているシェイラは驚いていた。
「姉さまコルセットは?」
「いらない。街に行くのにそんなのいちいちつけてられないですから」
そもそもマーシャルは令嬢でもなければ、ドレスを着ているわけでもない。
綺麗に、細く見せるためだけに、あんな苦しいものなど付けるかと、思っているだけなのだが、シェイラがそんな思いなど知るはずもなく、それでも何かに納得したように頷いたのだった。
「え、なに」
「いえ、確かに姉さまほど細いのならば、コルセットは必要ないと納得したのですわ」
そう言ったシェイラは、ほっそりとくびれた腰をうっとりと眺めていた。
それに怖いと思ったのは仕方がないと、マーシャルは思う。
「シェイラ様、申し訳ありませんが、このワンピースを貸していただけますか?」
「なにを言っているのですか!姉さまに着ていただくためにこうしてディーにお願いまでして持ってきているのですよ」
そう言ったシェイラは満足げに笑った。
「姉上、見つかった。逃げないと」
「あらやだわ。では姉さま、楽しんできてくださいな」
そう言うと、シェイラはディートリアの腕に捕まり研究室から出て行く。
なんとも慣れたその動きに、実は常習犯だなとマーシャルは呆れたため息をついた。
それでも強く言えないのは、お転婆な自分の昔を見ているような気になるからであるが、そんなことを2人は知らない。
「シャル?行くぞ?」
昔の自分と被らせていると、そんな声が扉から聞こえてきた。
声をかけながらも部屋には入ってこないという紳士ぶりに、先ほどの横暴さはなんだったんだとマーシャルは思うが口にしない。
マーシャルはかばんを持つと、扉を開けて待ってくれていたエドワードに「お待たせしました」とだけ言った。
「相変わらず化けるのがうまい」
「それ褒めてます?貶してます?貶してますよね?怒りますよ?」
「いやもう怒ってるじゃん」
そう言うエドワードはどことなく嬉しそうで、そして楽しそうだ。
「もう知りませんっ!」
マーシャルはふんっと鼻を鳴らしてつかつかと歩いていく。
その足取りはいつもよりも覚束ないのは、普段はいている靴よりも高さのある靴を履いているから。
エドワードにはその姿すら愛おしく思えるのだった。
「よく似合ってる、その服。やっぱり俺の好みどおりだな」
「エドの好みとか知らないっ!」
「知りたいの?」
「いらないっ!」
軽快に言葉を交わしていくがマーシャルは気が付いている。
エドワードがさりげなく、足が覚束ない自分をフォローするように歩いてくれていることに。
それが余計に気恥ずかしくて、マーシャルはいつもより言葉を荒げてしまうのだけど。
「で、どこに行くんですか?」
「とりあえず腹ごしらえだな。ちょうど昼飯の時間だ」
そう言われて、マーシャルは今が昼だということに気が付く。
夜遅くまで作業をして朝遅く起きるという生活を送っているマーシャルにとって、昼という時間はあまりない。
「まさか徹夜か?」
「寝ましたよ、ちゃんと。で、さっき起きましたよ」
そう言って、マーシャルは小さくあくびをする。
令嬢にあるまじき行為だが、騎士になって長いエドワードがそんなことを気にすることはない。
「まぁ寝てるだけいいか。とりあえず飯な」
「はいはい。どこ行くんですか?」
「そうだな・・・何か希望は?」
「エドが許すなら城下で人気の露店」
その言葉にはさすがのエドワードでも面食らった。
まさかデートで、女性のほうから、露店に出ている食べ物が食べたいと言われるとは思ってもみなかったのだ。
だから、エドワードは面白いと思う。
昼から高級有名店の名前を挙げられるより、ずっと経済的で気が楽だ。
「じゃあそうしよう」
「いいの?」
「別にいいんじゃないか?俺はそういうの好きだ」
そう言って、エドワードは巡回中に美味そうだと目星をつけていた店をいくつか頭の中にピックアップしたのだった。




