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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◆王女様編◆
66/143

◆第66話





「え、あの、すいません、もう一度言っていただけます?」


マーシャルは美味しい紅茶と甘いお菓子が並ぶ机の向こう側にいる子どもに向かって問い直す。

その顔は心なしか引き攣っている。

別に言われたことを全く聞いていなかったわけではない。

周りは静かで、2人しかその空間にはいないのだから。

それでもマーシャルがもう一度言ってほしいと言うのは、目の前の人物――技術士であるウィズの言葉を理解したくなかったからだ。


「んー?だから、マーシャル嬢は今日付けでこの研究塔の職員になったんだって」


ニコニコと屈託のない笑顔でウィズは言うと、2人の間にあるクッキーを口に入れた。

ウィズは「よかったね」という言葉まで付け足すが、マーシャルからしてみれば、全くよくない事態になっていた。


「私が?・・・あの、その経緯を聞いても?」


マーシャルが急に研究塔の職員になるなど、なにかそれなりのきっかけがなければありえないことだ。

それがわかっているから、マーシャルは疑問に思うのだが、ふいに思い出したのは人食い宝石箱の褒賞。

エドワードが何とかしてマーシャルがこの王城に留まれる理由を褒賞でつけると言っていた言葉を思い出した。


「うん、まぁ、マーシャル嬢がシェイラ様を助けたからその褒美としてかな」

「・・褒美、ですか」

「うん、そう。・・・表向きは」

「表向きは?」


なんだその不穏な単語は。

マーシャルはたえず愛らしい笑みを向ける少年の真意を探る。

しかし全くわからない。

とりあえずマーシャルが感じたのは、笑顔は怖いということだけだった。


「マーシャル嬢、あの魔道具どうしたの?」

「あの、魔道具?」


とは一体どの魔道具のことだろうか。

マーシャルは魔道具と共に生きているような人間であるため、相手にあの魔道具と言われたところで、それがどれであるかなんて見当もつかない。

現に、マーシャルは今いくつかの魔道具を持ち歩いているのだから。

首をかしげるマーシャルの姿にウィズは呆れたように見てから、紅茶に恐ろしいほどの砂糖を入れた。


「検討がつかないほどに魔道具があるんだね」

「・・そうですね。これでもレヴィ商会の娘ですから」

「はは、確かにそうだ。でも僕が言っているのはそういうのじゃないよ」

「というと?」

「マーシャル嬢、シェイラ様に渡したあの魔道具はどうしたのかな?」


マーシャルはもうバレたかと、ウィズから目をそらす。

いや、マーシャルだとて、シェイラに渡した魔道具がなんの問題も無く丸く収まるなどという甘い考えはしてはいない。

もしかしたら、あれ?と思う人間くらいはいるかもしれないと思っていた。

それくらいの人間がいるとは思ってはいたが、こんなにも早くウィズに捕まるとは思ってもいなかったのだ。

マーシャルからしてみれば、かなり痛い誤算だ。


「造らせていただきました」

「それこそ表向きだね」


その言葉にマーシャルは何も言い返せない。

なぜなら間違いないのだから。

マーシャルが造ったと言えば、凄い技術だね、流石だねで話は終わるだが、実際問題そうではない。

正確に言えば、マーシャルが造ったのではなく、マーシャルが改造・改良したのだから。


「本当に君は凄腕の持ち主だよ。呆れを通り越して、もはや尊敬するよ」


ウィズは甘ったるくなったであろう紅茶を飲んで一言呟いた。

マーシャルはウィズが何を言いたいのか正直わからなかった。

だから切り出した。


「・・造り替えることはいけないことですか?」


マーシャルは遠慮気味に、しかしきちんと意思を持って、ウィズに聞いた。

マーシャルの真紅の瞳を見る翡翠色の瞳はほんの少しだけ大きくなり、そしてすぐに細まった。


「別にいけないことだとは思わないよ。むしろ凄いとすら思うよ。誰もが高価で手を出してこなかった分野だし、今の技術士でも君のように解体して改造できるような人はいない。僕を含めてもね」


そう言い出したウィズは持っていた紅茶のカップを机の上に置いた。

ウィズの言うとおり、魔道具は造ることは出来ても誰もそれを解体しようとはしない。

壊れてしまったら元も子もないからだ。

せっかく高値で良品の魔道具を買ったのに、解体してしまって組み立てられなくなってしまえば買った意味が無い。

おそらく分解・解体している間に操作ミスで壊してしまうのがオチだろう。

そんなことを、いくら自分に技術があるからといって、ウィズでもしようとは思わない。


「ならなぜ、」

「マーシャル嬢は、自分が造る魔道具の性能をどれほど理解してるのかな」

「性能、ですか?」


まるで子どもを諭すような言い方だった。

10歳の子どもに諭される20歳の大人とは、なんとも滑稽な場面である。

街でこんな光景を見てしまえば、大人に何とも言えない感情を抱いてしまうような場面。


「君が造った、あるいは改造した物と、我々技術士が造った物、それを比べてみたことはある?」

「・・・ないです」


そう、マーシャルには、他のものと比べたことなど無い。

なぜならそんな必要などないと思っているからだ。

そもそも自分が改造してしまえば、それは正規のものではないのだから、その性能は異なってくる。

つまり比べるまでも無く、改造したものの方が良品であるに決まっている。


「そう。君のお兄さん・・レイモンド君は何と言っていたの?」

「兄は・・・兄は、私にはもう魔道具を造るなと。造ったものに関しては、なるべく人の目には見せるなと、そう言ってました」


ウィズはレイモンドがそう言い続けていた真意に気付く。

マーシャルはいまだにレイモンドがそう言い続けていた真意には気が付かない。

むしろ、レイモンドから見れば、自分が造るものはそんなに悪品なのかと、思い込んでいる。

実際はその逆なのだが。


「マーシャル嬢はお兄さんに感謝するべきだね」

「というと?」

「わからない?」


ウィズは真剣な話をしているのに、どこか楽しそうだ。

その様子はマーシャルをからかっているようにも思える。

これじゃあ見ているだけならどっちが子どもかわかったものじゃない。


「マーシャル嬢、この際だからはっきり言おうか。マーシャル嬢が造る魔道具は正直その辺の人においそれと渡していいものじゃないよ」


マーシャルの真紅の瞳が揺れる。

聞きたくないと、ウィズには聞こえた気がした。


「質が良すぎるんだ、君が造るものは。君には精霊たちがこぞって力を貸したがるからかな、マーシャル嬢が造ったものは全てが良品すぎて値段がつけられない代物になってる」


マーシャルは嘘だと言いたかった。

自分は普通のものを造っているだけで、大したものではないと。

しかし、ウィズの言っていることが正しいと思えば思うほど、レイモンドの言葉と行動に真実味が増すのだ。


「じゃあ、シェイラ様に渡したあの魔道具は、」

「そうだねー、あれも焔鬼様の魔剣同様、国宝級の代物になっちゃったかな」


そうおどけて言うウィズは、複雑そうな顔をするマーシャルの姿を翡翠色の瞳に捉える。


「でね、マーシャル嬢。君はそう落ち込んでばかりもいられないんだよ」


気落ちしているマーシャルを励ますでもなく、ウィズは言った。

下手な慰めよりもいいかもしれないと、マーシャルは思い、ウィズを見つめる。

一体何を言うつもりだと、マーシャルの目は雄弁に語っている。


「君は逸材と言っても過言じゃない。君意外あんなものを造れる人はそういないからね。でもだからこそ気をつけてほしい」


マーシャルは何に、とは聞かない。

この先に言われるだろう言葉は、なんとなく想像がついた。

自分は逸材でもあり、危険人物なのだろうと、言われずとも気が付いた。


「君の価値を知った馬鹿な貴族はきっと君を欲しがる」

「軍事目的、ですか」

「それだけじゃないよ。君のその腕を活かせば一世一代の金儲けができる。もちろんこの国さえ滅ぼせる兵器すら造り得てしまうだろうね」

「・・・金のなる木って、こういうことを言うんですかね」


その言葉に、ウィズはおや?という声を上げる。


「そんな悲観的にならなくてもいいじゃない。そのためのこの場所なのだから」

「そのため?」

「ここは技術士のための場所だよ。技術士を守るための場所だ。君がここで働けば、貴族たちもおいそれと手は出せないよ」

「じゃあ、そのために?」

「んー、というよりかは、君がこれ以上国宝級の魔道具を造らないため、かな?」


そうおどけて言うウィズだったが、実はそれがマーシャルをこの場所に入れた本当の理由だとはマーシャルは気が付いていない。

ウィズはいまだに複雑そうな表情を見せるマーシャルに、これからマーシャルが使うであろう研究室へと案内したのだった。






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