◆第63話
溜まりに溜まった報告書をヒュースへと提出したエドワードは、黒騎士団の執務室で蓄積した疲れを癒そうとソファに横になった。
今日は午後からは王都の巡回をしているエリックに代わり、新米騎士たちの訓練指導が予定として入っている。
新米騎士たちとはいえ、体力は使う。
おまけにエドワードは剣をふるうことが好きだ。
どれだけ疲れていようと、手を抜くなどということは一切しないだろう。
そういうことをよくわかっているエドワードは、少しでも休んでおこうと思い、そっとその目を閉じた。
――刹那。
「起きろエド。仕事だ」
ドアを壊すようにして入ってきたエリックは、エドワードの姿を見ることなく開口一番にそう言った。
エドワードは相変わらず行動は読まれていると自分に呆れつつも、エリックの言う仕事という言葉にため息をこぼした。
「仕事ですか?さっき書類の整理終えたところですよ?」
疲れているんですというアピールを前面に出すエドワードだが、そんなものがエリックに伝わったことは一度としてない。
いや、伝わってはいるだろうが、エリックがことごとくそれを無視しているのだ。
「重要任務だ」
「・・・はい?」
聞きなれない言葉にエドワードは思わず眉間にしわを寄せる。
エドワードの頭には、魔物討伐か性質の悪いゴロツキの相手かの二択が浮かびあがる。
しかし、自分がわざわざ出張らなければならないほどの相手なら、すでに騒がしくなっていてもおかしくないのになぜ、と疑問も浮かべていた。
「マーシャル嬢を食堂へと連れて行け」
「・・・・・・・・・・・は?」
時間をたっぷり使って、エドワードはエリックに言葉を返す。
魔物か悪党かと思っていたエドワードに聞こえてきたのは、全く異なる存在の名前。
そしてよくわからない内容。
かたまって説明を求めるエドワードに、エリックは髭のないあごをさすって言葉を続ける。
「いやな、料理長がここ最近、マーシャル嬢の姿を見かけないと言って心配してるんだよ」
「料理長が?」
「ああ、変な意味じゃないぞ。マーシャル嬢は他の奴らより飯の量が少ないし、やはり目立つからな。すぐに目につくらしいんだが、ここ最近はその姿を見ていないらしい」
そう聞いたエドワードも確かにと、ここ数日のことを思い出す。
マーシャルの護衛任務という仕事がなくなったエドワードとマーシャルの接点は今や少ない。
以前燃えてしまった部屋は今では元通りであるため、マーシャルは変わらずエドワードの隣の部屋で過ごしているが、騎士であるエドワードと街娘であるマーシャルの活動時間は根本的に違う。
そのため、ご飯時でもなければ、2人は会うことはないのだ。
そして思い返すと、気が付く。
ここ数日はマーシャルの姿を見ていないと。
「え、で、なんで俺が連れて行かなきゃならないんですか」
エドワードはこれでも地位は副団長であり、黒騎士団の中では2番目に偉い。
護衛していた時ならば連れて行ったが、外れてしまった今、マーシャルを食堂に連れて行くのは自分ではなくほかの黒騎士でもいいのではと、エドワードは思っている。
そんなエドワードの思考を読み取ったエリックは呆れたようにエドワードを見た。
「・・お前、他の男がマーシャル嬢の部屋に入ってもいいの?寝てたらどうするの?マーシャル嬢の部屋、この前の件で鍵壊れたままだよ」
エリックの言葉に、エドワードはその顔を引き攣らせる。
そんなエドワードを見て、エリックは笑いたいのを堪えて、もう一押しだと言葉を続ける。
「まぁお前がいいならいいか。誰か手すきの奴に行かせ「いや俺行くんで大丈夫です」・・そうか」
エリックの言葉を遮ってエドワードははっきりと言う。
エリックはすでに笑っていた。
「じゃあ頼むよ。料理長の話だと3日は見てないらしいから」
エリックはエドワードにそう告げると、机にかけてあった剣を腰に差して部屋を出て行く。
その後ろ姿を見送ったエドワードは、エリックが言った言葉を思い出す。
「重要任務、ね」
最初は馬鹿らしいと思っていた。
マーシャルを食堂に連れ出すことの何が重要任務なのかわからなかった。
しかし、エリックに言われた後に、エドワードは確かにと思ってしまう。
自分にとっては重要任務であると。
エドワードは時計で時間を確認する。
もうすぐ昼時になる。
そうなれば食堂はいつも通りかなり混むだろう。
料理長には悪いが、少し早めに出してもらうと考えたエドワードは先ほどよりもだいぶ軽くなった体でマーシャルの元へと向かった。
――――ま、部屋自体は目と鼻の先だけど。
執務室を出て数歩の距離にあるマーシャルの部屋の前に立つエドワードは、ガラにもなく緊張していた。
そんな自分に少し笑ってしまう。
自分が女性に会うのに緊張する時が来るとは、と思うと余計に笑えた。
エドワードは一度深い呼吸をした後、マーシャルの部屋の扉を叩いた。
数秒返事を待ってみるも、中からの返答はない。
もう一度、扉を叩く。
やはり中からの返答はない。
寝ているのかと思ってみたものの、寝ててもお腹は空くものだ。
3日もこもらないだろうと、エドワードは扉の前で考える。
「・・・入るか」
まぁ仕方ない、とエドワードは誰に言い訳するでもなく、心でそう呟く。
やはりなんとなく気が引けてしまうのだ。
扉のノブを捻ると、エリックが言っていた通り、鍵は壊れてるようで扉はすんなりと開いてしまった。
「シャル?入るぞ?」
控えめではあるがエドワードははっきりとそう告げる。
部屋は日の光がカーテンの隙間から差し込んではいるものの、それがなければ暗闇と言っていいほど明かりがなかった。
いや、明かりはあった。
扉を開けた先、窓の側にある物書きができるようにと備え付けられた机。
その上にある明かりがぼんやりと、部屋を照らしていた。
そしてそれと一緒に見える白銀の髪。
間違いなく、この部屋の主。
エドワードは小さくため息をついた。
エドワードはいつだったか、マーシャルをこの部屋から食堂へと引っ張り出したことを思い出す。
あの時も今と同じような感じだったと、どこか懐かしさすら感じていた。
「シャル」
エドワードはその背中に声をかける。
聞こえているはずの距離なのに、マーシャルからの返事はない。
そのことにため息をついたエドワードは、そっとマーシャルの側へと近付きその様子を観察した。
――――――銃か?でも誰の?
エドワードは少し考えて、ああ、と納得する。
騎士たちがシェイラが訓練場に来て魔道具を使う練習をしていると言っていたことを思い出したのだ。
ということは、エドワードが今目にしている銃というのはシェイラのものであり、そこそこ値の張る代物であるということを、エドワードは予想する。
そしてそれは今、マーシャルの手によって見事に分解されていた。
「おいシャル」
返事は返ってこない。
まるで本当に気が付いていないかのように。
いや、マーシャルはのめり込みすぎて全くエドワードの存在に気が付いていない。
見えていないと言ったほうが正しいのかもしれない。
「シャル?・・・・シャル!」
「っ!?えっ!?エド!?なんでここに!?」
耳元で聞こえてきた大きな声にマーシャルは肩を大きくビクつかせてそちらを見る。
その手はしっかりと解体している銃を握り締めていた。
エドワードはマーシャルの姿を見て驚き、マーシャルはエドワードの登場に内心で慌てる。
なぜなら、マーシャルは備え付けの風呂で水は浴びているものの、身なりを整えているわけでもなければ、ここ最近はまともな食事をとっていない。
そのため、ただでさえも華奢だった体は、病気かと疑うほどに痩せ細っていた。
「・・・・確かにこれは重大任務だな」
エドワードはマーシャルの姿に、ついついしわが寄った眉間を押さえた。
その声色は呆れている。
エドワードはマーシャルの腕を掴むと、持っていた解体途中の銃を机に置いてマーシャルを部屋の外へと連れ出したのだった。




