◆第61話
王城からほど遠くない城下の酒場。
そこには、仕事の疲れを癒しに酒を求める男たちが集まっていた。
その中に一際目立つ2人。
女性の心を奪ってやまない美貌を持つエドワードと、エドワードの同期でもあり王族護衛の近衛騎士であるユーリウスの姿があった。
「いやぁ、さすがに面食らったね」
ユーリウスは中性的だと言われる顔に笑みを作って、豪快に酒をあおる。
その表情はどことなく楽しそうだ。
それと反比例するように、エドワードの顔は険しいものになっていく。
「たまったもんじゃないぞ」
そう吐き捨てると、エドワードはグラスに入っていた酒をいっきに飲みほした。
これではまるで自棄酒であるが、エドワードが自棄酒をしたくなる気持ちも、同じ騎士であるユーリウスにもわからなくはない。
何と言っても、若手と言ってもゆくゆくは自分たちと同じように王族や国民を守らなければならない立場の者が、20歳の少女に負けたのだから。
それも完敗。
マーシャルが最終的に二日酔いの頭痛に耐え切れず根を上げるまで、誰一人としてマーシャルに勝つことなどできなかったのだから。
「エリック様も酷なことをするな」
「酷なんてものじゃないだろ。どうするんだよ、あいつら」
侮っていたとはいえ、体格も力も自分たちより劣っているであろうマーシャルに負けたのだ。
騎士として毎日剣を振るっていた彼らからしてみれば、積み上げてきた自信が消え去ったようなものだ。
エドワードは笑えないと、ため息をついく。
「どうするも何も、悪いのは彼らだからね」
ユーリウスの言うことは最もである。
エドワードがいつも相手にしている街のゴロツキは、相手は誰がどう見ても悪者だと言わんばかりの風貌でいるのに対して、ユーリウスのような青騎士たちは、むしろ手慣れた刺客や令嬢や殿方に扮した相手と対峙しなければならない。
彼らは見た目と戦っているわけではないのだ。
「僕たちからしてみれば、あれは本当にいい訓練になるよ」
「シャルか?」
エドワードはどこか呆れたように言う。
「だってあの容姿、細さ、筋力で、騎士たちなぎ倒しちゃうんだよ?」
「なぎ倒すって表現は間違ってるだろ」
エリックに手合わせのルールを聞けば、さすがにマーシャルに怪我を負わせるのはまずいと思ったようで、寸止めで急所に入ったほうの負け、というルールだったそうだ。
「いいんだよ、そこはどっちでも。でも本当にいい訓練だと思わない?あの見た目であの強さだよ?刺客として来られた時の訓練になる」
「・・青騎士はな」
「あの子たちはまだ配属されてないでしょ。何人かはうちがもらうことになるんだから」
「正直、頑張ってもらうしかないが・・・・あいつらはただただ不憫だな」
まさか女に負けるなど夢にも思っていなかっただろうと、エドワードは内心で憐れむ。
それをくみ取ったかのように、エドワードの前に座るユーリウスはため息をついてから呆れたようにエドワードを見た。
「彼らはマーシャル嬢の実力を見誤っただけだよ。まぁ、それすら戦場に出れば命取りになるんだけど。相手が必ず騎士服を着た体格のいい男だとは限らないんだから。これからはそういう目も養ってもらわないとね」
ユーリウスはそう締めくくると、空になったグラスをテーブルの端に置いて、次に飲む酒を注文する。
店員はもうひとつ空になったグラスを見つけて、エドワードにも質問する。
エドワードは少しだけ迷ってから、ユーリウスと同じものを店員に頼んだのだった。
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「姉さま、魔法を教えてくださいな」
マーシャルは今、非常に逃げたい気持ちでいっぱいだった。
いまだに王城から実家に帰れないマーシャルは、いつも通り騎士たちの訓練を日向ぼっこをしながらぼーっと見ていた。
時々騎士たちがマーシャルのことを戦々恐々と見ていたが、それには持ち前の図太さで無視を決め込んでいた。
もうすぐ昼にもなるかしら、なんてマーシャルが自分のお腹の具合を確かめていたときだった。
ふいに鈴が鳴るような可愛らしい声がマーシャルの耳に聞こえてきたのは。
「・・・シェイラ様、とディートリア様」
マーシャルは途端に顔を引き攣らせる。
どうしてここに、という言葉を呑み込んだマーシャルであったが、シェイラの後ろにいたディートリアは気が付いたようで、シェイラに見えないようにクスクスと笑っていた。
いきなりの登場に驚いたのはマーシャルだけではない。
訓練をしていた騎士たちは、普段はあまり見ない王族の登場に、この前こっ酷くマーシャルを使ってエリックに扱かれたばかりであるのに、ついついその手を疎かにする。
「このようなところに護衛もなしにいらしては困ります」
マーシャルは2人の側に青騎士がいないことに気が付きそう言うと、シェイラはにっこりと笑って見せた。
「姉さまがいらっしゃるもの、問題はないでしょう?」
―――――いやあるだろ。
そう切り返さなかった自分を褒めたいとマーシャルは心底思う。
「心配なさらずとも、直に・・ああほら、来ましたよ」
ディートリアは特に悪びれることもなく、遠くの方から走ってくる青色の騎士たちを指さして言った。
その姿に憐憫の情を向けてしまうのは仕方ないと、マーシャルはこちらに向けて走ってくる騎士に心の中で言葉を向ける。
やっと3人の元へと走りついた青騎士は息を切らしていた。
相当焦ってきたんだろう。
もはやその表情は疲れ切っていた。
「勝手にいなくならないで下さいと、あれほど申しているでしょうっ!」
切羽詰まったように言う青騎士の顔は赤いようで青い。
それもそうだ。
王子と王女の護衛を仕事としているのに、気が付いたら護衛対象がいなくなっていて、その行き先がわからないのだから。
「置手紙はしてきたわ」
「そういう問題じゃないんです!」
青騎士は必死だ。
マーシャルはそんな様子を見ながら、このまま自分だけどこかへ行けないだろうかと考える。
が、まるでそれを見透かしたように、ディートリアがマーシャルの腕をつかんだ。
マーシャルは舌打ちはしなかったものの、顔を引き攣らせた。
「ディー、トリア様?」
「ディーでいいよ、お姉さま?」
お姉さまと言われた言葉に、マーシャルは顔をさらに強張らせる。
何がいいのかわからないと、マーシャルの顔は物語っている。
「その手を離していただけます?ディートリア様」
「ここにいてくれます?お姉さま」
その言葉にマーシャルは首を縦には振らない。
そんなマーシャルをディートリアはにこにこと笑顔で見続ける。
――――――何の拷問よ、これ。
マーシャルはしばらくディートリアと笑顔で見つめ合った後、深いため息をついた。
「わかりましたから。ですからその手を離していただけますか」
「逃げません?」
「逃げませんから」
マーシャルが完全に諦めたのを感じたディートリアはにっこり笑ってからその手を離した。
「それと、姉さまって呼ぶのはやめてほしいんですけど」
「それは無理ですね」
「え、なんで」
「姉さまの姉さまなら、僕の姉さまでしょ?」
「そんな恐れ多いこと、」
「よく言うよ。友達と話してるみたいだよ?」
ディートリアにそう指摘されたマーシャルは自分が口にしていた言葉遣いにハッとする。
気を抜くとすぐに普段通りの話し方になってしまうのだから、いずれわかってしまうのだけれど、マーシャルが思っているよりも早く露呈してしまった。
思わず、マーシャルは礼儀作法に厳しいレイモンドが住んでいる屋敷のほうに向かって謝ったのだった。




