◆第60話
マーシャルは無言で自分のこめかみを押さえていた。
その様子をチラチラと伺うように見るのは、昨晩マーシャルが食堂で大の男が引くほど酒を飲んでいたから。
その視線すらも、今のマーシャルにとっては苛立ちの種の一つでしかない。
マーシャルはもはや日課になりつつある騎士たちの訓練を見ながらため息をつく。
そしてその息の酒臭さに、また苛立ちを感じるのであった。
「荒れてるねー」
ピリピリとした雰囲気を醸し出しているマーシャルに話しかけたのは、黒騎士を纏め上げる猛者のエリックだった。
エリックも昨日のマーシャルの話はエドワードとキャレットを通して聞いていた。
第一王女であるシェイラがマーシャルに魔法師として師事してほしいと言ったこと。
それにマーシャルが断固として拒否していること。
そして何ともなりそうにないこの状況に食堂でかなりの量の酒を煽っていたこと。
当然ながら、今日は二日酔いになっているだろうこと。
エリックは、顔色の悪いマーシャルを見て苦笑を漏らした。
「昨日自棄酒したんだって?騎士たちが引くほど飲んだらしいじゃないか」
自慢ではないが、荒くね者を束ねている黒騎士たちは、そういう習性なのか性分なのか、大半が酒に強い。
その黒騎士でさえ、マーシャルの飲む酒の量に顔を引き攣らせていたのだ。
しかしマーシャルは引かれようが、女じゃないと罵られようが、飲まなければやっていられなかったのだ。
「いいじゃないか、王女様に教えるの」
「簡単に言ってくれますね」
マーシャルの声は低い。
頭痛がひどいため大きな声を出せないというのも原因でもあるが、なによりマーシャルはその無責任ともとれる言葉にひどく苛立った。
「私はあなたたち貴族とは違うんですよ」
「・・・・・」
その言葉には棘がある。
マーシャルもそれをわかって言っているし、エリックもその棘をしっかりと受け止めている。
2人の間に殺伐とした雰囲気が流れた。
それに慄くのは、そっと2人の様子を伺っていた訓練中の騎士たち。
「そもそも私は魔法師じゃないし、人を教える立場じゃない」
それはまるで自分に言い聞かせるようだと、エリックは感じた。
マーシャルの言う通り、マーシャルは魔法師ではなく精霊師だ。
そもそも魔法を駆使する媒体が違う。
「そんな難しく身構える必要はないと思うけどね」
エリックはいつぞやに見た温和な笑みをマーシャルに向ける。
しかしその目はマーシャルではなく、こちらを気にするあまり訓練が疎かになりつつある騎士たちに向いている。
ああ、あいつら後で大目玉だなと、マーシャルは騎士たちを憐れむ。
「師事するというよりは、王女の友達として教えてほしいんだと思うよ」
「それこそ無理でしょ」
マーシャルはエリックの言葉をばっさりと切り捨てる。
平民が王族とお友達など、他の貴族たちに知られた時が怖い。
エリックはマーシャルの言葉に笑いをこぼす。
「私たちにそんな口の利き方ができるんだ。問題ないだろう」
「それとこれとは話が別です」
マーシャルは苦虫を噛み潰したような、苦々しい表情を向ける。
しかしエリックと目が合うことはない。
「シェイラ様だとて、優秀な魔法の使い手だ。元々は魔法師団の団長に教えてもらっていたからな。しかしまぁ、彼らも権力にはめっぽう弱い。彼女には強く叱れなければ、物を言うこともない」
「いやでも」
「シェイラ様が学びたいのは魔法のいろはではないよ。シェイラ様が学びたいのはおそらく、マーシャル嬢の、魔法に対する姿勢、ではないのかな」
そう言ったエリックはしっかりとマーシャルの真紅の瞳を見ていた。
エリックの言葉に、マーシャルを見るその瞳に、嘘の色はない。
思わず黙ってしまったマーシャルに、エリックは「さて」という言葉をかけた。
そして立ち上がると、マーシャルの方へと体を向けた。
日が当たっていたマーシャルの体に、少し大きめの影ができる。
「なに、」
「マーシャル嬢。体を動かしたくはないですか?」
「・・・は?」
突然の問いかけに、マーシャルは相手が貴族だとか騎士団長だとか、自分が女だいうことを忘れて、素で言葉を返した。
その反応にエリックは笑みを深める。
その笑顔にマーシャルは顔を引き攣らせた。
「うちの騎士たちは優秀ですけど、気になることがあると手元がどうも疎かになるらしい」
エリックはすいっと、マーシャルから訓練をしている騎士たちに視線をそらす。
その瞳は間違いなく光っていた。
「マーシャル嬢は剣を嗜んでおられるとか」
「・・誰情報ですか、それ」
間違っても兄であるレイモンドが言うはずはないと、マーシャルは思っている。
「ここの訓練場で剣を振っているところを見かけた騎士は何人もいますよ。なかなかな剣筋だったとか」
その言葉に、マーシャルはしまったという顔をしたがすでに遅い。
エリックの言う通り、小さなころから街の男の子たちと剣を習い、素材集めのために魔物を狩り、時には王都のギルドでお世話になったマーシャルの剣の腕は、すこぶる良い。
ギルドでその剣の腕を買われてチームに誘われるくらいには。
「なにが言いたいんですか」
マーシャルはため息混じりにそう言った。
エリックの読めない笑顔に付き合うほうが精神的に疲れることに気が付いたため、早々に切り上げようと考えたのだ。
「彼らと手合わせしませんか」
「・・・・・・・・はい?」
この男はこんな冗談を言う男だっただろうかと、マーシャルはエリックの顔を見る。
その顔は相変わらず笑顔だ。
訓練を疎かにしていた騎士に見せる厳しい顔はそこにはない。
しかし、それなのに、マーシャルにはその厳しい顔よりも恐ろしく見えた。
――――――笑顔って、凶器よね。
マーシャルは笑顔を凶器にできる人を頭の中で思い浮かべる。
「わかりましたよ、やればいいんでしょ、やれば」
こうなればヤケクソだと、マーシャルは思っている。
マーシャルは立ち上がると、満足そうに微笑むエリックを睨み付けた。
「おい集まれ」
一際大きな声を出したエリックの元に、わらわらと集まってくる騎士たち。
集まってきた騎士たちは、エリックの側にいるマーシャルの姿を見て、口にはしないが疑問符を浮かべていた。
「今からマーシャル嬢と手合わせをしてもらう。よかったな、今日は悪魔の副団長でも鬼の団長でもないぞ」
エリックの言葉に騎士たちはなんとも複雑な表情をしてみせた。
当然だろう。
今まで鬼のように強い相手と手合わせをしてきたのに、いきなり若い女と手合わせをしろと言うのだから。
マーシャルを見る騎士たちの目は、何かとても変なものを見るかのようだった。
それにマーシャルが苛立ちを感じたのは言うまでもなく。
彼らは数分後に後悔することになる。
マーシャルを侮っていたことに。
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エドワードは午前中、王都の巡回にあたっていた。
あらかじめ決めておいた巡回ポイントを何の問題もなく通り過ぎていき、帰る頃になると、どこからともなく現れる街娘に押しつぶされていく。
それがエドワードの巡回のパターンだった。
それを振り切るようにして宿舎に帰ってきたエドワードが見たのは、きのこが生えそうなほど落ち込んでいる若き騎士たちの背中。
そして手合わせをする騎士たちの姿。
そこに混ざる、白銀の髪。
「団長、何してるんですかこれ」
「おおエドか。おかえり。今日も平和か?」
「はい。そうではなくて、これ何ですか?」
これ、というのは異様なほどに落ち込んだ騎士たちと、木製の剣を楽しそうに振るうマーシャルの姿。
「すごいな、マーシャル嬢。騎士団に欲しいわ」
「はい?・・・まさかこれ全部シャルが?」
信じられないものを見ていると、エドワードは思った。
いくら新人とはいえ、日夜エドワードとエリックが扱いているはずなのに、どうしてこうもアッサリと負けるのか、エドワードには理解できない。
「相手が美人で愛らしい女だと思って侮るからああなるんだよ。いい訓練になった」
エリックはご満悦だ。
エドワードは二日酔いだろうマーシャルをただただ不憫に思うのであった。




