◆第59話
「どういうことか説明していただきたいんですけどっ!」
開口一番、マーシャルは礼儀も作法も全て忘れて、この国で最も高貴で最も権力のある人物に噛み付くように言ってのけた。
マーシャルの以前見たときとは正反対ともいえる態度に目を丸くしながらもどことなく楽しそうな顔をして出迎えたのは、宰相であるヒュースと仕事をしていた、キャレットであった。
「マーシャル嬢?」
ヒュースは何事かとマーシャルのほうを見るも、マーシャルの真紅の瞳はキャレットしか映していないようだ。
まるで毛並みを逆立てた猫のようなマーシャルの様子に、ヒュースはおそらくシェイラ関係かエドワード関係だろうと目星をつける。
そして、自分の隣に立つ国王陛下であるキャレットの楽しそうな表情を見てため息をつくのであった。
「どれの説明かな?」
「シェイラ様ですっ!」
マーシャルはキャレットの胸倉を掴まん勢いでキャレットの側までやってくる。
その顔は必死そのものだ。
ヒュースはやはりこうなったかと、心のうちでため息をついた。
レイチェルを牢屋に入れたその日の夜に言った、シェイラの爆弾発言。
『魔法師になりたいから王位は継がない』
なんともおそろしいことを言い放ったものだと、ヒュースはひとり遠い目をして思った。
確かにそれで表立った王位争いはなくなるものの、おそらくこのままシェイラが何の問題もなく魔法師としての才能を育てていけば、再びシェイラを王位にという声は高くなっていくだろう。
それをヒュースは面倒くさいと思う。
本人たちが決めればよいことを、なぜ貴族たちが外から意見を述べてかき乱してくるのか。
馬鹿馬鹿しいと、自国のことであるのにヒュースは考えていた。
「シェイラ?ああ、やはりお嬢さんのところに行ったか」
キャレットはそう言うと、それはそれは綺麗な笑顔をマーシャルに向けた。
キャレットはある程度の確信を持っていた。
シェイラはマーシャルに助けられて魔法師になりたいと言った。
ならば、そのシェイラが師にと選ぶのは、自分を助けてくれたマーシャルだろうということは容易に想像できたからだ。
「どういうことですか、魔法師になりたいって!?しかも私に師事!?なんの冗談ですかこれ!?」
マーシャルは面白いほどに動揺している。
この国の国王に敬意を忘れて話すくらいには戸惑っていると言ってもいい。
「この前シェイラが突然言い出したんだよ、魔法師になりたいと。その理由はきっとお嬢さんもシェイラから聞いたね」
「はい」
少しだけ落ち着きを取り戻したマーシャルは、キャレットの言葉に首を縦に振る。
「それならシェイラがなぜお嬢さんを師にしたいかも聞いたんじゃないかな」
「はい、聞きました。しかし納得はできません。この王城にはこの国屈指の魔法師たちがいます。その人たちがいるのに私に師事するなど恐れ多すぎて務まりません!」
ていうか無理です!と声高に言ってのけるマーシャルに、キャレットは首を捻って少しだけ考えるような素振りを見せた。
「確かに魔法師団は優秀だし随一だと思っているけど、あれはシェイラに甘い」
「はい?」
「シェイラはあれでもこの国の第一王女だからな。いくら魔法師団といえど身分はほとんどが貴族。権力と地位には弱い」
その言葉で、マーシャルはすべてを理解してしまって、その場で思わず遠い目をしてしまう。
つまり、魔法師団は魔法の実力は本物だけど身分は貴族だから、権力や地位には抗えないと。
おまけにシェイラは婚前の、もうすぐ成人を迎えた愛らしい娘だ。
この期にシェイラとお近づきになれれば、もしかしたら玉の輿だなんてこともありえるのだ。
「・・・シェイラ様のあれは一時の感情、ですよね?」
マーシャルはそうであれという願いを込めてヒュースとキャレットに問う。
その言葉に2人は顔を見合わせてから、何も言わずにマーシャルの肩を叩いたのだった。
どうやらこの国の第一王女は本気らしい。
マーシャルの「嘘だ・・」という小さな呟きは、肩を叩いた2人にしか聞こえなかった。
----------------------------------------
「おい、あれどうした」
今日の業務を終えたエドワードは、一日の疲れと空腹を補うために、騎士たちで賑わう食堂へと顔を出した。
そして気が付いたのは、食堂の一角が異様なほどに空気が重いこと。
空気の重たいそこは、暗いくせに人が集まっているようにも見える。
エドワードはそれを不思議に思い、この食堂の料理長に料理を盛ってもらいながら質問した。
「ああ、あれか」
料理長はその一角を少しだけ目に映したものの、すぐに料理へと視線を移す。
その動作を確認したエドワードは大したものではないのかと興味をなくす。
エドワードは、どこかの団の騎士が街娘にでも振られたのだろうと予想していた。
それか、破談。
どちらにせよ女関係の何かだなと結論付けたエドワードは、どこか空いている席がないかと探し始める。
「あれは嬢ちゃんが自棄酒してるんだよ」
「・・・・・・・は?」
エドワードはその言葉の意味を理解するのにたっぷりと時間を使った。
しかしその頭は疲れているのか、はたまたその言葉の意味を理解したくないのか、料理長の言葉をうまく呑み込んでくれない。
「誰が何してるって?」
「・・嬢ちゃんがちょっと前にここにきて、随分荒んでたな。ありったけの酒を買い込んで持ってきたんだよ」
料理長の言葉にエドワードは深いため息をつく。
いったいマーシャルは何をしているんだと、自分のこめかみを押さえながら人だかりのあるほうに視線をやった。
「これも一緒に持っていってくれ」
そう言ってエドワードが渡されたのは大きめのグラスに並々入れられた水。
それだけで、エドワードがこの後どこに向かわなければならないのかがわかる。
いや、自分で向かおうとしていたのか、と、エドワードは自分に苦笑した。
「食べたら連れて帰るよ」
「ああ、そうしてくれ。ここは飢えた狼が多すぎる」
料理長の言葉に「俺もだよ」と心の中で返したエドワードは人だかりが出来ているそこへと迷うことなく歩いていく。
人が多くいたはずなのに、エドワードが歩くそこにはさも当然のように道が出来ていき、エドワードは特に人と当たることなくマーシャルの側へとやってこれた。
―――――――おいおい、マジかよ。
人だかりの中心にいたマーシャルの姿を目にしたエドワードは頭を抱えなかった自分を褒めてやりたいと心底思ってしまった。
エドワードはとりあえず自分が持っていた盆を机の上に置くと、酒を浴びるように飲んでいるマーシャルの前に水を差し出した。
そしてやっとマーシャルは隣にエドワードがいたことに気が付く。
「エド?」
こてんと、なんとも可愛らしく首をかしげてエドワードの名前を呼ぶその光景は、悶えるほどに愛らしいのだが、その周りに転がる酒樽の量が可愛くない。
一体何本飲んだんだと、数えるのも嫌になるその量に、エドワードは眩暈を覚えた。
「何したらこんな自棄酒になるんだ」
エドワードは隣に座りながらそう聞くと、マーシャルはエドワードが持ってきた水をぐいっと飲んで口を尖らせた。
「なんで私がシェイラ様が魔法師なるまで面倒見なきゃいけないのかがわからない」
そう言ったマーシャルはまた、新しい酒樽を開けてグビグビと飲んでいく。
周りの騎士の中に引いている騎士を見つけて、エドワードは残念そうにマーシャルを見てしまう。
「面倒見るのか」
エドワードは意外そうに言いながら、今晩のメインである骨付き肉にナイフを入れた。
骨がついているのにナイフなんだなと、どうでもいいことをマーシャルは考えてから、酒を飲んでエドワードの質問とも確認とも取れる言葉に返す。
「まだ何とも。ただシェイラ様は本気のようですね。今日陛下とヒュース様に直談判しに行きましたけどダメでした」
「・・・・・お前、」
誰だよ、陛下に会うのに緊張してるとか言ったやつ。
と、エドワードの表情と目が、雄弁にそう語っていた。
そしてエドワードはつくづくマーシャルは普通ではないと思ってしまうのだった。




