◆第58話
第2部です(^^)
マーシャルは例になく緊張していた。
手の汗が半端ないと、どうでもいいことを考えるくらいにはテンパっている。
よく国王陛下と会ったときにエドワード(イケメン騎士で公爵様)の手を握っていたものだ。
今なら言える。
断言できる。
あの時も手汗は凄かったはずなのに、自分馬鹿なんじゃないだろうかと。
そんなタジタジなマーシャルの前には、美味しそうな赤みを帯びた紅茶とフワフワのお菓子が皿に盛られている。
そしてそのさらに奥。
マーシャルに対面して座っているのは、この国の第一王女であり、少し前まで宝石箱に閉じこもっていたシェイラだった。
ニコニコとご機嫌なシェイラと反対に冷や汗タラタラなマーシャル。
と、いうのも、マーシャルは高貴な人に会うという緊張以外にも、色んな意味で緊張していた。
なぜなら。
―――――――どれだけ思い返しても、第一王女に無礼な発言しかしてないわ。
という、なんとも今更な後悔をマーシャルがしていることにある。
自分が宝石箱に閉じ込められている間、シェイラに対して一体何を言ったか定かではないが、とりあえず人によっては不敬罪と言われても差し支えない程度のことは言ったと、マーシャルは記憶している。
そんなときに、王女自らの呼び出し。
これにビビらないはずがない。
「・・・えっと、」
「あなたが、宝石箱に閉じ込められていた私を助けてくださった精霊師様?」
マーシャルが何か言ったほうがいいのかと、とりあえず言葉を発した時に、それに被さるようにして聞こえた鈴が鳴ったような声。
王女様ってずるいな、とマーシャルはどうでもいいことを思う。
「・・・そういうふうになってますね、一応」
何が一応なのかというと。
仮にも王位継承権第一位の王女様が宝石箱に食われていなくなったとは、口が割けても言えないわけだ。
国民に向かって。
そのため、大々的になにかをするわけにもいかず。
かといって、なにか恩賞を与えるにしても、大きすぎるものは貴族たちが黙っていない。
そもそも、この国を背負って立つかもしれない王女を平民が助けたという事実自体が、貴族たちは気に入らないのだ。
そんなものを公言できるはずもなく、マーシャルは一応という言葉を付け加えたのだった。
「そう・・あなたが、」
「あ、あの、あの時は本当に申し訳ありませんでした!いくら宝石箱の中に閉じ込められていたとはいえ、王女様に向かってあのような口の利き方はよくありませんでした!」
マーシャルはガバッと勢いよく立ち上がると、その場で頭を下げた。
それに驚いたのは目の前にいたシェイラよりもお茶を持っていた侍女たちのほうだ。
いきなり何事かと、扉の前に立っていた騎士たちも確認しに来る始末で、マーシャルはいろいろと悪目立ちしているのだった。
そんなマーシャルの耳に聞こえてきたのは、鈴が鳴ったようなクスクスという笑い声だった。
「頭を上げてください、マーシャル様」
「私平民なんで様付けは止めてください!」
むしろそっちのほうが精神的ダメージが大きいということをシェイラは知らない。
この国で最も高貴な王族に様付けで呼ばれるなど、どれだけの精神的苦痛があろうか。
これがレイモンドにでも聞かれればたまったもんじゃないとマーシャルは必死でシェイラの様付けを止める。
縋るようなマーシャルの様子に同情のような哀れみの視線を向けるのは侍女と青騎士たち。
見てはいけないと悟ったのか、青騎士たちはそっと、入ってきた扉を閉めて出ていってしまった。
「でも・・マーシャル様は私を助けてくださった恩人だわ」
「そ・れ・で・も・です!私はお姫様に様付けされるような身分でもなければ立場でもありません!」
そうは言いながらも王女と顔を突き合わせて言いたいことを言ってのけるマーシャルの姿に、侍女たちは流石だと思えてしまうのだった。
「ではどのようにお呼びすれば?」
「マーシャルとお呼びください」
マーシャルは半ば食い気味に告げると、小さくため息をついた。
シェイラはそれに頷こうとはしない。
「ではマーシャル姉さまとお呼びしますね」
「なぜだ」
マーシャルは相手の立場を忘れて思わず素で返してしまった。
シェイラの思考回路が全く読めないマーシャルにとって、シェイラの一言一句はもはや凶器でしかない。
一体どういった考えをすればマーシャル様がマーシャル姉さまに変わるのか、マーシャルには到底理解できない。
「私、お姉さまが欲しかったんですの」
そんなことはマーシャルの知ったことではない。
確かにシェイラより2つばかり上になるため、姉さまと言われても差し支えはないのだが、如何せんその立場に大きな問題がある。
マーシャルは頭を抱えたくなるのを必死でこらえて、自分のことを姉さまと連呼するシェイラを止めにかかる。
「シェイラ様、さすがに姉さまも、」
「姉さま!私、お姉さまにお願いがあって今日はお呼び立てしましたの!」
マーシャルの言葉を遮ってそう言ったシェイラは、一体いくつの子どもだと言わんばかりに金色の瞳を輝かせていた。
それに少し引き気味のマーシャルは「・・お願い?」と自分の意見を引っ込めてそう聞くしかなかった。
シェイラは侍女に新しい紅茶を注がせると、マーシャルを先ほど座っていた席へと促す。
どうやら座らなければ話は進まないらしい。
マーシャルは仕方なく先ほど座っていた席に腰を下ろして、やっとのことで紅茶に口を付けたのだった。
「姉さま、私に魔法を教えていただきたいんですの」
「ぶっ」
「まぁ姉さま、大丈夫!?」
大丈夫なわけがないと、マーシャルは内心で愚痴をこぼすが、そんなことを相手に言えるわけがない。
むしろ、思いがけない内容に口に含んでいた紅茶を噴きそうになったのを寸でのところで飲みこんだ自分を褒めて欲しいと思っている。
ひとしきりむせたマーシャルは落ち着きを取り戻した後に再確認するように「魔法?」と聞いてみる。
あわよくば自分の聞き間違えであれと願ってみれば、マーシャルに返ってきたのはにこやかな笑顔で頷くシェイラの姿だった。
「なんでまた・・」
「私、箱の中で白い精霊に助けられました。とても温かくて優しくて、そしてそんな力を使うことのできる姉さまが凄いと思いました」
そう言ってシェイラは休むように紅茶を一口飲む。
それとは正反対に、マーシャルの紅茶を口につける動作は鈍くなっていく。
マーシャルは嫌な予感しかしてこなかった。
―――――帰りたい。
王女の目覚めを待たなければよかったと、そう切実に思うくらいには。
「私もそうなりたいと、強く願ったのです」
「ハハハー・・」
もはや笑い声しか出てこなかった。
マーシャル数秒前の嫌な予感は見事に的中し、乾いた笑い声を上げるという対応しかできない。
なぜこうなったとマーシャルがいくら問いただしてみても、その答えは返ってこない。
マーシャルは自分の最善を尽くして、あの宝石箱を開けただけなのだから。
「ですから、私に魔法の使い方を教えていただけませんか」
「・・・魔法でしたらすでにシェイラ様は扱えますでしょう。(知らないけども)とても優秀だとお聞きしております。何より、ここは王城。魔法に秀でたものなど沢山おりますでしょう」
マーシャルはそれらしいことをたくさん並べていく。
事実、この王城には騎士団とは別に魔法師で構成された魔法師団が存在する。
そんな人たちを差し置いて自分が王女を師事するなど、そんな自殺行為はしたくないとマーシャルは思う。
ただでさえもマーシャルはいろんな人から恨みや妬みを買っている存在なのである。
これ以上そういった類のものを寄せ付けないように大人しくしたいのだった。
「私はこの魔法で、この国を守っていきたいのです」
「ならば尚更、魔法師団の方に支持を受けるべきではないですか?」
彼らはこの国きっての有能な魔法師たちだと、マーシャルは念を唱えるように自分の中で幾度となく反芻させる。
「あの方たちは私の魔法を褒めるばかりで、実戦的なことは何一つ教えてなどくださらないわ」
だからお姉さまにお願いしてるの、と、シェイラは可愛らしく笑って言ったのだった。




