◇第55話
王城内は、かつてないほどに慌ただしかった。
その理由は王女の目覚め。
宝石箱に食われた王女が、一体どうやってか自ら箱のふたを押し上げて出てきたのだ。
その瞬間を見た者はいない。
彼女の私室にあたっていた青騎士は扉の前に立っており、王女付きの侍女も私室にはいなかったからだ。
しかしそれもつかの間。
魔力を根こそぎ持っていかれた王女のシェイラは、その場で倒れた。
その倒れた音を聞いた青騎士によって、シェイラは発見されたのだった。
そしてマーシャルが王城につく今に至るのだけれども。
依然として、マーシャルの現状が変わっていない。
マーシャルは相変わらず、どこかご機嫌にも見えるエドワードに抱えられて王城の廊下を歩いていた。
この姿を目撃する侍女や侍従はぎょっとして、そして何も見ていないと言わんばかりに目をそらしていくのだった。
―――――――居たたまれないわ。
マーシャルは周りのその反応を見ながら小さくため息をついた。
いまだに知り合いに会っていないだけマシだろうかと思ってはみるものの、エドワードが自分をどこまでこの状態で連れていくつもりなのか知らない。
それがマーシャルにとって、今一番懸念することであった。
せめて扉の前で下してくれれば・・と、マーシャルは一人思うのであった。
「エド!・・と、マーシャル嬢だよね?」
この状況をどうのように打破しようかと考えていたマーシャルの耳に届いたのは、この王城に来てから聞くようになった声だった。
そっとマーシャルは声のするほうを見る。
そこには先ほどマーシャルたちに会って王女の無事を知らせてくれたヒュースが立っていた。
彼の顔は驚きに満ち溢れている。
「こんな時に何してるんですか、あなたは」
驚きの表情を瞬時に隠したヒュースはエドワードに少しきつめに声をかける。
咎めているといってもいいほどの言い方だった。
「悪いことしてないから。シャルが腰抜かしたからこうするしかなかったんだよ」
エドワードはしれっと、当然のように答える。
腰を抜かして歩けない状態だったマーシャルはそれに何も言わずに目線だけを彷徨わせる。
そんな2人の姿を交互に見たヒュースは盛大なため息をついてみせた。
「馬鹿ですか?いくら今慌ただしいからって見てる人はいるんですよ。特にエド。マーシャル嬢にそういった意味での危害が加わったらどうするんですか?」
「全力で叩き潰す」
「・・・・・お前は・・」
ヒュースはすっかり頭を抱えてしまった。
ヒュースは思っていた。
自分の幼馴染であるエドワードという男は、自分が思っている以上に女性に人気があることを知らずにいると。
エドワードに限って、目が合っただけで女性の方が恋に落ちるという現象が起きてしまうのを、ヒュースは幼き頃より幾度となく見てきた。
そんな男がどこの令嬢かもわからぬ年頃の女性を横抱きにして王城内を練り歩いてきたなど、頭を抱える以外にどのような反応があるだろうか。
ヒュースは思わず、マーシャルに同情の視線を送ってしまうのだった。
「・・・で?それで謁見するんですか?」
「さすがにそれはなぁ。シャル、そろそろ立てるか?」
そう言いながら、エドワードはマーシャルをそっとおろす。
マーシャルは久しぶりに足が地に着くという安心感を手に入れると、体に力を入れてその場に立ち上がる。
どうやらもう腰は抜けていないようだった。
「大丈夫そうですね」
「はい。・・・あの、本当に陛下にお会いするんですか?」
マーシャルはできればしたくないという意味を込めてヒュースに問う。
ヒュースはマーシャルのお転婆ぶりも令嬢らしからぬところも知っているため、苦笑交じりに答えた。
「大丈夫ですよ。陛下はいかつい顔をしておられるだけで優しい方ですから。というよりも、あの方こそもう少し立場を弁えてほしいですね」
そう言ってのけたヒュースはどうぞと、すぐ側にあった部屋を案内する。
どうやら目と鼻の先にこの国のお偉いさんはいたようだった。
マーシャルの身体が強張る。
それを見透かしたように、エドワードは先ほどのようにマーシャルの手をぎゅっと握った。
「陛下。マーシャル嬢をお連れしました」
ヒュースはそう告げると、定位置なのか、陛下の側へとそのまま歩いていってしまった。
残されたのはガチガチに緊張したマーシャルと、そんなマーシャルを苦笑交じりに見るエドワードの2人。
「俺と同じようにすればいいよ」
エドワードはそっと、マーシャルの耳元でそう呟いて優しく笑いかけた。
それにマーシャルは少なからず胸を撫で下ろしたのだった。
2人は膝をつき、頭をたれ、陛下の言葉を待つ。
2人のその様子を少しばかり見たあと、静かな空間に少し重ための声が響いた。
「面を上げよ」
その言葉に、エドワードとマーシャルはそっと、自分の頭を上げた。
マーシャルはこの時初めて、自分の住む国の王を見た。
初めて見たこの国の王は、マーシャルが思っていたよりも若く見えた。
それなりに歳は召しているのだろうと推測はできるが、詐欺かよ、と心で突っ込みを入れたくなるほどにはその年齢がわからない。
改めてマーシャルは美形は怖いと思ったのだった。
「そなたがシェイラを救ってくれたのか?」
その言葉に、マーシャルは少しの違和感を覚えた。
自分は最終的には王女を救っていない。
マーシャルがしたことは、
「いいえ、私がしたのは王女様が箱を出られる手助けでございます」
マーシャルはそう、臆することなく、ただ真っ直ぐに金色の瞳を見て言った。
そんなマーシャルの言葉をどう受け取ったのか、キャレットはいかついと言われた顔の眉間に深いしわを作る。
そしてその数秒後。
「陛下。笑われるなら笑ってください。顔が変ですよ」
「・・・フフッ、ハハハ、あー、おかしい、ハハハッ」
ヒュースの失礼極まりない一言の後、王座に座るキャレットは盛大に笑った。
それに呆気にとられたのはマーシャルだった。
「だから言っただろ。心配すんなって」
「そんなこと言ったっけ」
「あれ、言ってないか?」
なんとも適当である。
マーシャルはそんなエドワードに舌打ちをつきそうになったが、それをぐっと睨むことで我慢すると、いまだに笑い転げるこの国の王を見つめた。
「ヒュースの言う通りだな。変わったお嬢さんだ。貴族連中なら今の問いに胸を張ってそうだと言って、自分がどれほど力を尽くしてきたか誇張しながら自慢げに話しているぞ」
ひとしきり笑い終えたキャレットは、温和な表情を見せながらマーシャルに言った。
「手助けにせよ、何にせよ、お嬢さんがいなければシェイラは助からんかった。礼を言うぞ」
「え、いや、そんな・・」
「フフッ、よいよい、わしも礼儀や作法は嫌いなほうだ。お嬢さんにそんなものは求めん」
そう言って快活に笑うキャレットには、先ほどのいかつい貫禄のようなものはなかった。
しかし、気を抜いてしまえば、まるで西街に住むお隣のおじさんと同じような扱いをしてしまいそうになるマーシャルにとっては、礼儀や作法を嫌でも取り入れたほうが良さそうだと、マーシャルは思っている。
「大丈夫ですよ、マーシャル嬢。陛下は礼儀はいらんと素で言ってのける人ですから。困ったものですよね」
「ヒュース、今のは愚痴か?」
「それ以外に何があります?お願いですから、他国の王に、今日元気?みたいな口の利き方はしないでください」
「ご機嫌麗しゅうよりいいだろう」
「ふざけないでください」
目の前で繰り広げられるやりとりに、目をぱちくりとさせるマーシャルに、エドワードはまた苦笑をこぼす。
「こういう人なんだよ、キャレット様は。まぁ厳しい時は厳しいんだけど」
「そう、みたいですね。なんだか少し安心しました」
「だろ?近所のおじさん感が抜けなくて困ってる」
「それわかるかもしれない」
こうして、マーシャルの初めての謁見は幕を下ろした。




