◇第51話
宝石箱編、終わらす気はあるんです( ;∀;)
あるんです・・本当に( ;∀;)
どうしたものかと、マーシャルは簡素なベッドの上に腰を下ろしながら考えた。
見渡せど見渡せど、自分の部屋となんら変わらない部屋なのだが、その部屋の空気やちらほらと垣間見える小物から、ここが自分の部屋ではないことを、マーシャルに嫌というほど伝える。
そしてそんなマーシャルに追い打ちをかけるようにして聞こえてくるのは、自分は使っていないのに聞こえてくる風呂場からの水の音。
視覚的にも聴覚的にも、マーシャルは責められていた。
エドワードと一緒にいるという重圧に。
「はぁ・・」
この部屋に来て何度目の溜息だっただろうか。
もはや数え切れないほどのため息を、マーシャルはこの数十分の間に幾度となくついていた。
エリックは安全安心と太鼓判を押していたが、それは騎士としてのエドワードであるということに、マーシャルは薄々ながら気が付いている。
だからといって、エドワードが自分のような小娘相手にどうこうするということも想像がつかない気もして、マーシャルはもやもやとひとり考えているのだ。
「シャル」
「ひぅっ!」
悶々と考えていたマーシャルはいきなりかけられた声に、頓狂な声をあげる。
それにエドワードは苦笑しながらも、マーシャルの真紅の瞳を覗き込むようにして見た。
目が合ったその瞬間、マーシャルは白いと言われる頬を赤く染めてエドワードから目をそらしてしまった。
「シャル?」
少し前に見た女の子らしいマーシャルの反応にエドワードは驚きながらマーシャルの名前を呼ぶ。
マーシャルはそれにすら反応せずにただそっぽを向き続けた。
「どうした?」
「どうしたって!服!服着てくださいよ!」
「服・・?ああ、そういうことか」
エドワードは納得したように頷いてみせた。
そしてクローゼットの中から触り心地の好い絹のシャツを取り出すと、さらけ出していた肌の上に羽織った。
見えなくなった肌色に安堵したマーシャルは、赤い頬をそのままにエドワードを睨み付けるように見上げる。
4つ離れた兄がいて、小さな時から男の子に混じって遊んでいたマーシャルであっても、成人した男性の裸を見るのには抵抗があったのだ。
というよりも、レイモンドはその性格と商人という立場上、むやみやたらと人に肌を晒すような人間ではない。
「意外だな」
「なにがですか!?」
耳まで赤いマーシャルの様子にエドワードは呟くように独り言を言ったつもりだったが、目聡くもマーシャルはその音声を拾って言い返す。
言葉の通りなのだが、マーシャルとして聞き捨てならない言葉であった。
マーシャルは心の中で幾度となく言うが、婚前の娘なのだ。
これがレイモンドに知られれば卒倒しかねないほどの大事件だ。
もしかしたら父が泣くかもしれないとまで、マーシャルは考えている。
「いやぁ・・剣を扱ったりするから見慣れてるのかと」
「それとこれとは別ですから!」
マーシャルはエドワードを睨み付ける。
プリプリと怒っている様子はエドワードにとっては可愛らしく見えてしまうのだが、そんなことをマーシャルが知る由もない。
エドワードは簡単に謝罪すると、マーシャルに風呂に入るように促す。
それに渋々ではあるが従ったマーシャルは、パタンと扉が閉まった瞬間に力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
「・・・・・・・ああもう、」
小さな声で悪態をつくマーシャルの顔は熱い。
ほんのり色づいているというよりも、茹蛸のように耳まで赤い。
そしてどうして自分がここまで取り乱しているのか、マーシャルにはわからなかった。
ただ、心臓がうるさいのだ。
そんなマーシャルを知ってか知らずか、コンコンとやや控えめにノックをする音が聞こえた。
「なに」
「わかってると思うけど夜着で出てくるなよ」
「あー・・・・・・はい」
マーシャルの言葉の間にエドワードはなにも返さなかったが、きっと気が付いてはいるだろう。
マーシャルの手にはいつも着ている夜着があることを。
どこまでもお見通しのエドワードに気恥ずかしさとほんのちょっとの悔しさを感じたマーシャルだったが、気を取り直して体についた埃をとるためにお風呂に入るのだった。
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水音が聞こえてきたことで、マーシャルが風呂に入り始めたことを知った。
エドワードは先ほど夜着を着て出てくるなと注意しておいてよかったと、内心でかなりホッとしている。
正直、夜着なんかで隣に立たれれば、エリックの言った安心安全を悉く打ち砕いてしまう自信がエドワードにはあった。
「拷問すぎるよなー、これ」
ここ最近はずっとマーシャルの護衛をしているため、黒騎士団の執務室には書類の山が恐ろしいほどできているらしいと、部下たちが言っていた。
エリックの仕事の遅さが原因の一つでもあるのだが、エドワードが全くと言っていいほど書類の処理を手伝っていないことも原因ではあるのだろう。
そんな自分へのささやかな嫌がらせにしか思えないエドワードは、酒をあおりながらため息をついたのだった。
エドワードはこの後のことを少しだけ考える。
ベッドは広いといってもひとつしかない。
寝れるような場所は他にはないし、床に座って毛布に包まる以外の選択肢はなさそうだ。
が、生憎エドワードの部屋に毛布なんて代物はない。
というか、騎士の宿舎に毛布などというものなど置いていない。
寝ずの番をするかとも考えるが、それをするとマーシャルが怒りそうだ。
「エドー?」
どうするかと考えながら、2杯目の酒をあけたエドワードにマーシャルの声が聞こえた。
どうしたのかと声のするほうを見たエドワードは、その目を大きく見開いて固まる。
「ねぇ、なんか服貸して?夜着着れないし、さっきの服は汚れてるから着れないし、他の服全部向こうに置いてあるからないの」
固まっているエドワードなどどこ吹く風のマーシャルは、用件だけを伝えるとエドワードの返答を待った。
しかしエドワードはそれどころではない。
エドワードは今猛烈に頭を抱えたくなっていた。
エドワードが目にしたのは、髪を濡らした水を滴らせたまま顔を出したマーシャルだった。
否、濡れ髪と一緒に見えたのは露わになった白く華奢な肩。
「エド?」
「ああもうわかったから、顔出すな、扉閉めろ」
「え、あ、うん?」
マーシャルは疑問符を浮かべながらもエドワードが言った通り、風呂場の戸を閉めた。
それを確認したエドワードは盛大な舌打ちと盛大なため息をついたのだった。
――――拷問すぎるっ!
エドワードは心の中で叫ぶ。
マーシャルが無防備すぎて辛いのだ。
それどころか、無防備すぎてマーシャルに苛立ちすら感じてしまうのだから、どうしようもない。
エドワードはクローゼットから濃い色のシャツを1枚取り出すと、ノックをして扉の前にそれを置いたのだった。
「ありがとー!」
「・・ああ、」
マーシャルの嬉しそうな声が聞こえた。
エドワードは複雑な心境のまま元いた椅子に深く座り込むと、長く深いため息をつく。
どうなるの、俺。
エドワードはそうひとりごちると、空になったグラスになみなみの酒を注ぐと、それをいっきに飲み干してしまった。
まるで振られた男のように、エドワードは浴びるように酒を飲んだのだった。




