◇第5話
軍神エリック・ルドレナド。
焔鬼エドワード・フィリル。
5年間に及ぶ隣国との戦争や度重なる魔物討伐で、それはそれは多大なる功績をおさめた2人。
いかなる猛攻も軍神の前では歯が立たず、どれだけ劣勢になろうとも不屈の精神で幾度とも立ち上がる軍神。
炎を纏う魔剣を持ち、火を自在に操り、業火の中、敵には一切の情けをかけずにその猛威を奮う炎を纏うの鬼。
語り継がれる彼らは生ける伝説であり、今では国の英雄としてその名を轟かせている。
しかし彼らが有名なのはそれだけではなく。
世の中の年頃の娘たちが恋してやまないほどの、美しい顔の持ち主であった。
顔重視と言われる白騎士など霞むほどに、彼らに熱を上げる娘は多い。
強く、逞しく、そして美しい。
これほどの優良物件がどこに存在するだろうか。
おまけに2人とも独身である。
そんな2人には、これでもかというほどに結婚の申し込みがきているのだという。
「・・・5年前とは本当に見違えるわ」
マーシャルは自宅のいすに座りながら、王都から発行される情報誌を見ながら呟く。
あれから5年。
マーシャルは20歳になった。
相変わらず気の強そうな宝石と見まがうような美しい真紅の瞳に、この国では珍しい白銀の髪。
変わったのは、その顔つきと身体。
美少女だった彼女は美人となり、体つきは女性のそれになっている。
そのため、マーシャルは3年ほど前から、男装をして王都へ商人として向かうことが出来なくなり、自宅で魔道具改造ライフを謳歌している。
「シャル、そろそろ結婚してよ」
「嫌よ」
マーシャルは情報誌をぽいっと机に投げて、短く言葉を返す。
結婚適齢期・・下手をすれば行き遅れになりそうな年齢にさしかかろうとしているマーシャルを、マーシャルの兄であるレイモンド・レヴィはため息混じりに見た。
マーシャルと同じ真紅の瞳に、茶色い髪をしたレイモンドは、なかなかの美丈夫だ。
商人としても優秀で、レヴィ家の将来は安泰だと言わせる彼の唯一の心配事が、妹であるマーシャルであった。
美人な妹は噂になるほど年頃の男に人気がある。
16の頃より、幾度となく求婚の打診がきている。
平民や商会の跡取り、はては男爵位を持つ貴族様まで。
しかしマーシャルは今もこうして家で魔道具をいじり倒している。
「だってお兄様、結婚なんてしてしまえば、こうやって魔道具を造れないわ」
「魔道具なんて造る必要がないだろうが」
マーシャルは普通の娘なのだ。
いくら住んでいる街が職人街として有名なイーキスだとしても、彼女は商家の娘でしかない。
扱っているものはすべて魔道具だが。
一体どこで教育を間違えたのだろうかと、レイモンドは遠い過去を振り返ってしまう。
「シャル、お前結婚しないつもりか?」
レイモンドの言葉にマーシャルは少し間をおいて答える。
「別にそういうつもりではないけど・・でもレヴィ家はお兄様がいるから跡取りにも問題はないわ」
マーシャルの言うとおり、4つ上のレイモンドはすでに結婚しており、妻であるリリーシアのお腹の中には新しい命が宿っている。
つまりマーシャルが無理に婿をとって腹を痛めなくても、跡継ぎはいるということだ。
そんな物言いにレイモンドは頭を抱えたくなる。
本当ならば、マーシャルほどの歳になれば行き遅れるかもしれないと焦って婿を探すはずなのだ。
それなのに。
マーシャルは魔道具をいじくり倒している。
まるで魔道具が恋人とでも言わんばかりにだ。
レヴィ家の将来は安泰かもしれないが、これではマーシャルの将来がいろいろな意味で危ない。
「大丈夫よ、お兄様。私リリーお義姉様とは仲良しだもの」
「そういう問題じゃないんだけど」
「じゃあ何?お兄様は私に出て行ってほしいの?」
「そういうことを言ってるんじゃないんだって。俺はお前の将来を心配してるんだよ」
こんな会話を今までに何度繰り返してきただろうと、レイモンドは内心でため息をつく。
16歳--4年前にマーシャルに結婚の申し込みが来たときは「まだ早い!」と家族総出で断ったが、今ではそれすらも後悔している。
――――――早いとか言わないで結婚させてればよかった。
レイモンドは何度目かわからない説得を終えて、マーシャルの前のいすに腰掛ける。
そして目に入ったのは情報誌。
そこに書かれていたのは、乙女の心をこれでもかというほど鷲掴んで離さない軍神と焔鬼のこと。
レイモンドは珍しい、とその情報誌を手に取る。
マーシャルは魔道具とそれに関すること以外はどうでもいいとばっさり切り捨てるような妹だ。
そんな妹が男前が載っている情報誌を見ていた。
「なんだシャル、お前どちらかに興味があったのか」
「は?何言ってんの?」
「こら、話し方」
レイモンドの強めた言葉にマーシャルはむすっと不機嫌な顔をする。
マーシャルは小さい頃は良く言えば元気な、悪く言えばお転婆でわんぱくな少女だった。
ドレスは着たがらないし、剣術や武術を習いたいと言って毎日外へ飛び出すような娘で、木登りや取っ組み合いなど当たり前、擦り傷は日常茶飯事だった。
そしてそのまま大きくなったマーシャルに、これは本格的にやばいと感じたレイモンドと両親が、どうにか言葉遣いだけでもと無理やり矯正したのだ。
「・・で?誰が何に興味があるって?」
不機嫌丸出しで問うマーシャルにレイモンドは持っていた情報誌をバサリと机に置く。
そこには先ほどマーシャルも見た、美丈夫が2人。
「どちらかに興味があるんじゃないのか?」
レイモンドの言葉にマーシャルは冗談じゃないと、さらに顔を顰める。
「どっちだ?やはり歳が近いフィリル卿か?」
「そうですね。一番はやっぱりフィリル卿が腰に提げている魔剣かしら」
「シャル!」
「だってお兄様、私は全くこの2人には興味がありませんもの」
うら若き乙女の心を掴んでやまない英雄2人になんてことを!とレイモンドは目を剥いたが、マーシャルにどちらかが好きだといわれたところで、どうすることも出来ないため少しばかり胸を撫で下ろす。
「それに今は魔道具の改造途中でそれどころじゃないもの」
「・・シャル?」
「はっ!」
怒気を含んだ兄の声に、マーシャルは自分が言った言葉にしまったと思い、思わず両手で自分の口元を覆った。
そっと見上げるようにして兄であるレイモンドを見れば、ギラギラと睨みつける自分と同じ真紅の瞳と目がかち合う。
「俺が言いたいこと、わかるよね?」
「で、でもお兄様、私、別に悪いことは、」
「シャル?」
マーシャルは自分の口元が引き攣るのを感じる。
背中が仰け反ってしまうのは、もはや仕方のないことだ。
「魔道具を勝手に改造するのはよせとあれほど言ってるだろう!」
「ご、ごめんなさい!」
大きな声でレイモンドに怒られたマーシャルはガバッと仰け反っていた上半身を前へと持っていく。
頭を下げるマーシャルにレイモンドの説教は続く。
「これで何度目だ!?魔道具の改造は危険だと何度言えばわかるんだ?お前は普通の商家の娘だと言っただろう!」
レイモンドはつむじの見える白銀の頭を睨みつける。
真紅の瞳は怒りと心配であふれているが、俯いてしまっているマーシャルにはわからない。
レイモンドはマーシャルを見て思うのだ。
危険だと。
マーシャルのことを生まれたときより見てきたレイモンドは、マーシャルが他の人間と何かが違うことはわかっていた。
マーシャル自身は覚えていないが、まだ小さかった頃、マーシャルはよく魔道具を使うことなく魔法を使っていた。
ことあるごとに「精霊さんがね、・・・」とまるで精霊と話をしたかのように言っていた。
おまけに物心がつく前には、マーシャルは魔道具を分解して組み立てて遊んでいた。
そのことに衝撃を受け、そしてレイモンドは気が付いたのだ。
――――――――妹は、選ばれすぎた人間なのだと。