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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◇宝石箱編◇
48/143

◇第48話


終わらない、終わらない~( ;∀;)








マーシャルは騎士の宿舎にある自分の部屋の窓から見える月を見上げながら、小さくため息をついた。

月から視線を外して訓練場の方を見れば、数人の騎士が夜も遅い時間帯にもかかわらず剣を振っている様子が見えた。

なんとも熱心なことだとマーシャルは感心しながらも、その中にエドワードの姿を見つけて苦笑を漏らす。

彼は本来ならば黒騎士として王都を巡回して荒くね者を束ねる立場にいる人間であり、腰に差している剣を抜かない日などあまりなかったはずなのだ。

それがここ数ヶ月は朝の訓練くらいでしかまともに剣など振っていないだろうことに、マーシャルは気が付いていた。

だからこその、今の時間帯での訓練なのだろう。

明らかに自分がエドワードの邪魔をしているという自覚があるのだが、護衛を断った日にはエドワードに鬼の形相で詰め寄られそうで怖いのだ。

なにより、マーシャル自身がエドワードに護ってもらっていることに喜びを感じつつある。

マーシャルにはその自覚はあまりないが。


「ああでも、そろそろエドも通常業務に戻れるのか」


マーシャルは今日の昼間にあったことを思い出して呟いた。

王女の部屋に入ったらディートリアがいたことには驚いたが、結果的にシェイラを刺激できたとマーシャルは思っている。

それもとてもいい意味で。

自分たちが寂しがっていると伝えるよりも本人たちが寂しいと言うほうが、シェイラの心に響くと思っていた。

実際にその通りで、宝石箱からは出たくないという声は聞こえなくなった。

おまけに母親が違うと言っても姉弟だ。

会いたくないわけがない。

あともう少しだと、マーシャルは確信していた。

だがそれと同じくらい、そろそろレイチェルが異変に気が付き始めるころだとも思っている。

本来ならばそろそろシェイラの魔力はこと切れていてもおかしくない。

それがないのだ。

シェイラの魔力切れを首を長くして待っているレイチェルからしてみれば、これほど苛立たしいことはないだろう。

そしてその矛先が自分に真っ先に向くということもマーシャルはわかっている。


「問題はいつ仕掛けてくるか、だよねぇ」


マーシャルは白銀の髪をわしゃわしゃとかく。

少し前に技術士であるニケルが魔物もどきを王城に放って暴れさせたという事件が起きたが、あれはおそらく彼の独断による暴走だろうとマーシャルは思っていた。

だからこそ、レイチェルがどう動くかわからないのだ。

おまけにマーシャルはこのことをエドワードには伝えていない。

なんてことを考えていると、マーシャルの部屋の扉をたたく音が聞こえた。

マーシャルは不思議に思う。

彼女の部屋を訪ねてくる人というのは実は限られている。

一兵卒の黒騎士がこんな夜にマーシャルの部屋を訪ねてくることは皆無に等しく、あの扉を叩くのは10回に9回はエドワードだと言っても過言ではない。

つまり、マーシャルの部屋を訪れる人というのはエドワード以外そうそういないのだ。

マーシャルはちらりと窓の外を見やる。


「あ、いない」


先ほど外で訓練をしていた騎士たちの姿はなかった。

もちろん、エドワードの姿もない。

もしかしたら訓練が終わってそのまま来たのかもしれない。

何のためにと思いはしたものの、マーシャルは特に不思議には思わずに扉を開けようと戸の前に立って、その手を止めた。

何とも異様な気配を感じた、そんな気がした。

マーシャルはそっと、太腿に差していた短剣を抜きだして構える。


「誰ですか?」


マーシャルは強張る体を宥めながら、なんとか平常心で扉の向こうに問いかける。


「エドワードさんから伝言と預かりものをしてきたから開けてもらえる?」

「・・そう」


なんらおかしなところはない。

しかしエドワードの部屋は隣であり、訓練から帰ってくる途中に寄れば済む話なのだ。

マーシャルはやはり怪しいと思いながらそっとその扉の鍵を開けた。


――――キィン


扉が開いた瞬間飛び込んできた刃に、マーシャルは咄嗟にその短剣を合わせる。

聞こえてきたのは金属特有の甲高い音。

マーシャルは真紅の瞳にほんの少しの焦りを映しながら、自分に剣を振りかざした相手を見る。

見上げた先にいた男の姿に、マーシャルは少しばかり驚く。

黒の騎士服に黒色のマント。

そしておのれの顔を隠す黒色のマスク。

文字通り全身黒づくめの男がそこにいた。

見るからに怪しいくせになぜこんなところまで誰にも見つからずに来れたのだとマーシャルは疑問に思ったが、マスクを今しがたつけたのならばもしかしたら誰にも怪しまれないかもしれないと思いなおして舌打ちをついた。


「っ、」


また、甲高い音が聞こえた。

それと一緒にマーシャルの音にならない息を呑む声も聞こえた。

力でごり押しされたマーシャルは、その勢いをかわすように、後ろへ飛び退いて前を見据える。

男はそのまま部屋へと入ると、丁寧に扉の鍵を閉めてからマスクに手をかけた。

露わになった顔に、マーシャルは見覚えがない。

しかしこんなところまでやってくるのだから、そこら辺にたむろしている悪党に金を積んで寄越してきたわけではないのだろうことは容易に想像できた。

だからこそ、まずいとマーシャルは思う。

初めてニケルに襲われたあの時とはわけが違う。


「話には聞いていたが、嬢ちゃん本当に剣が扱えるのか」


男はそう言うと、とても楽しそうにマーシャルを見て笑った。

戦闘狂かよと、マーシャルは心の中で悪態をつく。


「誰の差し金か聞いても?」

「ははっ、それを俺が言うとでも?」


彼は愉快に笑う。

しかしその目は決して笑ってはいない。


「知りたきゃ俺を殺しな!」

「っ、」


言い切ったと同時に踏み込んだ男は、力強い一閃をマーシャルへと浴びせる。

それをマーシャルは咄嗟に避けると、ちらりと自分がいた場所を確認する。

そしてその顔を引き攣らせた。

マーシャルが先ほどいたその場所にあった机はスッパリと綺麗に二等分されていた。

あれを切ったのかと、マーシャルは顔を蒼くするも、その余韻に浸っている余裕はない。

男はまるでいたぶるように、マーシャルにその剣を振り下ろしていく。

マーシャルはそれを避けてはいなしてを繰り返していくも、さすがに体力と腕に限界がある。

マーシャルは自然と舌打ちをついていた。


「・・どうした、歯切れが悪いじゃねぇの?もっと威勢よくいこうぜ、嬢ちゃん!」

「、ぐっ」


ガツンと鈍い音が聞こえて、マーシャルは剣の柄で殴られたことに気が付く。

ぐわんぐわんと視界が揺れる。

この状況はまずいと判断したマーシャルは耳にあるピアスに魔力を流そうとして気が付く。

ピアスがない。

少し前の魔物との対峙でエドワードに渡したっきり、返してもらうのを忘れていたのだ。

通りで体力は減っていく一方だし障壁が展開されていないと思ったわけだと、マーシャルは揺れる頭で考える。


「もっと楽しもうぜ、嬢ちゃん」


にやりと、男の口角が上がる。

それを確認したマーシャルは内心で舌打ちをつきながらも、水の精霊にお願いして自分の状態を治していく。

そんなマーシャルを見た男はがらにもなく口笛を吹いた。


「そうこなくっちゃな」


その一言を皮切りに、男はガンガンとマーシャルに向かって容赦ない一撃を食らわしていく。

それをマーシャルは避けてはいなしてと、先ほどと同じことを繰り返していく。

先ほどと違うところといえば、マーシャルが魔法で反撃を始めたところだろうか。

時には風を、時には火を、そして時には水を使って、マーシャルは男の渾身の一撃を食らわないためのけん制を与え続ける。


「忌々しいんだ、よっ!」


少しばかり苛立ちを覚えたらしい男はそう言うなり、マーシャルとの間合いをいっきに詰めて剣を突き出す。

それに反応できなかったマーシャルはやばいと思いながらも目を瞑る。

死んだかもしれないと考えていたマーシャルだったが、いっこうにおとずれるはずの痛みはこない。

そっと、目を開ける。

そしてその真紅の瞳を大きくして、自分と男の間に割って入ってきた男の背中を見つめた。


「戦場で目を瞑ったら死ぬぞ」


そう言って現れたのは、先ほどまで訓練をしていたエドワードだった。





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