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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◇宝石箱編◇
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◇第4話



「・・・その取引を受けよう」

「そうこなくっちゃ」


エリックの言葉にマーシャルは花が綻んだような笑顔を見せる。

それはもはや少年ではなく、少女のそれだ。

ほんの一瞬だったその笑顔に、目を奪われた黒騎士たちは一体何人いただろうか。


「剣を」


まるで誓いの儀式のようなその呼び声に、剣を持つエドワードは苦笑を漏らした。

なぜ魔物に対峙しながら、こんなにも和んでいるのだろうと思うくらいに。


「きっと今より強くなる。それは他を寄せ付けない強さになる。騎士様はきっとこの先、誰よりも前線にその身を置かなければならないでしょう。それでも・・・それでもこの力を、強さを求めますか」


これは確認だ、とマーシャルは思い騎士を見上げる。

マーシャルの言葉に、深い海の底を思い描くような藍色の瞳がわずかに揺れた。

そこには、ほんの少しの戸惑いと、強さを求める意思がある。

それだけでマーシャルには十分だった。


「もちろんだ。俺には強さが必要だ。たとえどれほど前線に身をおかねばならなくても」

「そうですか。じゃあ大丈夫ですね」


ケロッとしたようにマーシャルは言う。

ほんの数秒流れた緊張は、ものの見事に霧散してしまった。

マーシャルはそんなことに気付くことなく、手にしていた赤い魔石を剣に沿わせる。


―――――行っておいで、精霊より生まれた赤いもの。

   きっと彼の力は君にとって心地良いものだから。


そう、マーシャルが心で呟いたあと、すぅっと魔石が剣の中に溶け込んでいく。

まるで水の中に石を落としているような、そんな錯覚すら覚えてしまうそれは、一瞬で終わってしまう。

完全に石が剣の中に入ってしまってすぐ、その異変に気が付いたのは他でもないエドワードだ。


「・・・なんだこれ」


剣の見た目は何も変わらない・・・はずもなく、散りばめられていた赤い石がキラキラと光っている。


「おおー、喜んでますねー」

「は?」

「いえ、こっちの話です」


マーシャルは思わず漏らした言葉に苦笑をもらし、エドワードが持つ剣の変化を待つ。

キラキラと光ったあと、数秒静かになったその剣は突如グワッと燃え盛る。


「え、」


完成したのは、火を纏う赤き剣。

神々しいほどに美しく、そして禍々しいほどに力を放つ。

それは魔剣というに相応しく、先ほどとは比べ物にならないほどの力を宿している。


「これ火出るの?」

「出ますよ。ていうか今出てましたよね。きっと騎士様とその子の意思疎通が出来れば騎士様の意思で出せるようになりますよ。ああ、でもむやみやたらに振り回さないでくださいね。一振りで火の道ができますから」


赤く揺らめくそれを見ながらエドワードとマーシャルは話す。

しかしそれも長くはできそうもない。

街の被害はすでに大きく、散々飛び散らされた液体のようなものは、様々なものを腐敗させている。

早くしとめるに越したことはないのだ。

そう決心したエドワードは、魔道具で防御壁を作りながら魔物へと近づいていく。

切れないのはわかっている。

刺せないのもわかっている。

どうすればよい。


「・・・燃やすか?」


エドワードの呟いた独り言に反応したのは手に持つ魔剣。

呼応するように、纏う火が強くなる。

火力が増したのに全く熱さを感じないそれを不思議に思いながら、エドワードはじっと魔物を見る。

おぞましさすら感じるそれに、彼は剣をかまえる。


『グギャアァァァァァ』

「うるせぇよ」


騒音レベルだと悪態をつきながら、彼は魔物を燃やすべく剣を振る。

切れはしない。

ならばそれごと燃やしてしまえばいい。

溶けることも逃げることも出来ぬように。

そのすべてを焼き尽くすように。

灰となれ、と。


「すっげぇ」

「エドワードさんますます強くなるな」

「団長どうします?」

「本当にな。もうあいつが団長でいいんじゃないの?」


エドワードが目の前で全く歯が立たなかった魔物を蹂躙している中、そんな会話がマーシャルの耳に届いた。

しかしマーシャルはそれでころではない。

目の前で蹂躙されていく魔物。

助かったと諸手を挙げて喜ぶ住民。

腐敗した建物を見てまわる黒騎士。

そんなものは、もはや彼女にとってはどうでもよかった。


「信じらんない・・・!」


マーシャルの目に映るのは、灰となった魔物の姿。

ふわりと風が吹けば、サラサラと散っていくそれに、マーシャルは沸々と怒りがわいてくる。


「あ、」


魔物を倒し、剣を鞘にしまったエドワードは振り返り、こちらを恨めしく見つめる少年の姿を見て、思い出したように言葉をこぼす。

魔物のすべての素材をマーシャルに差し出すという取引だったというのに、魔物は灰となり素材という素材はもはや形すらない。

つまり魔石をもらうだけもらっておいて、対価だった素材は渡せずという事態になったのだ。

緊急事態だ、と団長であるエリックは焦る。

対価が跡形もなく、消えてしまったのだから。


「・・悪い、」


エドワードもまずいと思い、マーシャルの下まで走り寄ると頭を下げた。

マーシャルは何も言わない。

ただ真紅の瞳は怒りと悲しみに満ちていた。

マーシャルだとてわかっている。

魔物が倒され街も住民も守られた。

王都が崩壊することに比べたら安いものだと、そう思わなければならないのだ。

そんなことはわかっている。

それでも。

若干15歳のマーシャルにとって、魔石を無償で渡した結果がこれでは納得がいかないのだ。


「なにか他のものでは駄目か?金品ならば多少なりの融通は利く」


マーシャルがあまりに落ち込むので、それを見かねたエリックが声をかける。

エリックとて、魔石を譲り受けた結果がこれでは分が悪いと思っている。


「金品はいらない。欲しかったのはあの素材だから」


マーシャルにとって大事なのは魔道具であり、魔道具を造るための素材は当然のように大事である。

そんな彼女にとって、金品など素材や魔道具と比べればその価値は途端に霞むのだ。


「すまない。こうなるとは思ってなかったんだ。君さえ良ければ、この剣は君にあげる」

「いらない」

「は?」

「だからいらないって言ってるの」


マーシャルは強めに言って、キッとエドワードを睨みつける。

涙を真紅の瞳にこれでもかというほど溜めた彼女は、美人と称される顔立ちが手伝ってか色気すら感じられる。

ドキリと、エドワードは不謹慎にも胸を高鳴らせた。


「だが、」

「それは火の加護もちが使って初めて力が奮える。おまけにそれはあんたを選んだ。きっともうあんた以外にその剣を握れる人はいない」


涙を溜めながらもしっかりと口にしたマーシャルは、服の袖で自分の涙を拭った。

ほんの少し赤くなった目に、エドワードは眉をハの字に下げる。

エドワードはどうしたものかと思案する。

このまま帰すわけにもいかないが、魔石を呑み込んでしまった魔剣を渡すことも出来ない。


「・・もういいです」

「しかし、」

「諦めます、あれは。なので魔石のことも忘れてください」


マーシャルは苦渋の決断を下し、内心では深いため息をついた。

どれだけ悔やんだところで、先ほどの魔物の素材はすでに灰になっており手に入ることはないのだ。


「だがそれでは」

「割には合いませんし、ほとんどタダであげてますけどね。あなたはこの先その力で前線に立ち続けるでしょうから・・それと引換えということで」

「・・・・・・わかった」


エドワードはマーシャルにそう言われたが、全くと言っていいほど納得はしていない。

いつか何かしらの方法で返さなければと思う。


「じゃあもう帰りますね」

「ああ、気をつけて」


エリックがそう言うと、マーシャルは軽く会釈をして王都を去る。

その後姿を見続け、やがて見えなくなった頃に、エリックはエドワードの肩を叩いた。


「これは頑張らないとな」

「彼・・いや彼女に申し訳ないですからね」

「気付いてたのか?あの子が女の子だって」

「ええ、まぁ。最初は本当に美人な男の子かと思いましたけど」

「あれは将来が楽しみだな」

「幼女趣味ですか」

「おいおい、あれはもう幼女って歳じゃないだろう」


和気藹々と会話が繰り返される。

後に彼らが英雄と言われるようになるなど、このとき彼らもマーシャルでさえも知る由はなかった。





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