◇第38話
エドワードとの買い物から数日。
この王城にマーシャルがやってきてから1ヶ月と少し。
宿舎での生活にも慣れ、知り合いも出来始めた矢先。
マーシャルは王城へと呼ばれた――――側妃様によって。
なぜこうなったと後悔してはみるものの、マーシャルには思い当たる節がありすぎて後悔の仕様がない。
側妃に呼ばれた理由など十中八九宝石箱のことだろうと、マーシャルは決め付けて、宰相であるヒュースの背中を追った。
終始無言で歩く2人の姿に、貴族や騎士はただならぬものを感じて閉口する。
マーシャルは内心で深いため息をついて、周りよりも一層厳かな雰囲気を醸し出す扉を見やった。
ここに側妃がいるという。
「レイチェル様、マーシャル嬢をお連れしました」
ノックとともにヒュースが声をかける。
マーシャルの緊張は最高潮に達していたし、逃げれるものなら今すぐ逃げ出したいとすら思っている。
今日に限ってエドワードは、どうしても外せない任務があるということでマーシャルの護衛ではなかった。
そもそも、今日のマーシャルには護衛などいない。
エドワードならば、側妃との謁見とわかっていても意地でもマーシャルについてきただろうが、他の黒騎士にそれほどの勇気はなかったらしい。
『王城の外でお待ちしていますね』と爽やかな笑顔でマーシャルは見送られたのだ。
「さ、入りますよ。何もないことを祈ってはいます」
「物騒なこと言わないで下さい」
まるで何かが起こるようではないかと、マーシャルはヒュースの顔を睨みつける。
ヒュースはそんなことなどお構いなしに、扉を開けた。
見えたのは、マーシャルの瞳と同じ真紅の色をしたドレスを着た美女。
まるで年齢を感じさせないその人は、マーシャルの姿を確認すると妖艶に微笑んだ。
マーシャルは中ほどまで進んでいき膝を折る。
その様子をレイチェルは見守るようで、それでいて試すように見続けた。
「お初にお目にかかります。マーシャル・レヴィと申します」
マーシャルの声は硬かった。
緊張している自分に、マーシャルはほんの少しだけ自分を笑った。
「そなたがレヴィ商会の娘か?」
「はい、そうでございます」
この王城に来て幾度となく言われた言葉に、マーシャルは無機質に言葉を返す。
マーシャルにかけられるレイチェルの言葉は冷たい。
――――この小娘が。
と、そう言われているようだと、マーシャルは思った。
「では、精霊師であるというのは本当か?」
「・・・はい、事実でございます」
2人しかいない部屋に、マーシャルの声はよく響いた。
衛兵もいない部屋に、マーシャルは少しばかり疑問を抱いたが、それを遮るようにレイチェルから名前を呼ばれる。
面を上げることを許されていないマーシャルは俯いたまま返事をした。
「お前はあの宝石箱をどうにかできると思っているか?」
何かしら聞かれるであろうと思っていたマーシャルではあったが、遠まわしではなくド直球できた質問に狼狽する。
マーシャルは必死に答えを探す。
彼女の中にはほんの少しだけれど、確証はないけれど、あの宝石箱の呪いを解く方法がある。
それで本当に解けるかなどわからない。
しかし、マーシャルにはそれを試してみる価値はあると思っている。
が、それを今ここにレイチェルに言うのはどうかと、マーシャルは考えた。
「答えられぬか」
「・・解決法がいまだに出ていません故」
「そう。全く?」
「はい。宝石箱の造りが思っていましたものより複雑でして、もう数ヶ月はかかるかと」
「そう」
マーシャルは目の前から向けられる冷たい視線に耐えながら呟くように言った。
まるでマーシャルの力量を見るかのようにレイチェルはじっと見つめる。
しかし、それとはそれとは逆に、マーシャルは俯きながらも考えを巡らす。
なぜこの側妃はこんなにも余裕なのかと。
マーシャルは気が付いていた。
宝石箱の解呪にもう数ヶ月はかかると言ったときに、フッとレイチェルがほくそ笑んだのを。
その音で、気が付いていた。
「悪いことは言わないわ。早々にあの宝石箱から手を引きなさい」
「・・・・はい?」
マーシャルは驚きあまり、礼儀も忘れて顔を上げる。
なぜ、全くもって打つ手がないと言ってのけた自分が手を引かねばならないのだと。
マーシャルはレイチェルの言葉に疑問を抱く。
「ですから、手をお引きなさいと、言っているのよ」
レイチェルはにっこりと妖艶な笑みをマーシャルに向ける。
絶世の美女というのはレイチェルのためにあるのだろうと、マーシャルはどうでもいいことを思う。
それくらいには、マーシャルは戸惑っている。
自分がレイチェルに歓迎されていないことなど知っているし、邪魔者でしかないことなど百も承知だ。
下手をすれば今日ここで毒殺でも絞殺でも何でもして殺されるのでは?ということすら考えていた。
それが、どうだ。
マーシャルの目の前に座るレイチェルは、にこやかに手を引けと言ってきた。
マーシャルは引き攣った笑みを見せつつも、レイチェルの真意を探ろうとする。
「マーシャル嬢はまだ未婚なのでしょう?それなのに、こんなことにその限られた時間を使うのは無意味だわ」
それは宝石箱にばかり現を抜かしていては婚期を逃すということか。
事実行き遅れになりつつあるマーシャルにとっては耳の痛い話ではあるが、マーシャルにとってはどうでもよいことだった。
「しかし・・それでは王女が」
「あれはそのうち消えてしまう。そなたもそうなりたいのなら別だが」
「・・消えてしまう?」
一体何を言っているのだ。
マーシャルはうろたえる。
レイチェルは妖艶な笑みを浮かべたまま、マーシャルを見つめている。
マーシャルの頭の中ではレイチェルの言葉がぐるぐるとまわる。
「なんでもない。もう用はない。下がれ」
「・・・はい」
レイチェルにそう言われてマーシャルはその場を辞す。
マーシャルの頭の中はレイチェルの言葉でいっぱいだ。
そのうち消えてしまうとはどういうことだ。
自分も同じようになるとはどういうことだ。
ぐるぐる、ぐるぐると。
マーシャルは宿舎に戻りながらずっと考えていた。
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「どうした。お前がここに顔を出すなど」
紅茶に口をつけようとしていたレイチェルは不意に感じた視線に顔を上げた。
レイチェルの瞳に映ったのは。技術士のニケル・バーゲイ。
伯爵という地位にありながら、技術士という肩書きを持つ、気味の悪い笑みを浮かべた、自分の息子であるディートリアを玉座にと考える王子派のひとり。
それが、レイチェルの中でのニケルという人間だった。
「彼女がきたんですか」
ニケルは側妃であるレイチェルに気軽に話す。
まるで知り合いとでもいうような関係だった。
「心配いらないわ。あの小娘には何も出来ない」
レイチェルはそう言うと、クスリと可愛らしく笑う。
もうすぐ、レイチェルの念願の夢が叶うのだ。
いつも望んでやまなかった玉座に、愛しい息子を座らせることができるのだ。
あと、もう少し。
もう少しで、王女の魔力はあの宝石箱に吸われ尽くして王女は消えてしまう。
あと、もう少しなのだ。
夢にまで見た玉座は、目の前だ。
「でもまぁ・・邪魔ね、あの娘は」
「殺しますか」
ニケルの言葉にレイチェルは冷ややかな視線を向ける。
少し前にマーシャルをレイチェルの命令で襲ったニケルだったが、予想外にもマーシャルは雇った刺客に怯えつつも迎え撃った。
そしてあろうことか撃退してしまった。
そのことでニケルは今王城への出入りを禁止させられているし、よからぬ噂までたっている。
だが、それ以上にこの男をここまで殺気立たせているのは、マーシャルの持つ銀の短剣にあった。
彼はあんな代物を小娘風情であるマーシャルが持っていることが大層気に食わなかった。
「・・好きになさい」
レイチェルの言葉にニケルは極上の笑みを向けると、部屋から出て行ってしまった。




