◇第37話
パン屋で朝食をとった2人は王都の街並みを見ながら、いくつか魔道具を売る店を見て覗いた。
そして今は4件目の魔道具屋に来ていた。
マーシャルはいくら王都といってもこんなに魔道具屋があるとは思ってもいなかったので、少し驚いていた。
「いらっしゃい」
中に入ると、店主がお決まりの声をかけた。
それに特になにも返すことなく、マーシャルとエドワードは特に目当てのものを探すわけでもなく店内を回る。
「あ、」
「どうした?」
マーシャルが漏らした声に反応したエドワードは立ち止まる。
マーシャルの目には銀で出来た装飾品が映っていた。
銀細工を見て立ち止まるなど、普段から着飾ることに興味のないマーシャルにしては珍しいとエドワードは思った。
「銀細工か。興味あるのか?」
「ありますよ。銀は魔力を通すのにもってこいの素材ですから」
その言葉に、エドワードは以前マーシャルが言っていたことを思い出した。
あの恐ろしい値段がつきそうな短剣は銀で出来ていたことを思い出して、それと一緒にワンピースの裾をめくっていたマーシャルも思い出していた。
「煩悩がなー・・」
「ん?」
「いやこっちの話」
ハハッとエドワードは笑って、マーシャルから目をそらした。
内心でため息をつく。
「お前本当、魔道具のことばっかだな」
「・・そうですか?」
マーシャルは首をかしげる。
彼女には、魔道具のことばかり考えいてるという自覚はない。
その時間が楽しいからだ。
他のことを考えるくらいならば魔道具のことを考えていたいとすら思っている。
「最近、ずっと宝石箱のこと考えてただろう?」
「・・・・そう、ですね」
マーシャルは遠慮気味に答えた。
その自覚は彼女にはあった。
他のことには目もくれないほど、マーシャルはここ最近宝石箱のことを考えていた。
思いつめていたと言ってもいい。
マーシャルはとりつかれるように、宝石箱のことをずっと考えていた。
エドワードはそんなマーシャルの様子を危惧したのだ。
「もう少し肩の荷をおろしたほうがいいぞ」
「でも、」
俯く銀色の頭を見て、エドワードはため息をつく。
無理やり連れてきたようなものなのに、マーシャルは宝石箱のことをとても気負っているようにエドワードは見えた。
確かにマーシャルにしか、あの宝石箱をなんとかすることはできないだろう。
だから、マーシャルをこうやって宿舎に住まわしているのだから。
それでも、とエドワードは思う。
「確かにシャルだけが頼みではある。でもそれでお前がいろいろ気負って潰れられるほうが困る」
エドワードは心配しているのだ。
マーシャルもエドワードの言葉からそれを感じ取った。
少しだけ、マーシャルの頬が赤く染まった。
「気負いすぎるな。人を頼れ。全部お前がする必要はない」
「っ、」
エドワードはマーシャルの頭を撫でる。
まるで子をあやすようなそれに、マーシャルの目頭は不意に熱くなる。
マーシャルの中に何かがこみ上げてきた。
宝石箱のことを考えるのは、別に嫌ではなかった。
くさっても魔道具だ。
魔道具大好きなマーシャルにとっては、特に苦になることではない。
それでも、宝石箱のことを考えるのは、苦しかった。
そこにある責任に押しつぶされそうで。
宝石箱を何としても開けなければならない。
なるべく早く、そして正確に。
それが、マーシャルを焦らせ、思考を奪い、曇らせた。
周りはマーシャルならば何とかできると思っているし、マーシャルも何とかなると思っている。
それが余計に辛かったのだけれど。
「おいおい、何も泣くことないだろ」
こらえていたはずの涙が、マーシャルの頬を伝った。
ここにきて初めて流した涙は、エドワードの不器用な手によって拭われる。
ほんのり温かみのあるエドワードの手に、マーシャルは言いようのない安心感を覚えた。
「泣いてなんか、」
「はいはい、シャルは泣いてない、泣いてない」
そう言いながら、エドワードはその顔に笑顔を携えながらマーシャルの涙を拭った。
「別にシャルが全部抱え込む必要はないんだよ。これは王家の問題なんだから」
「・・引っ張ってきたくせに」
「そりゃあ何とかできそうな人を見つけたら誰だってそうするでしょ」
マーシャルは涙の引っ込んだ目で、エドワードを睨みつける。
泣いたせいで充血した目は真紅の瞳も相まって、まるでうさぎのようだとエドワードは思った。
「まぁさ、こうやって城下をブラブラするくらいの余裕はあったほうがいいんじゃないの?最近のお前って本当に危ない」
「・・・、」
「せめて飯は食え。あと十分な睡眠もとれ。ぶっ倒れられると俺が怒られる」
エドワードはそう言うと、わかった?とマーシャルの目を見つめた。
藍色の瞳は怒っても笑ってもいなかった。
ただ心配そうにマーシャルを見つめていた。
そんな目を見ていたマーシャルは、首を縦に振るほかなかった。
「じゃあ今日は?」
「は?」
「私がこんなだったから?」
おそるおそる聞くマーシャルにエドワードは朗らかに笑う。
ああこれ好きだなぁと、マーシャルはエドワードの笑顔を見て思った。
「まぁそうだな。たまには宝石箱のことなんか忘れて気晴らしでもしないとな。とか言いつつ、魔道具しか見てないから気晴らしになったかは微妙なとこだけど」
宝石箱のことを考えないならば、もっと他にも方法があった。
愛馬のレットに乗って、少し遠くまで乗馬してみるのも考えた。
ウィズが愛してやまないお菓子を食べに行くことも考えた。
それでもエドワードがあえて魔道具選びにマーシャルを連れて出たのは、結局魔道具好きは魔道具でしか他のことを忘れられないと思ったからだった。
「いえ、とってもいい気晴らしになりました」
その言葉通り、マーシャルは今の今まで、宝石箱のことを考えていなかった。
彼女はちゃんと、宝石箱を忘れていた。
それがマーシャルにとっては意外であり、そして嬉しくもあった。
久しぶりに、とても有意義で自由な時間を過ごすことが出来た気がしたのだ。
「ならよかった。じゃあもう少し俺の買い物に付き合え」
「いいですよ」
そのためにマーシャルは来たのだから。
エドワードの少し冷たい物言いに苦笑しつつも、マーシャルは魔道具を見るエドワードの背中を見た。
普段から口は悪く素っ気無い態度をとることが多いエドワードであるが、その内面はとても温かい人間だった。
マーシャルは最初に持っていたエドワードの印象と今の印象が違っていることに少しだけ驚いた。
「ああそうだ、シャル」
「なんですか?」
マーシャルのほうに振り向いたエドワードが、少し間を空けて口を開く。
「その格好、他の騎士共に見せないほうがいいぞ」
にやりと口角を上げて言うエドワードに、マーシャルはきょとんと目を丸くする。
言われている意味がわからなかったのだ。
別にどんな格好をしていても自分は自分だと、マーシャルは思っている。
多少見目が変わったくらいでなにを言っているんだと、マーシャルは思った。
「今お前ちゃんと女の人だから」
「普段の私は何に見えてるのかしら」
ピクリとこめかみを動かしたマーシャルは、口角を上げたままのエドワードを見やる。
エドワードの顔の、なんと意地悪そうなことか。
マーシャルは先ほど感じた温かな人間という言葉を、ものの5分も経たないうちに取り下げたくなった。
「じゃじゃ馬娘だろ。ああそれかお転婆娘」
「私の尊敬返してよ」
マーシャルはそう言って、ヒールのかかとでエドワードの足を思いっきり踏みつけたのだった。




