◇第33話
「どうだ、護衛のほうは」
「まぁこれといった問題は最近ないですね」
エドワードは上司であるエリックに、最近のマーシャルの護衛を思い返しながら言った。
今日は珍しくエドワードが執務室にある自分の席に座り書類の処理をしていた。
というのも、マーシャルが今日1日は自室に篭ると言い出したからだ。
それでも、たまに抜け出してしまうため、他の黒騎士たちに監視を頼んでいる。
エリックはエドワードの言葉に頷いただけで、言葉は何も返さない。
返しはしないが、その心中はかなり複雑なものであった。
最近、エドワードとマーシャルの噂が物凄い勢いで広まっている。
それは王城内だけでなく、王都内に広まっているといっても過言ではない。
王都の見回りに出ている黒騎士たちが、面白がって、少し前にユーリウスが言った『エドワードは特別大切にしている人がいる』という言葉をそのまま愛用して街娘に言ったからだ。
このままでは国中にこの噂が広まることが予想でき、そうなると商人であるレイモンドの耳に入るのも時間の問題である。
妹は婚前だと言って、黒騎士団に預けたくらいだ。
この噂を聞いたら、一目散に飛んでくるんじゃないだろうかと、エリックは思っていた。
「エド」
「なんですか?」
「マーシャル嬢とはうまくやっているか?」
エリックは慎重にエドワードへ聞く。
もしこれですでに恋仲にでも発展していようものなら、完全にエリックの人員配置のミスである。
護衛に志願したのはエドワード本人ではあるが。
「なんです、その聞き方。まるで俺とシャルが付き合ってるみたいな言い方」
エドワードは至極気に入らないとでもいうふうに言ってのける。
その物言いにエリックは少し安心した。
何もなさそうだと、エドワードの様子から感じ取ったのだ。
「でもまぁ、特に護衛をする上で困るような関係ではないですね。これからですかね」
それはどういう意味で、とはエリックは聞きはしなかったが、その代わりエリックの目は大きく見開かれていた。
エリックはエドワードのとんでもないものを見てしまったと、頭を抱えたくなる。
困る関係ではないがこれからだと簡単に言ってのけたエドワードの顔は、騎士なってから見てきたどの笑顔よりも眩しく見えた。
キラキラとしたその笑顔に、エリックは咄嗟に目をそらす。
やはり人員配置を間違えたようだった。
エリックは今さらしても遅い後悔をした。
「エド、お前もしかして、もしかしなくてもマーシャル嬢のこと」
「好きですよ」
なんともあっさりと認めたエドワードに、エリックはなんとも複雑な気持ちになる。
部下であり頼れる相棒ともいえるエドワードがいつか幸せになってほしいとは、エリックとて常々思っていた。
常に前線に身を置かねばならないと知りつつも、心休まる相手を見つけてほしいと考えていた。
しかしそれが、自分たちが半ば強引に連れてきた護衛対象とは。
もはやレイモンドに合わせる顔がないと、エリックは顔を引き攣らせる。
「多分ですけど」
「・・・護衛対象だぞ」
「わかってますよ。だから死ぬ気で護ってますよ」
当然だと言わんばかりの口調でエドワードは言う。
エドワードがそこまで言ってエリックは気になった。
マーシャルはエドワードのこの気持ちを知っているのだろうかと。
「知りませんよ」
エリックの思っていることがわかったらしいエドワードは、エリックが質問する前に答えを言った。
「ちょ、勝手に人の心読まないでくれない」
「団長が分かり易すぎるんです」
エドワードはそう言ってから、エリックから書類へと目を移す。
エドワードの仕事は大抵がエリックの署名が必要な書類とそうでない書類をわけ、必要のない書類に関して検討するというものだ。
この山分けの作業が実は時間がかかる。
なぜなら、この執務室へ持ってこられた際に、彼らがすべての書類を一緒くたに置いておくからだ。
つまり、この作業はこの2人のサボり癖が招いているのだ。
それをわかっているからこそ、エドワードもエリックも文句を言わずに黙々と書類の処理をしている。
ちなみに、それなら最初から書類をわけて置いておけばいいじゃないかという言葉は禁句だ。
それが出来ないから、彼らは毎度この書類の山分けから入るのだから。
「これ、内容を見て署名お願いします」
「・・俺思うんだけどさ、エドが1回目を通してるんだったら、エドが俺の名前書いてくれればよくない?」
エリックは毎回この言葉をこぼす。
それにエドワードは顔を顰めた。
毎度のことながら、エリックは仕事を全力で楽しようとするのだ。
「馬鹿なこと言わないで下さい。ヒュースが怒りますよ」
たった1度だけ、書類の処理が間に合わずエドワードが代筆をしたことがあった。
その数日後に珍しくヒュースが黒騎士の執務室にノックもなしに乗り込んできて、思いつく限りの罵言雑言を言って書類を机に叩きつけて帰っていった。
あの時のヒュースは恐ろしく怖かった。
軍神などと言われて畏怖されているエリックでさえも顔を青くしたくらいだ。
エドワードはあんな思いは二度とごめんだと思っている。
「いやでもさ、この書類の量、普通に考えて多くない?」
「王都の治安が黒の仕事ですからね。それ絡みの案件はすべてうちに回ってきます」
当然でしょ?と、エドワードはエリックを見て言う。
「そもそもこうやって喋っている間でも書類を読むことはできるでしょ。効率下げるだけなら黙って仕事してください」
エドワードはため息混じりに自分の上司にあたるエリックを怒る。
最初こそ物怖じしてエリックに何も言えなかったエドワードであるが、1年も経てば言葉遣いさえ荒くなる始末だ。
「お前最近、鬼畜宰相に似てきたよね」
「気のせいです」
エドワードは本気で嫌がる。
確かに多少嫌味混じりで言葉を発していることはあるが、ヒュースのように笑顔が凶器のようなことはない。
ヒュースのあの人畜無害に見える笑顔は、貴族にとっては何よりも恐ろしい凶器である。
そんなふうに言われているヒュースと似ているなど冗談でもやめてほしい。
「そうか?」
「そうです。ていうか書類読んで」
「はいはい。・・・・あ、そういえば宝石箱ってどうなってるの?」
この男は・・!と、エドワードは心の中でエリックのことを罵りながら、宝石箱について考えた。
そういえば、マーシャルのことについては何かと報告は入れているが、宝石箱についてはあまり報告していなかったと、エドワードは今さら思い出す。
「順調だったんですけどね、ちょっと今手詰まりですね」
エドワードはざっくり話す。
それに対してエリックは首をひねった。
エドワードはそんなエリックに、今まであったこととマーシャルの憶測に関して、なるべく詳しく説明する。
話を聞いていくうちに、エリックは難しい表情を浮かべていく。
エリックは思っていたよりも深刻な事態になっていることに、頭を抱えてしまった。
「そうか・・なんとかなりそうなのか?」
「さぁ・・・シャルが今何を考えているかはわからないんで。彼女も自分が手も足も出ない魔道具に困惑してるみたいですし」
手も足も出ない今、マーシャルは宿舎の自室に丸1日篭るか、王女の私室で丸1日宝石箱を眺めるかという、なんとも奇妙な生活を送っている。
どちらも、傍から見れば顔を顰めてしまうような過ごし方だ。
「今日は?」
「今日は引きこもりの1日ですね」
その言葉通り、マーシャルは今日1日、部屋から出ていない。
エドワードたちが朝の訓練を終えて食堂に入れば大抵マーシャルは座っているのだが、その姿は誰も見ていないし、昼時も誰もマーシャルの姿を見ていない。
「大丈夫か?」
「まさか。夜は引きずってでも食堂に向かわせます」
エドワードは笑顔で言ってのける。
そんな姿を見たエリックは、やはりエドワードは最近ヒュースに似てきたということを再確認した。




