◇第3話
しん・・と静まり返る黒騎士たちに、マーシャルはやはり不謹慎だったか、と内心でため息をついた。
いくら王都まで馬車を乗り継いで来たからといって、何百人という人の命が懸かっているこの場所で持ち出していい話題ではないことくらい、いくら魔道具馬鹿なマーシャルでもわかっている。
―――――――それでも、だ。
マーシャルにとっては、それでも足りないと思ってしまうほどの取引だ。
しかし、やはりというか、当然というか、黒騎士たちはマーシャルを白い目で見た。
この期に及んで何を言っているのだと、言葉にせずとも目が語っている。
目は口ほどにものを言うのだ。
「・・・その取引とは?」
「団長!?」
エリックはそう問いかける。
まさか応じると思っていなかったほかの騎士たちはざわつく。
しかしマーシャルは気が付いていた。
先ほどまで時折笑みさえ見せていた彼の顔は全く笑っていなかったことを。
マーシャルは無意識にゴクリと息を呑む。
「・・その剣」
「これ?」
ちらりと、マーシャルの真紅の瞳はほんのり赤い剣を映す。
マーシャルが見た瞬間、まるでそれに応えるようにきらりと光った、そんな気がした。
「火を司った魔剣ですね。・・火の加護をお持ちで?」
「ああ」
火の加護。
それは火を司る魔石を造り火を愛する火の精霊によるものだという。
火の加護を受けたものは、魔道具を使わなくても火を自在に操る力を持つと言われている。
この世に生を受けた人は大なり小なり魔力をその身体に宿しているという。
その力は微々たるもので、せいぜい日常生活に役に立つかどうかというほどだ。
しかし、100人に1人という決して低いとは言えぬ確率で、膨大な魔力をその身に宿した子が誕生するという。
そういう人が、魔道具を駆使して魔道師になる。
その中でも、精霊の加護を受けたもの、つまり精霊と契約した人が魔道師と区別する為に精霊師と呼ばれている。
精霊師の数は少なく、500人に1人誕生すればいいほうだと言われている。
「彼はフィリル公爵の息子だ」
「フィリル公爵・・・確か火に愛された一族でしたね」
マーシャルは必死に記憶を手繰り寄せる。
この王都に商人として出入りするようになってから、父や母から幾度となく教えられた貴族様と精霊の加護持ちの家。
精霊は基本的に気まぐれだが、気に入ったものにはとことんこだわる性分らしく、懐いた一族に加護を与えるという、確率もへったくれもないことをしている。
まぁ、その加護にかなりの個人差はあるようだけど。
まさかこんなところで役に立つなど思ってもいなかった、とマーシャルは苦笑する。
「あなたにこれを差し上げます」
マーシャルは表情には出さないが、苦肉の思いで懐から真っ赤な、まるで彼女の真紅の瞳のような、同じ色の石を取り出した。
綺麗に削り取られ磨かれたそれは、石ではなくもはや宝石のようだ。
石の中がゆらりと揺れた気がした。
それがただの飾りでつけるような石ではないことを、黒色を纏う彼らは気付いている。
もちろん、そんな石を目の前に突き出されたエリックとエドワードは言葉を呑み込んで石とマーシャルを交互に見ていた。
「それはまさか、」
先に立ち直ったのはエドワードのほうだった。
エリックもエドワードの言葉で我に返ってマーシャルの言葉を待つ。
マーシャルはその質問に苦笑を返す。
その笑顔は少年にも少女にも見え、まるで今魔物を対峙しているとは到底思えない雰囲気だった。
「火の魔石ですよ」
「どうしてそんなものを君が」
「どうしてって、僕は商人ですから」
それは答えのようで、それでいて答えではない。
いち商人がそう易々と魔石を手に入れることなどできはしない。
魔石とは精霊たちが生み出す力の凝縮体であり、市場に出回ることさえ少ない希少価値の高いものだ。
その魔石の純度が高ければ高いほど、価値は高く、秘めている力も大きいという。
全く手が出ないというものではないが、平民がおいそれと買うには高く、一般家庭にあるのは、純度の低いものばかりだ。
そして魔石は、魔道具に使われる。
それは時として剣に。
それは時として盾に。
それは時として装飾品に。
それは時として日常品に。
「これをその剣にあげる」
マーシャルは煌めく剣に向けて言う。
剣にあげるという表現自体がおかしいのだが、魔道具一筋の彼女にとっては魔道具が一番なのだ。
「どうしてそこまで?」
「そう言ってるから」
マーシャルは不満たらたらで言った。
しかしマーシャル以外は、彼女の言っていることなど理解はしていない。
そう言ってると言ったが、一体誰が何を言っているのか。
誰もそれはわからない。
「それにその剣はまだ完成してない。それでも十分綺麗だけど」
「完成してないって・・これで渡されたんだけど」
キラリと太陽の光に照らされて光る魔剣をエドワードは見る。
エドワードがこの魔剣を手にしたのは、2年前の魔物の大群を討伐したときだった。
魔物にしては珍しく群れを成していたそれらを薙ぎ倒していたときに、たまたま魔物が棲家にしていた洞窟から発見したのだ。
それを騎士団お抱えの鍛冶職人に補修を頼み渡されたものが、今のこれなのだ。
「きっとその魔剣は火を自在に操ってくれるよ。もちろん、この石を使えばの話だけど」
そしてそれは、この悶着状態である現状を打破してくれる糸口にもなる。
マーシャルは言葉にはしないものの、暗にそう伝えている。
卑怯だ、とどこかで聞こえてきた気がした。
それでもいいとマーシャルは思う。
「・・・それであいつを倒せる保障は、」
「そんなのないけど。それはこの騎士様にかかってるし」
いくら魔石を使って最強に近い魔剣を造ったって、使う人間がポンコツじゃ話にはならない。
そもそもマーシャルだとて、火の加護を持ち、火の精霊に愛されているエドワードだからこそ、この話を持ちかけたのだ。
「エド」
「はい、大丈夫ですよ、俺は」
短い言葉だったが、2人の間では十分だった。
意を決したようにエドワードとエリックはマーシャルを見据える。
「見返りは?」
エリックは慎重に尋ねる。
身構えているとも受け取れる。
純度の高い火の魔石を取引しようというのだ。
対価はそれ相応のものになるだろうと、エリックは内心でため息をつく。
これが莫大な金品や爵位、王女との婚姻だったら、かの鬼畜宰相に思い思いの罵言雑言を浴びせられるという精神攻撃を受けることになるだろう。
エリックはそれを思うと、キリキリと胃が痛むのだった。
「あの魔物の素材を余すところなく下さい」
「・・・・・・・・・・・え?」
金品か、爵位か、はたまた王女との婚姻か、と胃が痛む思いでマーシャルの言葉を待っていたエリックは、聞こえてきた中性的な声の発した内容に、時間をかけて呑み込む。
いや、理解が追いついていないといっていいだろう。
なぜなら聞こえてきたそれは、魔石の対価にしてはあまりに低すぎるのだから。
「ちょっと待て」
「なんですか?」
「それでは取引にならない」
エリックはポカンと口を開けている間に、顔を顰めたエドワードが間に割って入る。
エドワードの顔には納得がいかないとかかれているかのように、マーシャルを厳しい顔で見つめている。
「エドワードさんいいじゃないですか。そんな好条件でもらえるんですから」
エドワードが次の言葉を発する前に、他の黒騎士からそんな言葉が飛んできた。
それにすら、エドワードは顔を顰める。
マーシャルは自分の欲を基準に取引をしているため、そのへんの損得勘定には疎い。
どうやら自分は商人には向いていないようだと再確認した。
「悪い話じゃないんでしょう?」
「むしろ良すぎる。詐欺か?」
「むっ、失礼な。これは本物だよ」
詐欺扱いされたマーシャルは少しだけ声を苛立たせる。
別に他の商人や商会がどうかは知らないが、彼女は彼女なりに商人としてのポリシーは持っている。
それに彼女は本当に目の前にいる魔物の素材が欲しいのだ。
「で、どうします?」
マーシャルはため息を呑み込んだ後に、状況をあまり呑み込めていなかった黒騎士団団長であるエリックを見上げた。