◇第28話
エドワードは今、マーシャルのお願いを聞いて、ヒュースのいる執務室に来ていた。
ちなみに、マーシャルは何かっては困るからという理由で、騎士の宿舎へと送り届けてきたし、山積みの書類の処理に忙しいエリックに護衛兼監視を押し付けてきた。
文句をたれていたが、エドワードが知ったことではない。
「マーシャル嬢はどうしたんですか?」
少し前にマーシャル襲撃事件があったことを知っているヒュースはエドワードに開口一番にそう告げた。
それは何かあっては困るからではあるが、ヒュースが心配しているというととは、マーシャルはヒュースに気に入られているといいうことだと、エドワードは内心で思う。
味方が多いにこしたことはないが、鬼畜宰相と名高いヒュースを味方につけるとは、マーシャルは無自覚ながらおそろしい。
「ちゃんと宿舎に送ってきたよ」
「大丈夫ですか?」
「団長に押し付けてきた」
「・・ならば大丈夫ですね」
普段からテキトーで飄々としているエリックではあるが、荒事が多い黒騎士団を纏め上げ、軍神とまで言われる人間だ。
その剣の腕は確かであり、副団長で剣の腕に自身あるエドワードでさえも、勝負をすれば10本中4本とれば善戦したほうだといえる。
そんな男に押し付けてきたのだから、さほど心配することはない。
「で?あなたが単身でここに来る理由を聞いても?」
ヒュースは書類の処理をしながら問う。
ヒュースがそう問うのも、エドワードは極力王城には近付かないし、ましてや幼馴染だからという理由で会いに来るような人間でもない。
なにか用件がある場合は、部下であるほかの黒騎士に頼むほど、エドワードは王城に入るのを嫌がっている。
そんな彼が、執務室にやってきたのだ。
少し前にもやってきたが、それはマーシャルを連れて挨拶をしにだ。
それくらいの理由がなければ来ないような男だ。
つまり、エドワードが来たのは、マーシャル関係のことだ、ということは、ヒュースには簡単に想像できた。
問題はその内容だ。
「どうしました?」
「なぁ、ヒュース。お前第一王女と仲良かったか?」
「は?」
至極真面目な顔で聞くエドワードに、ヒュースは書類から顔を上げてその藍色の瞳を見た。
「あ、いや、特別とかそういうんじゃなくて、話すくらいにはってこと」
「・・そうですね。それなりにお話はしたと思いますよ」
といっても、ヒュースとて宰相という仕事をしている以上、仕事上でしか接することはなかったが。
それがどうした、とでもいうふうに、ヒュースはエドワードを見る。
なんとも歯切れの悪いエドワードに、ヒュースは苛々が募ってきた。
先ほどのドレスの件で、いまだに彼は業を煮やしているのだ。
「第一王女の魔力ってどんなもん?」
「はい?」
「だから、第一王女の魔力」
散々言いあぐねていたエドワードであったが、意を決したように、ヒュースを見据えて言った。
その内容に、ヒュースは目を丸くする。
いきなり何を聞いているのだ、と、彼の目は雄弁に語っている。
「・・・そうですね、確か膨大な魔力量でしたよ。この国最強の魔法師になれるんじゃないかと思うくらいには」
「本当に?」
「はい。魔法師長が嘆いておられましたから」
第一王女であるシェイラは、魔力に富んでいた。
精霊の加護こそ受けていないものの、その魔力は魔法師になるのに十分なほどであり、どんな魔道具も使いこなせるほどだった。
王女には光の適正があり、彼女の周りは常に光の魔法で満ち溢れていた。
エドワードは、ヒュースの言った言葉に、顔を青くした。
そして口を噤んでしまったエドワードに、ヒュースはどうしたのかと、訝しげな視線を向ける。
「宝石箱で、なにかわかったんですか」
「・・・ああ。ただし、シャルの憶測を出ない範囲だ」
「それでも、今こうしてエドが確かめに来たのではないですか」
エドワードは先ほど、宝石箱を見てまずいかもしれないと言ったマーシャルから、その憶測を聞いた。
信じたくはない憶測に、それを確かめるために、エドワードはマーシャルのお願いを聞いて、ここにやってきたのだ。
「マーシャル嬢はなんと?」
「・・・あの宝石箱は、第一王女の魔力を糧に生きていると」
そう、マーシャルは言ったのだ。
エドワードの言った言葉に、ヒュースは茶色い瞳を大きくする。
どういうことかと言っている。
言葉にはしていないが、目が、顔が、そう言っているのだ。
「シャルの憶測だ。彼女も今それを調べている」
「・・なぜ、マーシャル嬢はそのように思ったのです?」
「・・・疑問だったらしいんだ。あの宝石箱に嵌め込まれている魔石は、確かに本物ではあるが、純度はそこそこのものばかり。それなのに、どれだけ強力な魔法を放っても傷一つつかない。それが不思議で仕方なかったらしい」
エドワードはマーシャルが話してくれたことを思い出すようにして言葉を紡ぐ。
エドワードとて信じられないのだ。
果たして本当にそんなことがあるのかどうか。
人の魔力を糧にするような魔石など聞いたことがない。
「彼らの力が魔石にも及ばなかったのでは?」
「俺もそう聞いた。だがシャルが言うには、そこそこの魔石が集まったところでその耐久性は知れていると」
「しかし、」
ヒュースは納得のいかないといったふうに言う。
エドワードも正直に言えば納得などしていない。
にわかに信じがたいことなのだから、納得できないのはなおさらだ。
「少なくとも、ずっと同じ障壁を展開しているのなら、何度も打ち込まれればひびの一つも入っていいし、障壁が破損していてもおかしくはないのに、障壁にも傷なんてなかったそうだ」
「そんなこと、ありえます?」
「ありえんな。だからこそのシャルの憶測だ」
彼らも持つ翡翠色の魔石には障壁を張るという特性がある。
だいたいの攻撃を防いでくれるそれであるが、魔石の純度と魔力の注ぎ具合でその耐久度はかなり変わってくる。
つまり、純度が高く、注ぐ魔力の量が多ければ、それだけその障壁の耐久度は上がる。
その逆も然り。
そして相手の攻撃がその耐久度よりも上であれば、あるいは、度重なる攻撃で耐久性が失われれば、障壁は崩壊するし、破損するし、ひびも入る。
その破損した障壁を直すためには、魔力が必要であり、魔力を注げば障壁を修復、強化することができるのだ。
宝石箱には、度重なる攻撃がされた。
それも、王城務めの魔法師と精霊師の精鋭が打った魔法攻撃だ。
それを宝石箱は障壁によって無傷で終わったが、障壁に傷一つないのはおかしいのだ。
それこそ、誰かがその障壁に魔力を注ぎ修復・強化でもしない限り。
「本当にそんなことが?」
「ありえるらしい。それも箱に閉じ込められている王女の意思なくだ」
「・・・どういう意味ですか?」
どうやらエドワードにはまだ言わなければならないことがあるらしい。
口の重さからして、先ほどの同様いい話ではないのだろうとヒュースは結論付けて、エドワードの次の言葉を待つ。
「闇の力が、働いているそうだ」
「・・呪い、ですか」
最悪だ。
ヒュースは心の中で罵る。
それが何に対してなのかは、ヒュース自身もよくわかっていない。
それは己か、相手か、呪いか、何に対してなのか、わからない。
しかし、何かを罵らずにはいられなかったのだ。
苦々しそうな顔をするヒュースを、エドワードはただただ見ているしかできなかった。




