◇第26話
「おや、いらしていたんですね」
王女の私室にやってきたヒュースは、扉を開けて呟くように言った。
誰もいないだろうと思ってノックもせずに中に入れば、以前会った令嬢と幼馴染がいた。
ヒュースと目が合った令嬢――マーシャルはヒュースにスカートをつまんでお辞儀をする。
そしてすぐに、ヒュースから目をそらして宝石箱を食い入るように見つめた。
「どうした?こんなところに来るなんて珍しい」
「あなたに言われたくはないですね」
宰相であるヒュースが王城の中を歩き回ることは、なんら不思議ではないのだが、黒を纏うエドワードが王城を歩き回るのは、やはり珍しい。
おまけに、白を基調としている王城にとって、エドワードはその容姿も手伝って黒はかなり目立つ。
「それは?」
エドワードは、ヒュースが手にしている箱を見て聞いた。
その問いに対して、ヒュースは女なら見惚れんばかりの極上の笑みをエドワードへと向ける。
エドワードはヒュースのそんな笑顔に顔を引き攣らせる。
「王女が宝石箱に閉じ込められて嘆き悲しんでおられるどこかの無能が贈りつけてきたものですけど、それがなにか?」
にっこりと微笑んで息もつかずに言い切ったヒュースの虫の居所はすこぶる悪い。
というのも、王女が宝石箱に食われた事件以降、王女を玉座にと言い続ける貴族たちが何かとうるさいのだ。
腕利きの魔法師や精霊師を連れてきたり、見舞う王女がいないのにも関わらず見舞い品を送りつけてきたりと、尽力を尽くしている、心配しているアピールが半端ないのだ。
自分たちは怖がって宝石箱に近付きもしないくせに。
そのくせ、どこの馬の骨ともわからぬ平民の娘であるマーシャルが宝石箱に近付いて原因を究明していることには、身分違いだと言って腹を立てるのだ。
これのどこに怒らない要素があるのか。
ヒュースはそれを問いたい気分だった。
「王女は今宝石箱の中なのに、こんなドレスを贈って、どれだけ無能っぷりを見せてくれれば気が済むんでしょうね」
苛立たしげに言ったヒュースは、どこぞの貴族から贈られたドレスが入っているであろう箱をぽいっとぞんざいに投げた。
まるでそれに価値などないとでもいうように。
いや、実際ヒュースにとってはそのドレスは無価値に等しいのだが。
「・・いいのか?そんな扱いで。王女が出てきたら着るかもしれないだろ」
エドワードは別に贈ってきた貴族の肩を持つわけではないが、一応声をかけておく。
ヒュースはにっこりと笑いながら鼻で笑って見せる。
「こんなドレスを王女が召すわけないでしょう。王女に似合うかどうかではなく、ご自分の趣味をふんだんにあしらったドレスですから」
ヒュースはそう言うと、「ああ、」と何かを思い出したかのようにエドワードを見る。
「よければエドの加護で燃やしてもらってもかまいませんよ。むしろそうしていただいたほうが助かりますね」
「・・・お前な、」
貴族の贈り物を燃やすどころか、公爵位を賜る、黒騎士の副団長をあごで使おうなど、普通の人間ならば恐れ多くて出来ない。
エドワードはそれをわかっているからこそ、ヒュースの物言いにため息をこぼした。
「ああ、それ、本当に燃やしたほうがいいですよ」
「シャル!?」
話の一部始終を聞いていたマーシャルは宝石箱から顔を上げてちらりとドレスが入っているであろう箱を見た。
マーシャルの思いもよらない言葉にエドワードは驚き、ヒュースはにっこりと微笑んだ。
――なんと常識外れな娘だろうか。
このとき、エドワードとヒュースは同じことを思った。
マーシャルが、今まで自分たちが相手にしてきた令嬢とは全く違う、むしろ逆ベクトルを向いていることは重々承知していたが、貴族が王女に贈った品を燃やしたほうがよいなど、爵位も持たないマーシャルが言ってよいものではない。
それもいとも簡単に。
しかもそれを、この国で2番目に偉い宰相閣下と、軍人ではあるが公爵家であるエドワードに向かって。
それがとても興味深いことではあるのだけれど。
「いやだって本当のことだし。燃やせって精霊たちがうるさい」
マーシャルは事も無げにそう言うと、興味をなくしたとばかりに目線をそらし宝石箱を見やった。
「・・エドはなにも感じないのですか」
「俺?俺は確かに加護は受けてるけど、それは一族のものであって俺が契約した精霊じゃないからな」
フィリル家は火の加護を授かる一族である。
随分と昔に、火を司る精霊がいついかなるときも、フィリル家に火の加護があらんことを願った結果、彼ら一族はその火の精霊の加護を受け続けている。
しかしその精霊と契約するのは、フィリル家の当主だけであり、他は加護は受けるが契約しているわけではないという、なんとも世の中の法則をまるっと無視した奇妙な一族なのである。
「何言っているんですか?」
エドワードの言葉に反応したのは、それを聞いていたヒュースではなく、宝石箱に夢中だったマーシャルだ。
食い入るように見ているマーシャルではあるが、のめり込んでいるわけではないため、周りの会話くらいを聞く余裕はあった。
「エドはすでに精霊と契約しているでしょう」
マーシャルは呆れたように言う。
「あなたはもう魔法師ではなく立派な精霊師ですよ」
騎士でもありますけど、と、マーシャルは最後に付け足した。
しかし、エドワードには精霊と契約した覚えもなければ、それを使役した覚えもない。
彼はいつだって、戦うときは魔道具である魔剣を使ってきたのだ。
精霊師であるならば、魔剣など必要がない。
「といっても、エドの場合は少し特殊ですけどね」
「特殊?」
「はい。その魔剣に宿っている精霊はあなたと契約しています。ですが、あくまでその子は魔剣に宿っているので、その魔剣がなければその子を自由に使うことはできません」
マーシャルは簡単に説明すると、魔剣を見て笑った。
まるで彼女には精霊の姿が見えているかのように。
精霊は、加護を受けて契約した者にのみ姿を見ることができるのだという。
「だから、エドは精霊と契約しているというよりは、魔剣と契約しているというほうが正しいかもしれませんね」
「そんなことはありえるの?」
呆然としているエドワードに代わってヒュースが質問する。
ヒュースは聞いたことがないのだ。
魔道具に精霊が宿るということも。
魔道具と契約しているということも。
そんなことは、今まで一度だって見聞きしたことはないのだ。
そのどれもが、新しい発見なのだから。
「私もエドで初めて知りましたよ。だからエドはいい研究対象です。精霊が宿った魔剣を持ち、その精霊は魔剣に加護を与え、自身にも一族の火の加護があるのですから」
「うわぁ、エドって面倒くさいですね」
「お前が言うなよ。俺は戸惑ってんだから」
マーシャルも、エドワードの魔剣を見ながらいろいろと考えていたのだ。
おそらく、魔剣を使っているエドワードは何も知らないだろうと思っていた。
なんといっても、エドワード自身が魔剣に宿る精霊についてなにも聞いてこなかったのだから。
不思議に思って魔剣を調べてみれば、魔剣に宿る精霊が教えてくれた。
エドワードの魔力は火の加護がついているから、とても居心地がいいと。
魔剣に流れる魔力はとても優しいと。
本来ならば自分が彼に加護を与えたいところだが、すでに加護を持っているし、自分は魔剣と同化してしまったから加護は与えることは出来ないと。
そう、マーシャルに教えてくれたのだ。




