◇第11話
王城の敷地の西側に、黒騎士団の宿舎は存在している。
それ以外にも、訓練場と馬舎、他国への諜報を担当している赤騎士や王族の警護を担当している青騎士の宿舎など、騎士に関わるすべてが西側に集められている。
仕事や役割ごとに色分けされた騎士団ではあるが、食堂自体は共同利用をしており、各騎士団同士の連携はそれなりにとれている。
―――――――――白以外は。
顔重視で集められた白騎士団の仕事は式典を鮮やかにすることと剣舞である。
彼らに他の騎士と決闘をしろと言えば、ものの数秒で決着が着くだろうと、簡単に予想ができるほどに弱い。
彼らは守るために剣を握っているのではない。
彼らは美しくあるために剣を握っているのだ。
そしてそんな白騎士団には、上流貴族が多く在籍している。
煌びやかな調度品に囲まれた生活をしてきた彼らが、平民も混じる騎士の宿舎で寝泊りするなど言語道断であり、王都にある屋敷から王城へと通っているため、彼らの宿舎は存在しない。
「マーシャル嬢、エドとの相乗りはいかがだったかな?」
ふっと優しく笑いかけるエリックをマーシャルは歳の離れた兄のような錯覚を覚えてしまう。
「多くの女性に嫉妬をさせてしまいましたわ」
マーシャルは冗談交じりに言えば、エリックはケラケラと笑う。
しかし実際にはその通りだし、言葉も頂いてきた。
あれを嫉妬と言わずしてなんと言うのだ、とマーシャルは笑うエリックを見て思うのだが、エリックやエドワードは特に気にしたふうではなかった。
「まぁそれはエドも同じだからな」
「え?」
「団長」
エリックの言葉にマーシャルは目を丸くし、エドワードは諌めるようにエリックを見る。
マーシャルは自分の容姿にどちらかというと無頓着なほうだ。
多少は顔の造形は整っていると兄を見て思ってはいるが、美人だなんだと持て囃されるほどだとは思っていない。
実際は目を見張るほどの美人であるのだけれど。
そのおかげで、エドワードはマーシャルと一緒に馬に乗っている間、多くの男から羨望の眼差しを送られていた。
通りすがりの男や他の騎士たちに。
嫉妬ではないにせよ、気分のよいものではない。
「さ、マーシャル嬢も今日は疲れただろう。すぐに宿舎に案内してあげたいが、先に食堂に案内してもいいだろうか?そこで、これからのことを説明しよう」
「はい、わかりました」
「では、荷物だけ部屋に運び入れておく」
エリックの言葉に、他の黒騎士が動く。
黒騎士団はうまく統制がとれているのか、きびきび動くその様子にはとても好感がもてた。
「エドも一緒に来い」
エドワードはそれにうなずくと、マーシャルを真ん中に挟んで並んで歩く。
なんとも不思議な光景にマーシャルは疑問を頭に浮かべるが、それ以上に疑問を浮かべて驚いたのは、訓練を終えて食堂へ向かおうとしている他の騎士たちであった。
諜報や護衛を担当している赤や青と違い、黒は城下の巡回や魔物討伐など抜刀する機会が極めて多い。
そのため、黒の騎士団というのは、なによりも実力がものを言う集団であり、騎士団随一の精鋭部隊ともいえる。
そんな精鋭部隊の団長と副団長が間に挟んで歩く少女。
いったい何事か、と他の騎士たちがぎょっとするのは当然である。
「なんだかすごく見られてる気がするわ」
「気がするんじゃなくて見れてるんだよ」
マーシャルの呟きにエリックが笑いながら答える。
気のせいではないのかと落胆しつつも、覚えのないそれにマーシャルは首をかしげる。
「黒騎士の団長、副団長が連れたって歩く女性だ。何事かと驚いているんだろうな」
「はぁ、」
「我々が王女の件でマーシャル嬢を連れてきたというのは、陛下と宰相と各騎士団団長しか知らぬことだからな」
その言葉にマーシャルは納得する。
「おまけにここは騎士の宿舎だ。女など滅多に出入りしない」
「ああ、なるほど」
女性騎士がいないわけではないが、やはり騎士というのは男性が担うものであり、最終的には男性が有利になってしまう。
そのため、女性が騎士になったとしても、結婚して騎士をやめることが多く、女性騎士の人数は極めて少ないのだ。
マーシャルは昔、自分が剣術を習いたいと言って鍛冶屋に通っていたことを思い出す。
どうしようもないお転婆娘だったマーシャルは、その元気さと持って生まれた運動神経の良さで、同年代の男の子を打ち負かしてきた。
しかしそれもほんの数ヶ月のこと。
メキメキと剣の腕を上げていった男の子たちに、マーシャルが技術ではなく力で負けていくことが多かった。
つまり、結局女はそういった面で男に劣るのだから、騎士とは女には向かない職業なのだ。
「あっれ、エリックとエドじゃん。もう帰ってきたの?ていうかこの美人はどちら様?」
食堂を前にして、真正面から声をかけてきたのは、容姿こそ普通ではあるが、白に近い金色の髪に金色の瞳をした、見た目がとても華やかな赤を纏う騎士。
なんとも神々しいその姿に、さすがのマーシャルも息を呑む。
マーシャルの白銀の髪は珍しいと言われているが、赤を纏う彼の髪色である白金も珍しい。
太陽の光に照らされれば、違いなどわからないのではないかと思うほどに、彼とマーシャルの髪色はとてもよく似ていた。
「セティか。お前こそなんでここに?」
「さっきやっと仕事から戻ってきたの。で、そのご令嬢はどちら様?」
赤を纏う彼――――セティレンス・オーマフルはマーシャルを見てにっこりと笑う。
顔が普通なだけに、なにも害がないように感じられるが、マーシャルは鋭い金色の瞳に顔を引き攣らせた。
怖い、とは思いはしないが、蛇に睨まれたような気分になる。
見定めているというほうが正しいのかもしれない。
咄嗟にエドワードの黒い服の裾を掴んでしまった。
それに気が付いたエドワードはそっとマーシャルを隠すように前に立つ。
「無闇に威嚇なさるのはやめてください。彼女が怯えてます」
エドワードの行動に意外さを覚えたのはセティレンスとエリックだった。
彼は基本的に優しい人間であると誰もが思っているが、それは一定を超えると発揮されなくなる。
例えば、いらぬ勘違いをされそうなとき。
例えば、懐に入れた者が傷ついたとき。
「え、なに、エドの婚約者?」
「違いますけど?」
「え、じゃあ本当に何?エリック俺がいない間になにがあったの?」
その辺の令嬢に優しさを見せれば自分は特別だと勘違いするから、という理由であまり令嬢に一定の優しさを見せないエドワードが、年頃の娘を庇っている。
これが異常事態でなければなんだというのか。
「ああ、そうか、お前隣国に行っていたから知らないのか」
「何が?」
「宝石箱だ」
たったそれだけの言葉で、セティレンスは理解したようで、エドワードの背にすっぽりと隠れて見えないマーシャルを見た。
しかしそれでも、エドワードが彼女を庇う理由にはならないのだけれど。
「それより俺は飯が食いたいんだが」
「そうだね、僕もお腹が空いてる」
にっこりと笑ったセティレンスは、じゃあ、と手を振って先に食堂の中へと入っていく。
それを見送ったあと、3人は食堂へと入った。
ガヤガヤと賑わう食堂は、職人街にもよくある大衆食堂のようだ、とマーシャルは入ってすぐに思う。
騎士の中には貴族もいるため、もう少し格式ばったものなのかと身構えていたマーシャルは、ホッと胸を撫で下ろした。
「意外か?」
そんなマーシャルの様子を見たエドワードが声をかける。
「少し、」
エドワードの問いかけに素直に答えたマーシャルは、あちこちでかわされる乾杯に意外そうに目を向ける。
そして気付く。
本当に女がどこにもいない。
おまけに、マーシャルが入ってきたことに気がついた騎士たちは、ぎょっとした顔でマーシャルに釘付けになる。
惚けていると言っても過言ではない。
そんな様子に、エリックエドワードも時間をもう少しずらせばよかったと、珍しく後悔したのだった。




