◇第105話
耳まで赤くして顔を手で覆い隠すマーシャルの姿を、どこか微笑ましそうに見るシェイラとマーラ。
魔導具一筋で恋だの愛だのに全く興味を示してこなかったマーシャルが、エドワードの話で赤面しているのだ。
こんな珍しいことはない。
「ですから問題ないでしょう?」
「何が問題ないのかさっぱりなんですけど!」
エドワードとの婚約話が出ているというが、それがどうしたとマーシャルは思う。
しかし、そんなマーシャルとは対照的にシェイラはずっと笑顔だ。
「だってエドワードの婚約者でしたら、夜会に出ても大丈夫でしょう?」
「なんでその噂を鵜呑みにしちゃってるんですか!?」
確かに火のない所に煙は立たぬとは言うが、噂はあくまでも噂である。
マーシャルは頭を抱える。
いつだったかエドワードに噂について言及したことを思い出したマーシャルは、あの時に噂ごとどうにかして消す方法を考えるべきだったと今更な後悔をする。
「え?噂ではないでしょう?」
「・・その根拠はなんでしょうか」
「姉さまとエドワード、とっても仲がよろしいもの」
「仲の良い男女は他にもいますよ」
「違うわ、姉さま。あのエドワードと仲がよいのは姉さまだけだわ」
「あの?」
マーシャルは思わず引き腰になる。
どうしても、この後シェイラに言われることが自分にとって不利益にしかならなさそうだからだ。
マーシャルだとて、無駄にエドワードの側にいたわけではない。
それなりにエドワードという人間を見たきたつもりだ。
「エドワード様は女性を近付けない方で有名です。どれほど美人で豊満なボディを持ったご令嬢が言い寄っても見向きもされない方です」
シェイラの言葉をマーラが補う。
マーラの言葉が最近雑になってきたとマーシャルは思った。
「ですから、エドワードが側においている女性というのは姉さまただ一人なのですわ」
ピシリ、と。
マーシャルはその体を凍らせた。
そして頭の中では絶叫がこだましている。
マーシャルは忘れていたのだ。
エドワードが普段ご令嬢を寄せ付けないようにしていることと、彼自身が優良物件であり、とんでもなくモテるということを。
「今までこんなこと一度もなかったわ」
まるでとどめをさすかのように、シェイラは言う。
シェイラたちの一言一言がマーシャルに大ダメージを与えていく。
「でも確か、エドにはものすごい数の縁談がきているとか」
「みたいですね。フィリル卿がいろいろと頭を抱えていらしたわ」
「そうなんですか?」
「はい。なんでもすべての縁談を釣書も見ずに燃やしたとか」
何だそれは。
マーシャルの口元が引き攣る。
冗談じゃないぞと、声にならない思いが募った。
公爵という地位にいるエドワードは、この国において王族の次に偉い立場である。
そんな人間に縁談を持っていこうとするのだから、相手の身分は同じ公爵家か侯爵家、低くても伯爵家の者たちだ。
おまけに自分たちからというのだから、それはそれは綺麗なご令嬢なのだろう。
完ぺきな教育を受け、淑女として育てられたご令嬢のはずだ。
そんな人たちからの縁談を釣書も見ずに燃やし。
独身貴族で居続けるというならば良かったものの、相手に選んだのが平民とはどういうことだ。
「あの人馬鹿なの、」
貴族にとって結婚とは義務ではないのか。
少なくとも平民であるマーシャルたちのように、自由に結婚できるような立場にはいないはずである。
「素敵ではありませんか」
「素敵で済まされる内容じゃないと思うんですけど」
素敵という範疇を超えていると、マーシャルは思う。
そもそも何をもってシェイラが素敵だと言っているのか、マーシャルにはわからなかった。
ただマーシャルが言えるのは、自分が知らないところでとんでもないことになっているということだった。
これはいよいよ本当にここから逃亡しなければならないとマーシャルは考える。
「公爵家に嫁ぐのなら、姉さまが夜会に出ても問題ありませんわ」
にこやかに言ったシェイラの言葉に、マーシャルは「なるほどね」と納得した。
マーシャルがエドワードと結婚するのであれば、マーシャルの身分は平民ではなく公爵になる。
つまり、夜会に出られるだけの身分を手にするということだ。
それをマーシャルが望んでいなくても。
「ていうか、身分的にはシェイラ様でも問題ないのでは?」
この国では早ければ、16歳の頃には縁談が決まる。
成人していない17歳の頃にすでに嫁いでしまう娘もいる。
そしてシェイラも今が結婚適齢期である。
シェイラは成人したての18歳であり、エドワードは実年齢よりも少しだけ若く見えるが今25歳だ。
世の中、年若い娘が自分の父親より年上だろう男の元に嫁ぐこともないわけではない。
そう思えば7歳差など、大した差ではない。
「そんなことしたら、エドワードに殺されるわ」
「いやさすがに王族は殺さないでしょう」
「エドワードならやりかねないでしょ?」
「だったら私の方が殺されそうですね」
なんとも物騒な会話であるが、マーシャルは間違いなくこの場合殺されるのは自分だと思っている。
なんといっても告白してもらった相手を売り込んでいるのだから。
「姉さまを殺すくらいなら、どこかへ連れ去りそうだけど」
「ああ、それが一番あり得ますね」
シェイラとマーラは、マーシャルを見て言った。
実際、この2人から見ても、エドワードがマーシャルのことを好いていることはわかっていた。
エドワード自身がどこまでその気持ちに気が付いているかは知らないが、傍から見ていてもわかるほどエドワードのマーシャルに対する態度は甘い。
そもそも今まで全くと言っていいほど女の影がなかった男である。
多少遊んでいた時期はあると聞くが、今では実は男色家かと疑われるほど、隣に女を連れているところを見ていない。
だからこその、あの噂なのだ。
もっとも、そういったことに無頓着だったマーシャルが知る由もないのだが。
「だからエドワードは姉さまのものですわ」
「いや、だからの意味がわからないんですけど」
そしてエドワードは自分のものではないと、マーシャルは思う。
「そもそもあれはただの噂であって真実ではないですよ」
「え!?」
「え、本当に信じてたんですか?」
シェイラとマーラの驚きように、マーシャルも驚く。
「確かに私とエドは仲が良いと思いますけど、噂が出始めた理由はエドが私の護衛だったからです」
マーシャルは自分で言いながら、少しだけ切なくなってため息をこぼした。
正直に言えば、マーシャルはエドワードとここまで仲が良くなるとは思ってもいなかった。
エドワードが自分の専属の護衛になったと聞いたときの衝撃は今でも覚えている。
「シェイラ様を宝石箱から出すために、私の護衛についてくれたんです。だから、シェイラ様が宝石箱から出られてからは、エドとはそれほど頻繁に会ってなどいませんよ」
なぜならマーシャルが研究塔に入ってしまったから。
しかし研究塔に入らなければ、あのまま騎士の宿舎に居続けるわけにいかなかったため帰るという選択肢しかなかったことを思えば、近くにいられるだけマシなのであるが。
「そうなの?でもいつも一緒にいると聞いているわ」
「いつもって・・そんなわけないじゃないですか。まぁ確かに気が付いたらエドが隣にいることは多いですけど」
それが普通じゃないんだよと、マーラとシェイラは思う。
女を寄せ付けないエドワードが、女であるマーシャルの隣にいつもいるという矛盾に気が付かないマーシャルに、なんとも残念な視線を向けてしまう。
「エドワード様が非番の日はデートだって聞いてますよ」
「誰からですか」
「私、弟が黒騎士なんです」
マーラはフフッと笑って言った。
デートという言葉に反応したシェイラは、マーシャルに根掘り葉掘り聞くことになる。
いわゆる女子会というやつだ。
この日マーシャルがシェイラから解放されたのは、もうすぐ夕飯だという時間帯だった。




