◇第104話
「姉さま!」
数日ぶりにマーシャルを見たシェイラは歓喜のあまりマーシャルに抱きついた。
それを決して嫌がることなく受け止めたマーシャルは、申し訳ないと思いながら笑みを浮かべた。
「式典に出れなくてごめんなさい」
「全くです!研究で倒れるなんて聞いてませんよ!」
魔力の使いすぎで倒れたということを知らされていないシェイラは、プリプリと可愛らしく怒る。
「そういえば、首飾りはどうなりました?」
マーシャルは思い出したように聞いた。
職人気質のジェラルドが良い仕事をしないとは思わないが、マーシャルは不安だった。
なぜなら、造られた現物を見ていないからだ。
「とっても良いものをいただきましたわ!さすがイーキスの職人です!」
シェイラは花が綻ぶようにふんわりと笑う。
その様子にとても満足したようだと、マーシャルは安心した。
「そういえば、伝言を預かってますよ」
「伝言?」
シェイラの侍女であるマーラが淹れてくれたお茶を飲んでいたマーシャルは、ジェラルドからの伝言という言葉に首をかしげる。
幼馴染ではあるが、顔を合わせなければ喋りもしないような仲であるマーシャルとジェラルドは、特別仲が良いとは言えないのだ。
気の知れた仲ではあるが。
「ええと、マーラ何だったかしら」
「はい。では、私が代わってお伝えさせていただきますね。・・『酒はどうした、酒は。商人は信用が第一じゃなかったのか?契約は不成立ってことで』だそうです」
マーラはわざわざ声質を変えて、ジェラルドが言ったとおりにマーシャルへと伝えた。
それを聞いたマーシャルは途端に顔を青ざめる。
マーシャルはジェラルドがやってきたあの日、すぐにでも酒を送ろうと思い、王都内にある酒の中でも上等な酒を選んで買ったのだ。
そしてそれを研究室に持ち帰り、あとはジェラルドの家に向けて送るだけとなったころにシェイラが誘拐されたという知らせを聞いた。
そのため、酒のことなど頭の中からすっかり消えていたのだ。
マーシャルは自分のことだから、もしかしたら無意識に研究に使っているかもしれないと頭を抱える。
「まずい・・非常にまずい」
ジェラルドは物で簡単に買収される男ではあるが、その時の約束はきちんと守る男だ。
その逆も然り。
間違いなく、ジェラルドはマーシャルの今の現状を包み隠さずレイモンドに伝えている。
それがわかってしまったマーシャルは、頭の中でどうやってこの城から抜け出すかを考える。
もはやマーシャルには逃げる手段しか残されていなかった。
「姉さま?」
頭を抱えて、まるで呪文を唱えるかのようにブツブツと言葉をこぼすマーシャルを、なんとも不気味そうに見てしまうシェイラ。
シェイラだけではなく、マーラですら引き気味にマーシャルを見ていた。
「それより姉さま?」
「・・・なんですか?」
マーシャルにとっては一大事であったが、そんなことを知る由もないシェイラはマーシャルに話しかける。
その表情はとても楽しそうだ。
「今度、式典とは別に誕生日会で夜会を開きますの」
「・・・へぇー」
マーシャルはもはや棒読みである。
マーシャルの頭の中は忙しなく、レイモンドから逃げる算段を考えるために働く。
「その夜会に姉さまも参加してほしいのです」
シェイラのその爆弾とも取れる言葉に、目まぐるしく動いていたマーシャルの思考が止まる。
「・・・・誰が何に参加するって言われました?」
「姉さまが、私の誕生日会の夜会に、参加、ですわ」
シェイラは丁寧にも言葉を区切ってマーシャルに説明した。
マーシャルは今まで動いていた思考などそっちのけで、シェイラの一言に反応する。
「本気で言ってます?」
「もちろんですわ。姉さまには是非とも参加していただきたいのです」
「なんで!?」
マーシャルは言葉遣いも忘れて声を上げる。
マーシャルにはシェイラが自分に夜会に出てほしいと言う理由がわからなかった。
「姉さまは私の命の恩人です。招待しないわけないじゃないですか」
「いやいやいや、その前に私平民なんですって。カーストの底辺なんですって」
そう思っているならば、こんな気軽に王族であるシェイラと話などしていないのだが、そんなことにはマーシャルは気がついていない。
「でも姉さまには関係ないでしょう?」
「ありますけど!?大有りですけど!?」
マーシャルは平民として連れてこられ、この王城で技術士として雇われているが、その身分に変わりはない。
ただ家が商家で、貧乏貴族である男爵と比べれば、それなりに裕福な家であるというだけだ。
爵位など持ってもいなければ、持つ気にもなれないと、マーシャルは思っている。
そもそも、夜会というのは貴族がこぞって集まるような場所である。
そんなところに平民のマーシャルが行けば、針のむしろのされて終わりである。
「どうして?」
「どうしてって、」
「だって姉さまはエドワードの婚約者なのでしょう?」
「ぶふっ」
マーシャルは飲んでいた紅茶を噴き出す勢いでむせ返る。
どうやら噂は恋人から格上げされ、婚約者という位置で定着してしまったらしい。
シェイラの耳にまで届いているとは思ってもみなかったマーシャルは、自然と寄ってしまう眉間のしわをぐいーっと伸ばした。
正直、今のマーシャルにエドワードの話は禁句である。
マーシャルは自分が目覚めた日にエドワードに告白されている。
そしてそれ以来、マーシャルは見事にエドワードを避け続けているのだ。
いい加減怒られると、内心でビクビクしているのだが。
「結婚間近なのでしょう?」
「誰情報ですか、それ!」
さすがに結婚間近という噂は聞いたことがなかったマーシャルは真剣にその噂の出所を聞く。
噂なので、出所などわからないのだが。
「マーシャル様、落ち着いてください」
マーラはこぼれた紅茶を綺麗にふき取ると、空いてしまったカップに温かい紅茶をつぎ足した。
落ち着けと言われたところで落ち着いていられないマーシャルは、少しばかり苛立って見えた。
「マーラ、何か知ってる?」
シェイラは基本的にこの部屋から出ないため、彼女の情報源は大抵侍女に限られる。
そしてマーラは他の侍女ともよく話をするため、そういったゴシップネタはよく耳にしていた。
「そうですね・・なんでもマーシャル様がお倒れになった時、エドワード様が周りの目も気にせずにお姫様抱っこをなされていたとか、目を覚ますまで、毎日時間ができれば会いに行っていらしたとか、そうういったものですかね」
マーシャルはどこか遠くのほうを見てしまう。
マーラが言ったことが、どうにも真実味のほうが強いのだ。
エドワードはマーシャルのことをお姫様抱っこで王城内を歩いたこともあるし、自分のせいだと責任を感じていたのならば、足しげく通う可能性だってある。
噂なのに的をえすぎて怖いとマーシャルは身震いした。
「ああでも一番よく聞くのは、」
マーラは何かを思い出したかのように切り出して、言いにくそうにマーシャルを見た。
思わずマーシャルは身構えてしまう。
「エドワード様の、マーシャル様を見る目が、どうしようもないほど甘くて優しいんだそうです」
「・・・・へ?」
「まぁ!素敵ですわ!」
マーシャルの顔に熱が集まる。
どうしようもないくらい甘くて優しいなど、マーシャルは初めて聞いた。
あれは普段から見せている表情ではなかったのかと、マーシャルは自問自答を繰り返す。
「姉さまってとっても愛されてますのね!」
「ちょ、ほんとにやめて・・」
なんだこの羞恥プレイは。
マーシャルは顔を隠して悶える。
エドワードに告白をされた数日後に聞くような話ではないとマーシャルは思った。




