◆第102話
驚いたエドワードは下げていた頭を上げた。
そして彼が見たのは、呆れたような瞳で苦笑しながらエドワードを見るマーシャルの姿だった。
「なんでそんなに驚いてるんですか?」
「てっきり受け取ってもらえないと思っていた」
そう言えば、マーシャルはきょとんと目を丸くした。
「私はエド個人の謝罪はいらないと言いました」
「俺個人の?」
「はい。エド個人に対してはお礼を求めました。でも、今エドは騎士として私に謝罪しました。エドが己の信念とプライドを持って騎士を務めているのは見たらわかります。そんな人の、騎士としての謝罪を無下にする人はいないんじゃないですか?」
マーシャルは当然だと言わんばかりに言ってのけた。
それがエドワードにとってどれほど嬉しいかも知らずに。
「ありがとう」
「なんのお礼ですか」
意味が分からないとマーシャルは言うが、その目には顔を赤くしたエドワードの様子をしっかりと映している。
マーシャルがエドワードの騎士としての謝罪を受け入れたことで、エドワードの騎士としての威厳は保たれたのだ。
たったそれだけのことにエドワードは喜びを覚える。
「でもまぁ、騎士として謝罪するなら、きちんとご飯食べないとだめですよね」
「シャルには言われたくない」
「それとこれとは話が別じゃないですか」
マーシャルは魔導具のことになると没頭しすぎて食事を取ることを忘れる。
エドワードはそのことを言っているのだが、マーシャルにはそれは話が違うように思えたのだ。
「誰かを守りたいというなら、まず自分を大事にしてくださいよ」
「・・・・・はい」
あまりにもっともなことを言われたエドワードは反論するすべなく項垂れる。
こんなところをエリックやほかの黒騎士たちが見れば、いい笑い者にされてしまうと、エドワードは内心でため息をついた。
ましてやエドワードに怒っているのは、彼の同期や上司ではなく、軍人でもない技術士である女の子だ。
エドワードは何ともいたたまれない気分になる。
「エドがいなければ、守れない人もたくさんいますから」
「シャルみたいな?」
「私ですか?私、自分の身は自分で守れますよ」
「よく言う」
エドワードは呆れたように言った。
マーシャルも自分で守れるとは言ったものの、過去を振り返ればいつだってエドワードに助けてもらっていることに気が付いて、咄嗟にエドワードから目をそらす。
「俺はこれでもシャルを守ってきたつもりだったけど?」
「・・・そうですね」
目をそらしてみたものの、180度も顔を動かせないマーシャルはすぐにエドワードの藍色の瞳とかち合った。
「シャルさ、もうちょっと大人しくならない?」
「十分大人しい」
「どこが。目離したらいつのまにか敵と応戦しちゃってるような人が大人しいってありえないだろ」
マーシャルの言葉をばっさりと切り捨てたエドワードは、真剣な眼差しでマーシャルを見つめた。
その眼差しにマーシャルの心臓はドクリと大きく鳴った。
「もう少し大人しくしてくれないと守れないよ」
「・・・なんだか兄様と似たようなことを言いますね」
レイモンドも幾度となくマーシャルに守れなくなってしまうと言ってきた。
それを思い出したマーシャルは少しだけ寂しそうに言った。
エドワードはレイモンドがいつもそう言っていたというその心理を明確にくみ取る。
「まぁ意味合いは違うけどな」
「意味合い?」
「いやこっちの話。で、シャル。そのお転婆っぷり、もう少し改める気ない?」
にこやかに話しているが、エドワードの目は本気だった。
それを感じ取ったマーシャルはガバッと思わず頭から布団をかぶってしまう。
いわゆる逃げ、というやつだ。
マーシャルの耳に聞こえてきたのはエドワードの笑い声だった。
「その反応も可愛いんだけどな」
「可愛いってなに」
いきなり飛び出してきたとんでもない言葉にマーシャルは驚きの声を上げた。
エドワードが甘い!とマーシャルは心の中で叫ぶ。
そんなマーシャルのことなどお構いなしに、エドワードはマーシャルがかぶっていた布団をガバッとめくり上げた。
「で?返事は?」
「へ、返事?」
「お転婆なの、もう少し控えようかって話」
「エド、目が・・目が笑ってないよー?」
しばらく寝たきりだったマーシャルの体はおそろしく鈍っているせいか、言うことを聞いてはくれない。
そのおかげで、マーシャルはエドワードから逃げることもできず、ただ冷や汗をかきながらエドワードの藍色の瞳を見続けることしかできずにいた。
「俺は真剣に話してるからな?」
「いやでも今更じゃない?お転婆なの」
「それもそうだけどな」
「でしょう?だから思うんだけど」
マーシャルはそこまで言って言葉を切る。
布団に包まることはできないため、お互いの顔はしっかりと見えた。
「私に無茶させたくないなら、きちんと守ってほしいなー、なんて」
マーシャルがそう言うと、エドワードは呆れたようなため息を吐いた。
その言葉をひっくり返せば、マーシャルはお転婆である自分を改める気はないと言っているのだ。
それに対して呆れたエドワードであったが、その口角はだんだん上がっていく。
それとは対照的にマーシャルの顔が引きつった。
「言ったな」
マーシャルは嫌な予感がした。
エドワードの何とも悪そうな笑みのせいだ。
その笑みにマーシャルは身震いした。
「だったら守ってやるからもう無茶はすんな」
「いやそれはどうでしょう」
「そこは頷いとけよ」
エドワードは呆れたように言う。
それにマーシャルは苦笑を返す。
そんなマーシャルを見ながら、エドワードは徐に帯剣して剣を鞘ごと抜いた。
「持ってきてたんですか」
「何があるかわかんねぇからな。それよりシャル、知ってるか?」
「何がですか?」
「騎士は自分の君主たる王に忠誠を誓うほかに、もうひとり忠誠を誓える人がいるって」
それは有名な話だ。
有名であるが、もうあまり行われなくなった風習でもあった。
エドワードはそっと、マーシャルの側に剣の鞘を置く。
「それがどうか、」
したんですかと言いたかった言葉は、音にならず打ち消される。
マーシャルがあまりに真剣な表情で自分を見ているエドワードに気がついたからだ。
「俺の忠誠を受け取ってほしい」
マーシャルの息を呑む声が聞こえた。
心が嘘だと否定する。
マーシャルは騎士が捧げる2つの忠誠を知っている。
ひとつは、君主たる王に捧げる忠誠。
ひとつは、騎士が唯一守りたいと思う存在に誓う忠誠。
一昔前は、その唯一守りたい存在というのは、戦友であったりしたそうだが、今ではその意味合いは大きく変わっている。
彼らが王以外に忠誠を誓うのは、唯一守りたいと思った、愛しい存在なのだ。
「ど、して」
なんとも無粋な質問だったと、マーシャルは思う。
震えながらエドワードに聞く姿に、エドワードは苦笑を漏らした。
「やっぱ気が付いてなかったか」
「なに」
「俺はね、シャルが好きなの」
藍色の瞳はどこまでも優しそうに、そして愛おしそうにマーシャルを見つめた。
マーシャルは正常に働こうとしない頭を必死で回転させるも、理解が追いついてこない。
それほどにマーシャルは動揺していた。
「こうやって忠誠を誓うという意味で」
気付いてなかった?と笑うエドワードに、マーシャルは取り上げられていた布団を奪い返して頭ごと包まる。
マーシャルは自分の顔が熱いのを自覚すると、布団を掴んだままの手で自分の耳をおさえた。
耳までも熱い。
マーシャルの思考は爆発寸前である。
「シャル、聞いてる?」
「聞いてる!聞いてるから、ちょっと待って!・・あ、やだ、布団返して!」
いとも簡単に再び布団を剥ぎとられたマーシャルは顔が火照ったままエドワードと対面する。
顔を紅潮させるマーシャルと笑うエドワード。
「どうすんの?」
「どうするって、」
「受け取ってくれないわけ?」
「いやいやいや、本当にちょっと待ってって。いろいろと整理が、」
「整理されて冷静になられたら困るから答えは今ちょうだい」
「策士か!」
「いや魂胆丸見えだから、策士にはなれない」
「そういう問題じゃない!」
エドワードに背中を向けて横たわっているマーシャルは顔に手を当てて覆い隠す。
そもそもマーシャルからしてみれば、エドワードが自分を好きだということ自体が初耳であった。
まずそこに動揺を隠せないのだ。
ああああああ、とマーシャルは声に出ない叫び声を心の中で出した。
すみません、長くなったので切ります。




