◆第101話
シェイラが18歳を迎えた。
生誕祭および成人の儀がつつがなく、そして盛大にとり行われた翌日。
王都に限らず国内が、その式典の余韻にいまだに浸っていた。
マーシャル以外が。
「シャル」
白い部屋でひとり、エドワードは呟いた。
シェイラが誘拐された事件の後から、マーシャルはいまだに目覚めずにいた。
ずっと、澄ました顔で寝返りをうつこともなく、寝台の上で横たわっている。
マーシャルが眠る寝台の周りには、お見舞いに来た人たちが置いていったものがたくさんあった。
中には魔導具まで置いてある。
それに苦笑しながら、エドワードは細いマーシャルの手を持ち上げてぎゅっと握った。
あの日から、エドワードは後悔しかしていない。
守るべき相手に守られ助けられ、そしてお礼を言う前にマーシャルは意識を手放してしまった。
こんな情けないことがあっていいのかと、エドワードはずっと自問自答していた。
それからというもの、エドワードは訓練に没頭するようになり、それを見かねたエリックが休めと無理やりに非番の日をつくった。
それが今だった。
「早く、目を覚ましてくれ」
それはとても切なげで。
そしてどこか苦しそうで。
エドワードはぎゅっとマーシャルの手を握りしめた。
「・・そんなに握りしめたら痛いですよ」
「・・・シャル!?」
エドワードの願いが通じたかのように、マーシャルは瞼を重たげに開けて、真紅の瞳をエドワードに見せた。
その瞳はどことなく力無い。
「目が、覚めたんだな」
エドワードは安堵のため息を漏らす。
こつんと、握っている手を自分の額に当てたエドワードは、気遣わしげにマーシャルの方を見た。
「エド、なんだか痩せました?」
「馬鹿・・人の心配してどうするんだよ」
エドワードの言葉にマーシャルは力無く笑う。
その様子はとても儚げで、以前のマーシャルからは想像できない笑顔だった。
しかし、マーシャルの言う通り、エドワードはここ数日でかなり痩せた。
いや、正確にはやつれたのだ。
訓練に人の倍以上の時間と体力を費やすくせに、ご飯はいつだって味気なく思えて喉を通らない。
まるで恋人に振られたかのような毎日をエドワードは送っていた。
「医師を呼ぼう」
エドワードがここを訪れたとき、とっても機転の利く医師は野暮用だと言ってそそくさと医務室から退散してしまった。
それでいいのかと思っていたエドワードであったが、寝ているマーシャルと2人でいられるため、その行為に甘えていた。
「もう少しだけ、一緒にいてくださいよ」
「シャル?」
「エド、その顔で行ったら泣いたのバレバレですよ」
フフッとマーシャルは笑う。
エドワードは泣いていたのがばれてバツが悪そうな顔をしたが、マーシャルの笑顔につられてフッと笑った。
そして立ち上がろうとしてた腰を再び椅子に座らせて、寝ているマーシャルを優しく見つめた。
「俺のせいだな」
「何がですか?」
「シャルがこうなったのは」
エドワードの辛そうな物言いに、マーシャルは笑顔から不機嫌顔になった。
もしマーシャルがこの時に健康体で走り回れていたならば、エドワードをどついていたなと彼女は心の中で思った。
いや、実際心の中ではエドワードをどつきまわしていたが。
「エドって馬鹿なんですか?」
先ほどのしんみりとした空気とは一転、マーシャルは苛立たしげにそれでいて呆れも含ませてエドワードに言った。
「エドのせいって・・そりゃあエドが魔法陣の中からさっさと出てくれればこんなことにならずに済んだんでしょうけど。ていうか、私倒れるつもりなかったんですよ、実を言うと。これくらいなら問題ないと思ってやりましたから」
マーシャルにとっては自分が魔力が足りずに倒れることになるとは思ってもみなかったのだ。
完全に予想を外して、こうやってベッドの住人になっているのだが。
だから、マーシャルは自分が何日も眠ってしまったのは、力を過信しすぎた自分のせいだと思っている。
「だからエドが責任を感じることはないんですよ」
あくまでも自分の過失だと言いきるマーシャルにエドワードは首を横に振る。
「それでもこの状況に追いやったのは俺だろ」
「頑固ですね。エドのせいじゃないって言ってるんですから、そこは頷いておきましょうよ」
面倒くさい、という言葉はこぼさなかったものの、マーシャルの顔はそう語っていた。
そんなマーシャルを見ながらエドワードは居住まいを正す。
そんな動作を見たマーシャルはエドワードが次に何をするかを正確に読み取った。
「謝らないでください」
「だが、」
エドワードが謝罪を口にする前に、マーシャルははっきりとした口調で言った。
その口調には明らかに怒気が含まれていた。
「だがも何もありません。私、エドに謝られるようなことしましたか?」
「いやだから、」
「エドは自分が助けた相手から謝られたいと思うんですか?」
「思わないけど」
「だったら謝らないでください」
フンっと鼻を鳴らしたマーシャルにエドワードは何も言えない。
自分だとて助けた相手から謝罪を受けたいとは思わない。
「・・・・ありがとう」
「・・そうですね、どうせならそっちのほうがいいですね」
もし受けるならば謝罪よりお礼がいい。
そんなことはすでにわかりきっていたことだった。
エドワードのお礼に満足したマーシャルは、気が抜けたように長い息を吐いた。
やはり体は疲れているらしい。
「今日っていつですか?」
「式典が終わった次の日だ」
「・・・・え!?式典終わっちゃったの!?」
「ああ。昨日な」
「嘘、」
そんな・・と落ち込むマーシャルは自分が倒れたあの日から一体どれほどの時間眠っていたかを頭の中で計算する。
実はとんでもない日数寝ていたという結果が出たマーシャルは、エドワードが泣きながら謝罪をしようとするわけだと納得してしまった。
「シェイラ様は知ってるんですか?」
「いや、大事になりそうだからということで、式典の当日は研究でぶっ倒れたということになっている」
「ああ、助かります」
「すまないな」
「・・簡単に謝罪は口にしないほうがいいですよ」
「こちらに非があれば謝罪はする」
「弱みにつけこまれても知りませんよ」
エドワードに弱みがあるのかがそもそも謎であるが。
「それにしてもなんでここにエドがいるんですか?」
マーシャルはふと疑問に思ったことをエドワードに問う。
彼は暇な人間ではないはずだ。
まして昨日式典があったばかりでるということは、王都内はかなり賑わっているはずであり、そういう時こそ問題も起きやすい。
少なくとも、マーシャルはそう認識している。
「非番だ」
「お休みですか。こんな忙しそうな日に?」
「ぶっ倒れられたら困るらしい」
「倒れるまで何したんですか」
「倒れてはない。ただ、そうだな・・ここ数日は訓練しかしていない。あと飯はあまり喉を通らなかったな」
淡々と話すエドワードにマーシャルは顔を引き攣らせる。
そして、エドワードが少し痩せたと感じた理由に納得した。
「人を守るために体を張ってる騎士がなにしてるんですか!」
「・・守れてはいなかっただろう」
「はい?」
「守れたか?俺は、シャルを」
「・・・守っていただいてますよ、いつも」
エドワードは辛そうだった。
なんと答えていいかわからなくなったマーシャルは、いつも守ってもらっているということだけ伝えた。
しかし、それを聞いたエドワードは余計に苦しそうな表情を見せた。
「私が倒れちゃったことを言ってますか?」
「そうだ」
「そんなの、」
「俺は騎士だ。守り切れなかったのは事実だ。すまなかった」
「・・・・わかりました。その謝罪は受け取ります」
マーシャルはため息混じりにそう言ったのに対して、エドワードは少しばかり驚いてみせた。




