魔王を倒すと
この世界には、勇者がいた。
勇者を名乗るからには、魔王を倒さなければならない。
勇者がいるからには、もちろん魔王も存在する。
魔王は、独裁者がそうするように、家来を自分の思うままに動かし、気に入らなければ殺した。
もちろん民も、気に入らなければ殺し、その虐殺ぶりは目に余るほどだった。
民は、魔王の圧政に日々怯えながら、固まるようにして暮らしていた。
世界が恐怖に包まれる中、勇者は立ち上がった。
勇者は、何千人もの家来を抱えている魔王に対抗するため、少しでも魔王の圧政に不満を持っている人々を説得して回り、仲間に加えた。そして、少しずつ増えていった仲間たちがまた、少しずつ仲間を増やしていき、一年経つころには、魔王の勢力にひけをとらないほどの人数が集まっていた。
「機は熟した」
勇者は、目の前にいる何千人もの仲間の前で言った。
「今こそ、魔王の支配から我らは解放されるのだ!すべてはこの世界の平和のために!行くぞ!」
「おおおおーっっ!!!」
人々の雄叫びが天にとどろき、勇者ら一団は、魔王城へと襲いかかった。
それはさながら戦争だった。勇者軍と魔王軍の軍勢はほぼ互角。しかし、最初は奇襲をかけた勇者軍が優勢だったものの、強さで勝る魔王軍の方が徐々に盛り返し、勇者軍は苦境に立たされた。
「このままでは、我らは全滅してしまう。くそっ、どうすれば…」
しかし、打開策は見つからない。その時、勇者が立ち上がった。
「俺が行く」
そして、服をめくってあらかじめ装着していた時限爆弾を仲間たちに見せた。
仲間たちが何か言う前に勇者は「俺が、この爆弾で魔王を倒す」と言った。
「しかし、そんなことをすれば勇者が…」
「自爆なんて、やめた方が…」
仲間は口々に言ったが、勇者は聞かなかった。
「この世界は、俺たちが救うんだ!そのためなら、俺一人の命など、取るに足らん!」
そう言って、仲間の静止を振り切って、勇者は魔王城へと走った。
魔王の家来たちは、たった一人で向かってくる勇者に戸惑い、本来の力を出せず、勇者の前に次々と倒されていった。そして、勇者は奇跡的に魔王と対峙することができた。
「よくここまで来たな、勇者」
魔王が邪悪な笑みを浮かべた。
「お前を倒して、この世界に平和を取り戻す!」
そう言って、勇者は再び魔王に時限爆弾を見せた。
「やれるものならやってみろ」魔王は鼻で笑って見せた。「おまえには世界は救えない」
「黙れ!魔王、覚悟!」
勇者は魔王に向かって突進していった。魔王はなぜか動かず、邪悪な笑みを浮かべているだけだった。
そして、勇者は魔王とともに爆発した。
勇者の犠牲とともに、魔王は滅んだ。
そして、世界に平和がもたらされた。
…わけではなかったのだ。
魔王の圧政から解き放たれた民は、生まれて初めて手に入れた自由を謳歌した。
しかし、それはやがて暴走し、民は今まで押さえつけられていた反動で自分のやりたいことをやるようになった。
それは、強盗、放火、殺人などの犯罪にもおよび、被害を受けた民がまた同じように犯罪に手を染めるということがひたすら繰り返され、世界は無法地帯へと姿を変えた。
魔王の圧政が敷かれていた頃は、民は魔王から身を守るために、団結して静かに暮らしていた。
その団結が完全に消えた今、世界は魔王がいた時以上に荒れ狂っていた。
やがて、その争いは、王位をめぐる争いへと変わっていった。
それまで圧政を敷いていた魔王も、魔王を倒して世界を救った勇者もこの世にはいないのだ。そのため、誰もが次の王になりたがり、それをめぐる犯罪がさらに増えていった。
ついに、王位をめぐる争いは、世界を二分する大戦争へと発展した。その規模は、勇者と魔王が戦った戦争の比ではなかった。民は、何年にもわたって醜い争いを続け、そのため心が荒んでいき、女子供関わらず虐殺する魔王以上に悪逆非道な民がそこらじゅうに現れた。
そして戦争は、すべての民が死に絶えるまで続いた。
こうして、世界は魔王が倒されたことによって、滅びた。