三月十一日
◯◯年 三月十一日
僕は金曜日の仕事を終え、週末定例となっているラーメン会を開くことにした。僕は仲間の社員と街をぶらついて目に留まった場所へ入るのである。
僕たちは新神谷橋から王子神谷駅に向かって西に歩いていた。
「今日は疲れましたね」と須崎が大きな欠伸をしながら言った。
「ばばあが銀行に行きやがった時にはどうなるかと」
「老人は銀行に行くのが好きなんだよ」
出竈はいかにも不服そうに、
「お前がちゃんとATMから振り込めって言わねえからだろ」
と言って須崎を鋭く蔑視した。出竈は大学時代にラグビーで鍛え上げた巨漢だ。この恐ろしい若者の圧力に須崎は亀みたいに身をすくませた。顱頂部の禿げが寒々しく、曇った眼鏡と皺だらけのグレーのスーツが汚らしい。汚らしさという目に見えぬ不快感が彼のあらゆる部位から、カリエールの絵画に瀰漫する暗鬱な靄、その内奥に隠されたエロスに近しいものとして漏出していた。須崎という人間は漏出を体現していた。情報の漏出、金銭の漏出、感情の漏出。対照的に出竈は今季もののベルベストのスーツを着、堅牢な囲いの中で自身を保身しているようだった。
「無能のおっさんほど見苦しいものはねえな」
先輩の見る影も消え失せた須崎の前に出竈は陸離たる威厳を放っていた。僕の目にその時の彼は頼もしく映った。それは彼の風采や言動が本物の資質を備えていることを意味する。出竈にはカリスマ的な素質があった。僕が会社の幹部へ昇格すれば彼が僕の後を担うことになるだろう。僕には彼の輝かしい未来が潜在的な仮面の世界より将来するヴィジョンが見えた。須崎は彼の目に、そして僕の目に賤しい存在で、きっとこの温室から放り出され、見慣れた場所から荒んだ荒野へと居住地を移し、法的に縛られた自由の中へ身を投じるのであろう。出竈と同じように須崎の将来も確かに約束されているように思われた。(仮面を被って踊れるものとそうでないものの差が如実に、しかし緩慢な速度をもってして未来に結晶する。冬場の川がいつ凍ったのかを誰も知らないのと同じように。そして春になればおのがじし麗しい花と醜悪な花となって太陽を夢見るのである。対極の、同類の、無意味な花々。そのように僕が花々を査定したのは果たして謬見だったろうか?……)
そうこうしているうちに王子神谷駅へ僕らはたどり着いた。今日は須崎の希望で駒込まで向かった。駅を出て六義園前の本郷通りを散策していると、未だ僕らが訪ねたことのないラーメン屋があった。
「今日はあそこにしよう」
僕が提案すると仲間は安直に賛成した。ラーメン屋の名前は「斬骨亭」といった。僕らは暖簾をくぐって戸を開き店内へ入った。
⚪︎
「斬骨亭」の店内は薄暗かった。然るに決してその薄暗さが汚らしさを助長するのでなく、間隔ごとに設置され局所をライトアップされたカウンターの木目が艶めかしく反射し、店内を一隅の隠されたバーのように見せるのだった。カウンターやそれにつけられた丸椅子もすこし高めの設定だった。店内には店主以外の人影がなく水を打ったような静けさである。
店主は僕らをちらりと左見右見して形式の会釈をしただけで、「いらっしゃいませ」とも言わなかった。僕は店の全体の雰囲気に好感を持った。無作為な言葉を必要としない、過剰な人間性のない店内に、日々愚かな人々の感情を昂らせている僕の、感情の蛇口を閉じて構わない場所を見つけたのである。人の感情を操作するのにはそれ以上に自己の感情を偽らなければならないのだ。その辛苦はご想像に容易かろう。
須崎は真っ先に最奥の席の前に着いた。それに出竈が続いて座り、僕は座った。(僕はカウンターが上等なマホガニーで造られていることに気がついた。弱い暖色光でライトアップされた机は搾りたての血を啜ったようだった。)
そこへカウンター越しに店主が水を運んで来た。間近に見る店主は過去に手放してしまった美しさを感じさせる中年だった。欄間に釘打たれた品書の木札を指差し、店主は初めて口を開いた。
「今日はこれだけです」
僕たちは見上げて品書を見た。艶のある木札には薬研彫りで「黒髪麺」とあった。出竈は一瞬考えてから、
「これはどんなものです?」と尋ねた。
店主は無表情とは言いがたく、しかし感情が皮膚の底に沈殿しているような面持ちで答えた。
「私の口からそれを言うことはできません。しかし食べてみればわかります。このラーメンがいかに私の心血を注いでつくりあげたものであるか。いかに私の美学を一点に収斂させたものであるかということが」




